第49話 二〇三七年 青森士官学校
三月三十一日 月曜日
結局、木野美代の一件は不幸な事故として処理された。
たまたま警備の穴を潜って街に入った小型奇獣が、運悪く遭遇した木野美代を食べてしまった。
このような事は珍しくはない、世界中何処でも不確定確率で起きる事故である。十和田市でも年間十件以上の奇獣事故がおきている。
この事故もまたそれらの一つとして処理された。
士官学校からは木野美代についての説明はあまり無く、学生達の間で嘯かれるのが主であった。元々士官学校のカリキュラムは死傷率の高いゆえ、一々死亡した生徒について語る手間を省いて本当に重要な事以外は掲示板で伝えられる事になっていた。
そして木野美代の一件から一週間、お通夜状態が続いた二組から一人の少年が士官学校を去ろうとしていた。
奇しくもこの日は新年度を迎える前日だった。
「ホントに出て行くんだね、遠野君」
「ああ、世話になったな矢島」
士官学校の正門にて、荷造りを終えて今まさに一般の生活に帰ろうとする遠野健二と、それを見送りに来た矢島太陽が向かい合っている。
二人は一年間寝食を共にし、同じ学舎で勉学に励んだ仲であった。
その遠野が士官学校を退学する。具体的な理由は誰にもわからない、しかし木野美代の死が深く関わっている事は誰の目にも明白である。
「ホントは片岡君と委員長も見送りに来る筈だったんだけど、二人共明日の入学式の準備で忙しいみたいで」
「いいさ、あまり人が多いと湿っぽくなるしな……じゃあ俺、行くわ」
「うん、元気で」
「お前もな、矢島…………死ぬなよ」
踵を返して歩き出す遠野、その時一陣の風が大量の落ち葉を拾い上げながら吹き荒び、遠野と矢島の間に割いるように舞う。
その風景はあたかも二人が違う世界を生きる事を暗喩しているみたいだと、矢島の小さな心は思った。
畝る時代の奔流は彼等と足並みを揃える事は無く、ただ不安だけを残して流れていく。
――――――――――――――――――――
新年度を迎えて変わった事はクラスが一つ減った事だ。昨年の一年間で学校を去った生徒が多いため、一番少ないクラスが解体され他のクラスに分配される運びとなった。
この時は三組が解体され、生徒が一組と二組に等分された。これで三クラスあったのが二クラスになり、一クラス二十四人となった。
片岡や矢島のクラスには六人入った。その内の一人はあの後藤である。
男子達の間で阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたのは言うまでもない。
だが意外な事に厳しい訓練を耐えてきた士官学校生のメンタルは意外と鍛えられており、地獄絵図も時が経つにつれてナリを潜め、むしろ後藤を撃退する頻度も上がった。
そんな慌ただしい日々が日常と化した頃には四ヶ月後が経っていた。
――――――――――――――――――――
七月二十六日土曜日。
「やっぱさ、近接武器はトンファーがいいと思うんだけどな〜、防御に優れてるし取り回しやすいし。そこんとこどうよ? 熊木」
「確かにトンファーは扱いやすいし対人向きだ。しかし奇獣相手ではリーチと攻撃力が足りないだろう。悪いが片岡、俺はここでハルバードを提案する」
よく晴れた昼休み、いつもの屋上前階段でいつもの『四人』でくだらない話に華を咲かせながら昼食をとっていた。
この時の話題は近接戦闘時における使用武器の話だった。
片岡は取り回しやすいトンファーを、熊木は攻撃力の高いハルバードがお好みのようだ。
二人の議論は白熱していき、終いには口論となった。
「だからトンファーだと決定力に欠けると言ってるだろバカ!」
「はぁ!? バカとはなんだ! 俺お前より成績が下だぞ!」
「やっぱりバカじゃないか!」
ああだこうだと激論を交わす片岡と熊木を見つめる委員長と矢島の瞳は冷ややかであった。
「罵り合いに変化してる」
「ドングリの背比べだな」
「言えてる」
矢島と委員長が呆れ果てたように溜息を吐く。
「矢島は何がいいと思う? 俺は拳銃だが」
「委員長まで……対人はともかく、奇獣だったら接近を許した時点で駄目だと思う」
「確かに」
――――――――――――――――――――
その日の夜、夜間訓練が終わった直後。
「なあ来週からのねぶた祭りなんだが、お前達どうする?」
シャワールームで訓練時の汚れを落としていた時の事、最初にそれを口にしたのは熊木だった。
「俺は明音と行く予定だ。無論泊まり込みでな」
最後にフッて微笑んで委員長が勝ち誇った顔で熊木らを見渡す。委員長は意外な事に入学当初から付き合っている恋人がおり、時折独り身の男子学生にそれを自慢して勝ち誇るのが常だった。
因みに、何度か身体を重ねたらしい。
「おい、こいつ後藤のところに送り込もうぜ」
「そいつは名案だな、よし俺は足を持つから片岡は頭な」
「おい待て!」
「待てないね! 後で覚悟しろよ!」
片岡が指で自分の首を一文字に切る、ギラギラとした目付きで舌を出しながらするものだからチンピラにしか見えない。
「矢島はどうするんだ?」
「僕は家族が来るから……」
「まさか矢島将軍が来るのか!?」
「え? あっ……うん」
突如として目の色を変えた熊木の様子に矢島は戸惑いを隠せない。
「そうか、矢島将軍が……頼む矢島! 俺を将軍に紹介してくれ!」
「へ?」
突如上半身を直角に曲げる熊木、その反動で股間の一物が揺れる。
「将軍に覚えを良くしてもらえればそれだけ昇進のチャンスも出てくるだろ!?」
「うわぁ、その言葉僕のいない所で言って欲しかった」
「熊木は欲望に忠実すぎだ」
「上昇志向が強いと言ってくれ委員長」
「でも俺は久しぶりに矢島の家族に会いたいけどな、
「言っとくけど、
矢島はギロっと片岡を睨みつける。殺気めいた何かを放つその眼光に気圧されて片岡はすごすごと引き下がる。熊木と委員長も今まで見た事のない矢島の迫力に圧されていた。
「矢島のそういうところ初めて見たな」
「ハハ、熊木と委員長は知らねえだろうがよ、
「マジか!」
「それは興味深いな、クラス委員長として聞いておかねばな」
「いやクラス委員は関係ないよ! 片岡君もやめてよ、恥ずかしいから」
「いやぁこの際だ、お前のやんちゃしてた頃の昔話をフィクション交えてこいつらに教え込もぶあああくしょい!」
長時間全裸で中途半端にシャワーを浴びつづけてたのが良くなかったのか、片岡は盛大なくしゃみと共に鼻からダラリと鼻水を垂らした。
「そろそろ上がるか」
委員長のその一声で四人はシャワールームを退室する。
翌日、片岡は軽い風邪をひいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます