第36話 ウランバートル防衛戦〜壱〜(山岡編)
五月十一日 十八時四十分
夜の帳が下り闇を助長し始めた時間帯、昼過ぎから突然降り始めた雨のせいで早い時間から暗くなっていた。文字通り暗雲垂れこませながら、同時に違う意味での暗雲も立ち込めている。
「国連軍基地が壊滅した?」
「今から四時間程前の事だ」
病室で、エッツェルから事の顛末を聞かされていた山岡は窓の外に目を移した。
外は小雨が降っていた。
そろそろ止むかもしれない。
「被害状況は?」
「死者数は五百二十人、重軽傷者合わせて五百四十八人、M.O四十、砲門四門」
「一個大隊規模の被害か、意外と少ないな」
「二個大隊が控えていたからな、半分はやられた事になる」
既に警備会社含めて二個大隊が壊滅している。これで合計三個大隊。最早ドラゴンを倒しても国連軍としては採算とれないな。
「で、うちの会社の面子は?」
「全員無事だ、今はトゥルゲン山地の前哨基地にいる」
「そう、という事は香澄さん達最後までやるのか、予定外だな」
「元々はお前と熊木が残ってドラゴンと戦う予定だったからな」
「何で知ってるのさ」
「その熊木から聞いた」
あの社長に企業秘密とかそういうのは無いのか。
「連絡はつけられる?」
「無理だ」
「何で?」
「フィリピンの時と同じく
「奇人?」
「さあな、もしかしたらお前の言っていた『蒼の使徒』が関わっているかもしれんがな」
蒼の使徒、田畑が死ぬ前に口にした言葉。おそらく奇人の組織名だと思われるが。
「まっ、気にしてもしょうがないか。向こうに若宮はいるんでしょ?」
「ああ、だから何かあったら向こうから連絡を取ってくるし、現にさっきの情報も若宮からもたらされたものだ」
「いやぁ若宮は便利だなあ、妨害電波効かないし、充電器にもなるし」
「お前それ本人に言ったら体内に直接電気流し込まれるぞ」
「なにそれ怖い」
若宮ならほんとに容赦なくやりそうで困る。
若宮は体内で発電して直接電気を生んでそれをエネルギーに変換できる上に、応用で妨害電波やチャフで遮られようとも強引に電波を通す事もできる。
ほんと、便利な人です。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。「どうぞ」と言ったらゆっくりドアが開けられ、モンゴル国軍の軍服を着た男性が一人入ってきた。
「おや、サボりの大尉さん」
「その呼び名はひどいなあ一応僕にもゲレルバートル・ミンジスレンという名前があるんだ」
と言って大尉さんは人の良さそうな笑みを浮べながら握手を求めてきた。右手で応える。
「山岡泰知です。よろしく、ゲレルバートルさん」
「それは違うぞ山岡、ゲレルバートルというのは父親の名前だ」
「は? え?」
エッツェルの言葉に困惑する山岡。すぐさま大尉がフォローに入る。
「日本じゃ馴染みないだろうけど、モンゴルでは父姓+自分の名前で名乗るんだ。だからこの場合ミンジスレンと呼ぶのが正しいな」
「そ、そうなんですか。知らなかったとはいえ失礼しましたミンジスレンさん」
「サボりの大尉は謝らないのか」
エッツェルの発言は無視する。それはそれ、これはこれ。
後に聞いたところによると、ゲレルバートルは光の英雄という意味で、ミンジスレンはビーバーの守護という意味らしい。
モンゴルは自由だなあ、と思った。
「それで、一体何の用ですか?」
「あれ? そこのエッツェルから聞いていないのかい?」
じとーとエッツェルを見つめる。
エッツェルはしらーとした顔でこう言った。
「忘れてた」
「それで、何の御用ですか?」
「奇人について話を聞きたい」
「その単語、何処から?」
「そこのエッツェルに色々と聴かせて貰ったよ」
再びじとーとエッツェルを見つめる。
エッツェルは煙草を取り出して火を付けた。
