第31話 傷付いて傷付いて(香澄編)

 ウンドゥルハーン跡地 午後十二時四十分


「これで最後!」


 莉子はカドモス越しに戦車用アサルトライフルの銃爪を静かに引く、三点バーストに設定したライフルはタッタッタッと乾いた音を三回立てて中型奇獣ナックラヴィーに命中した。


「終わりやな、境倉は小型奇獣どないなっとる?」


「っす。山岡さんが一人で全部片付けました。にしてもあの人ホント凄いっすね、あっという間に五体の小型奇獣倒したっすよ」


 お昼時、ちょうどウンドゥルハーンという街があった所(現在は廃墟郡が立ち並ぶ)に着いた時、奇獣の襲撃があった。


 小型奇獣五体、中型奇獣二体。小型奇獣はアルビフンという悪魔のような猿が五体、中型は最早馴染みとなったナックラヴィーが二体。


 いずれも問題無く処理できた。


「ほな御飯にしよか」


「私もお腹ペコペコで、何でご飯時に襲ってくるんでしょうか」


「ご飯時だから、ご飯を求めて襲ったんじゃないっすかね?」


「「あぁ〜」」


 女性二人の納得した声が響き渡った。


 ――――――――――――――――――――


 四十分後

 香澄莉子は未だにあの事について尻込みしていた。


「莉子ちゃん、そろそろいかへんか?」


「いやでも、心の準備が」


「それもう五回目やで」


 山岡へ昨夜の事、田畑殺害について問いただす事を決意して早数時間。いざ! となった時に尻込みしてしまった。


「ほらウチも行くから、しゃんとし!」


「うぅ、はい」


 渋々腰を持ち上げ、鉛のように重い脚を動かして進む。

 掘っ建て小屋のような建物が並ぶ(その殆どは建物としての役割を果たしていない)通りを歩く事三分、山岡が焚き火をしている場所へ辿り着いた。


「お? 静流に香澄さん、どったの?」


「えぇと、あの〜その」


 莉子はしどろもどろになりながらも必死に言葉を探す。


「ほら、莉子ちゃん」


「……あっ、わかった君達これが目当てだな!」


 と言って山岡が焚き火の中へ火箸を突っ込んだ。しばらくガサゴソやって、焚き火の中からアルミホイルに包まれた楕円形の物を取り出した。


「焼き芋?」


「そだよ、焚き火といえば焼き芋が定番だよね、でこれ欲しい?」


「ちゃうちゃうウチらは別に焼き芋が欲しいわけやない」


「あっ、私欲しいです」


「莉子ちゃん!?」


 静流が睨みを効かせて莉子を見る。莉子は「ひうっ」という声を上げてビクッと肩を振るわせた。


「はいごめんなさい……あの、山岡さん。聞きたい事があるんです」


 意を決して問う。山岡は手を止めて「なに?」と先を促す。

 山岡は座っていて、こちらは立っているため必然的に見下ろす形になっている。


「昨夜の事です」


 山岡の手がピタッと固まる。


「昨夜、田畑さんを殺害した時です。山岡さんが殺したんですよね?」


 莉子の身体は緊張でこわばっていた。ようやく言えた安堵感と言ってしまったという後悔、この先関係性が悪化してしまうかもしれない恐怖と様々な感情がない混ぜになって妙な緊張感を生み出していた。


