第33話 トゥルゲン山地攻略戦〜壱〜(香澄編)

 五月十一日 十三時三十分

 オラーンゴムという町がある。

 モンゴルの北西にあり、三十キロ東へ離れた所にウプスレイクという巨大な湖がみえる。


 昼と夜の寒暖差が激しく、雨量も少ない典型的なステップ気候ゆえに、モンゴルでは一番過酷な環境と呼ばれている。


 十年前に廃棄が決まり今は無人の町となっている。


 そのオラーンゴムから南西へ約十キロ進んだところに、ドラゴン討伐を請け負った国連軍他の陣地がある。


「ようやく到着ですか」


「あぁ、ここに物資を運び入れて受領のサインを貰えば晴れて任務完了だ」


「長かったわあ」


 静流がう〜んと両手を伸ばしながら腰を捻るとボキボキと心地よい音が響いた。

 無理もない。ウランバートルからここまで一三三五キロメートル、休みなく走っても車で二十時間近く掛かる。


 実際途中の廃村で一夜を明かした。


「俺はここの司令部に行ってサインを貰ってくる。お前達はここで大人しくしていろ」


 国連軍の陣地の端に指揮車と整備車を停めてから熊木は足早に司令部へと向かった。


 現在指揮車には静流と莉子の二人だけである。


「一つ気になったんですけど、何でここ国連軍しかいないんでしょうか」


 陣地を見回すとテントや車両に国連軍を表す「U.N」の文字があり、陣地を忙しなく動き回る兵士達も青いヘルメットか青いジャケットを迷彩服の上から着用している。


 少なくともモンゴル国軍の制服は見られない。


「ん〜、資料によるとやな。どうやらドラゴン討伐は国連軍主導で行われるみたいや」


「モンゴル国軍はどうしたんですか?」


「国連軍傘下の元現在偵察任務の最中や」


「警備会社は?」


「国連軍傘下の元現在偵察任務の最中や、トゥルゲン山地の真ん中に陣地を敷いて丸三日は帰ってきとらんけどな」


 扱いの差は歴然である。

 国連軍は警備会社をとことん使い潰すつもりだ。


「そもそも何でモンゴル国に国連軍が出張ってきてるんですか」


「そりゃ、あれやろ。最近負け続きやし何かしら手柄が欲しかったんやって。ドラゴンを倒した云々、やったら結構派手なプロパガンダが出来そうやん? 一応これでも世界最強の軍隊なんやしその威信は保ちたいやんか」


「最強……ですか」


 オーストラリア戦役で敗北、フィリピンでは警備会社や住民を囮に敗走、現在もインドや台湾、カザフスタン等で奇獣を押しとどめているが、あまりよろしい状況ではないらしい。


 そう考えると国連軍も大した事ないように見えるが、ところがどっこいやはり地力の強さは他の追随を許さない。


「モンゴルに来とるだけでおおよそ二個大隊、その半数以上が戦車隊や、あっちの方見てみ、M.Oがズラッと並んどるで」


 静流が指さした方向、確かにM.Oの部隊が確認出来た。その隣には昔なじみの履帯式戦車が隊列を組んでいる。


「履帯式はここの守りやな、山岳地帯やと人型の方が有利やし」


 今でこそ人型戦車が活躍しているが履帯式も捨てたものではない、火力も装甲も人型戦車より優れており、何よりコストパフォーマンスが人型戦車より遥かに良い。


 悪路走行能力と戦術の幅広さに優れた人型戦車と組み合わせる事により更なる効果が発揮できるのだが、それを理解している者は少ない。


「ま、ウチらはすぐ帰るさかいあんま関係ないけどな」


「でも一晩くらいはゆっくりしたいですね。長旅で疲れちゃいました」


 とそこで莉子と静流の視界に熊木社長の姿が写った。


「あ、帰ってきました」


「なんや珍しく早いな、こういうの大概時間かかるのに」


「待たせたな、良い話と悪い話があるんだがどっちから聞きたい?」


「え? なんなんその前振りすっごいな感じやねんけど」


「じゃあ良い話から話すぞ」


「ウチらまだ何も言ってへんねんけど!?」


「まあまあ静流さん」


「ヘリが墜落し、奇獣に何度か襲われたにも関わらずコンテナの中身が無事だったという事で本来の報酬を水増しして貰った」


「ホンマか!? 経理担当としてはめっちゃ嬉しいわ」


「悪い話は、これからトゥルゲン山地の陣地に向かう事になった」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


「「は?」」


 ハモッた。一拍置いて。


「いやいやいや仕事終わりちゃうん?」


「ああ、追加で依頼を受けたから了承してきた」


 ガッハッハと笑う熊木。

 莉子と静流はその場で軽く頭を抱えた。ジッパーの現状を考えたら追加依頼を受けた方がいいのはわかる。


 しかし莉子達にとって現在一番大事なのはウランバートルに置いてきた山岡だった。

 流石に一人にしておくのは忍びなかった。


「受けてもうたんならしゃーないわ、はよ終わらせて帰ろ」


「そうですね、因みに依頼はどんなものなんですか? 流石にドラゴンを倒せとかじゃないですよね?」


「ん? ああドラゴンの巣を探すのを手伝えってやつだ。期間は三日」


 そのぐらいならまあいいかと莉子と静流は頷き合った。


 それから約五分後、整備車の源緑と境倉を呼び出してトゥルゲン山地の陣地までの道順を確認していたところだった。


 ふと莉子達を大きな影が覆った。


「あれ? 雨でもふるんですかね?」


 と思い見上げる。

 その時莉子の視界には大きな山が横切った。遅れてその山が陣地の真ん中に降り立つ。


 ズゥンとお腹の底に響く地鳴りがする。


「な、なんやねんあれ!?」


 と静流が驚愕で身を震わせる。


「まさかあれが……ドラゴンすか」


 唖然とする中、境倉がポツリと呟く。


 全長は二百メートルを超え、頭胴長はおよそ百十メートル、体高は三十メートル、蜥蜴の身体と蝙蝠の羽根を持っているところはワイバーンに酷似している。


 翼長は百八十メートル程、ワイバーンと違い前足があり、鋭い爪を持っている。


 蛇の顔にワニのような強靭な顎があり、その口からドラゴンは火球を飛ばした。


 激しい爆発音と共に陣地が炎に包まれる。


 小さな山なんか軽く飲み込めそうな程巨大な怪物が今、莉子達の目の前に出現した。


「GYAOOOOOOOOOOOOO」


 ドラゴンの咆哮が耳を震わす。

 後にドラゴンスレイヤーと呼称される者達の戦いの火蓋が切られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る