「私の事は気にするな」
「なら喫煙所行ってきなさい。てか医者が煙草吸うな」
エッツェルは移動する気はないらしく、山岡の忠告を無視して煙草をふかし続ける。
「それで、何を聞きたいんですか? エッツェルから聴いたのなら今更答える事は何も無さそうですけど」
「君は現状、最も多くの奇人を相手にしていると聞く」
「まあ、一応。若宮とどっこいだけど」
「君は虎の奇人を見た事があるかな?」
と言ってタブレットに一枚の画像を映して見せる。
山岡がタブレットを受け取って拝見する。
監視カメラの画像だろうか、やや画質が悪い。周囲が白けづいて明るい事から白昼の事と思える。
時間を確認すると予想通り朝の出来事だ。
画像の真ん中には虎が映っている。異常に太い二本の後ろ足で立ち、上半身……特に胸筋辺りが不自然な程大きい、両手にはそれぞれ一メートルはある鉈が握られている。
「この気持ち悪い虎は見た事ありません」
「そうか、この虎は三ヶ月前私の婚約者を殺したんだ。同じ軍の将校でね、偵察行動に出ようと街を出た瞬間に殺されてしまった。早い話が私は復讐したいのだよ」
そう、聞いてもいない事をまくし立てるように大尉は言った。淡々と言っているように聞こえるが、言葉の端々が震えており感情を押し殺しているのが分かった。
「ふ〜ん、話はわかりました。僕には関係ないですけど、何処かで見掛けたら教えるようにします」
「それでいい。もう一つ聞きたい、奇人の殺し方だ」
「それは臨機応変に、大概の奇人は銃が効きづらいから、遠距離から銃撃で様子を見て、相手の能力が分かったら対策とって接近戦でキメるがセオリーだよ」
「意外と堅実なんだな、もっとこう奇人としての能力同士のぶつかり合いを想像していたよ」
「堅実なのが一番ですよ、それに僕だって相手とガチンコ張れるほどの能力は持っていませんから」
「なるほど、奇人にも色々あるんだな。もう少ししたらサンプルが手に入るからそれで何か分かるといいんだが」
「サンプル?」
「君がウンドゥルハーンで屠った奇人だよ」
田畑……鋼鉄キャットの事だ。
「ん? どうやら噂をすればだ」
ミンジスレン大尉はバイブで震えるタブレットを操作して通話機能をonにする。
鋼鉄キャットを回収しに行った部隊と連絡でも取り合っているのだろう。
「……Эсвэл тийм, энэ нь олсон байна(そうか、わかった)」
密かに翻訳アプリを起動していた山岡はこっそりミンジスレン大尉のモンゴル語を翻訳した。
続く言葉をみても大分想定外の事が起きたらしい。
しばらくして大尉はタブレットの通話機能を切った。
「ウンドゥルハーンで死亡した奇人だが、どうやら消失したらしい。それも食い散らかした人間の死体を残して」
不思議と驚きは無かった。心の隅でもしかしたらそうなのではと思っていたからだ。
つまり鋼鉄キャットはまだ生きている。
「やっぱり生きてたか」
山岡が毒づいた。更に追い討ちをかけるようにミンジスレン大尉の元に再び通信が入る。
ミンジスレン大尉が出る。大尉は電話の向こうの相手の言葉に耳を傾け、ウン、ウンと頷く。そして徐々に絶望的な表情を見せ始めた。
そして通話が終わってプツッと切る。
「大変な事になった。落ち着いて聞いてくれ、全長五十メートルもあるドラゴンの群れがウランバートルへ接近している」
時間が止まった。ように感じられた。
エッツェルも煙草を吸う手を宙に浮かべたまま固まっている。
国連軍基地を壊滅させたドラゴン、その四分の一サイズのものの群れがウランバートルへ迫っていた。
「ウランバートルへ到達するのに、あと三時間だそうだ」
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