 静流の存在はホントに救いだった。


 そして山岡はしばらく焚き火の炎を見つめながらふいにポツリと呟いた。


「……そっか、見てたんだ」


「「……っ!?」」


 その一言は全てを物語っていた。彼は認めたのだ、自分が田畑を殺したと。


「じゃあやっぱり、何でそんな事」


「それは……彼が」


「てんめええええええ」


 山岡がその理由を口にする前、耳をつんざくような怒号を発しながら小野田が走り寄り、そしてそのまま右拳を山岡の顔に叩き込もうとした。


 山岡は冷静にその拳を見切り、左手で受け止めながら強く引き、右手で小野田の身体を押し上げるようにして後ろに投げ飛ばした。


「小野田さん!」


「聞いたぞさっきの会話! お前が俺の相棒を殺したのか!?」


「はい」


 山岡は立ち上がり、一言そう答えた。


 小野田は再び山岡に殴りかかる。それもまた山岡に軽くあしらわれて小野田は地面を舐める事になる。


「ちくしょう! くそ!」


「小野田さん落ち着いて下さい」


「せや、何か理由があるかもしれんやん」


「うるせえ! どんな理由だろうとこいつが田畑を殺したのには変わんねえんだ! そんなやつを許しておけるかよ」


 駄目だ。完全に我を忘れている。

 莉子は自分の不用意な発言を早くも後悔した。


「ちょっと、ほんま落ち着きぃや……ん?」


 静流が怪訝な顔であらぬ方向を向いた。


「どうしたんですか?」


「いや、何か聞こえへん?」


 え? と思って耳を澄ます。するとドドドという鈍い音が、何かが走っているような音が聞こえる。


 そしてその音の正体は南東から現れた。土埃を巻き上げてこちらに向かうもの、それをみて山岡は顔を青ざめた。


「鋼鉄キャット! まだ生きてたのか。二人共早く持ち場について! 小野田さんも避難を!」


「せやかて、あれはなんなん? 奇獣か?」


「奇獣なら二キロ圏内に入ったら自動でサイレンがなる筈じゃ」


「んなこたあどうでもいいんだよ! てめえ奇獣を理由に逃げる気じゃねえだろうな!」


「そんな悠長に喋ってる場合じゃないんですよ!」


 気付けばその鋼鉄キャットなる奇獣は目と鼻先まで来ていた。

 鋼鉄キャットの名に相応しく、その姿は人サイズの猫の姿、両手に鉄の籠手と爪。体の部分々々に鉄板が貼られている。


 山岡はプレートを取り出してトンファーにする。


「随分みすぼらしくなったじゃないか」


「あああああああ……ヤ……マオ……カ」


「喋った!?」


「そんなん気にしてる場合やない! はよ行くで!」


「はい!」


 後ろ髪を引かれる思いの中、莉子と静流は小野田を連れて指揮車へ向かう。


「もう一度殺してやるよ! 田畑!」


 足が止まった。莉子だけではない、静流と小野田もだ。山岡の口から発したその単語に信じられない事を聞いたからだ。


「田畑だと? ざけんなそいつが田畑なわけがねえ!」


 小野田が叫ぶと同時、山岡は右のトンファーで鋼鉄キャットの顔を打ち抜いた。

 鋼鉄キャットは地面をバウンドしながら飛ばされる。木製の塀を壊して突き抜け、半壊した小屋に激突した。


 小屋は崩れ落ちて鋼鉄キャットを埋める。少しして鋼鉄キャットが瓦礫から上半身を覗かせた。

 しかしその顔は……


「嘘、田畑さん」


「何でだよ」


「どういう事やねん泰知」


「見ての通りさ」


 言って山岡は田畑へとゆっくり歩を進める。その進路を小野田が塞いだ。両手を広げて田畑を庇うようにしている。


「どいて下さい」


「断る! これ以上相棒を殺されてたまるか!」


「わからない人ですね」


 山岡は変わらず歩みを止めない。力尽くでも押し通るつもりだ。


「お……のだ」


「田畑!」


 田畑が掠れた声で小野田の名を呼ぶ。小野田は涙ながら田畑へと駆け寄った。


「おい大丈夫か!? 安心しろ俺が守ってやるから、な!」


「どいて下さい。小野田さん」


 山岡が小野田のすぐ後ろで立ち止まる。小野田は憤怒の形相でもって山岡に対峙した。


「やらせるか!」


「お……の……だ」


 それを見た田畑が小野田を呼ぶ。


「任せろ、俺がなんとかする」


「心……臓、よこせ!」


「は?」


 ズプッという音がしたかと思うと、小野田の背中を鋼鉄キャットの爪が突き刺して胸を突き破った。その手には未だ血液を循環させようとしている心臓が握られていた。


 鋼鉄キャットは腕を引き抜いて心臓を高く掲げる。

 そしてそれを握り潰して流れ出る血液を顔に振りかけた。


「ひっ」


「嘘やろ」


「チッ」


 山岡は小野田の心臓を食す田畑に向けてもう一度トンファーを突き出す。しかし田畑はそれをヒラリと躱して山岡の背後に回る。

 田畑はそのまま山岡を攻撃する事はせず、こちら、莉子と静流がいる方に向かってきた。


「静流さん!」


 咄嗟に静流を抱き抱えながら飛びずさる。一瞬遅れて莉子達が立っていた地点に爪が突きたっていた。

 莉子と静流の背中をひんやりとしたものが滴る。


 田畑の姿は既に鋼鉄キャットに変わっている。


「あっ」


 立ち上がって逃げようとする。しかしそれより早く鋼鉄キャットが動いた。間に合わない。

 死を覚悟して莉子と静流はギュッと目を閉じた。


 だがその時は中々こない。

 目を開けると正面に莉子達を庇うように山岡が立っていた。そしてその左手には鋼鉄キャットの爪が突き刺さっている。


「ぐっ」


 鋼鉄キャットは爪を引き抜かずにそのまま薙いで山岡の左手を引き裂いた。左手は文字通り薄皮一枚で繋がっている。


 瞬間、山岡は爪を振ってガラ空きになった鋼鉄キャットの胴体に、心臓部に右のブレードトンファーを刺した。鋼鉄キャットはよろめき後ろに下がる。


 山岡は左手からおびただしい出血をしながらも、前に出てブレードトンファーを引き抜いて捨てる。そして空いた穴に手を突っ込み鋼鉄キャットの心臓を無理矢理引っこ抜いた。

 それはあたかもさっきの小野田にした事を繰り返すかのようだった。


 心臓を握り潰ぶすのと同時に鋼鉄キャットが地面に沈む。


「はぁっ、はぁっ……ぐっ」


 山岡はブレードトンファーを拾うと、薄皮一枚で繋がった左手を切り落として、その足で焚き火まで戻って火の中に左手を突っ込んだ。


 焼灼止血で無理矢理血を止めようというのだ。

 肉が焼ける嫌な臭いが立ち込める。

 止血が終わると同時に山岡もまた地面にその身を投げ打った。


「山岡さん!」


「泰知!」


 そこでようやく我に帰った二人が山岡の元へと駆けつける。


「私、境倉さんを呼んできます!」


 衛生兵の境倉を呼びに指揮車に向かう。境倉は指揮車で状況を把握していたらしく、指揮車前で衛生キットを用意して向かうとこだった。


 熊木も連れて、急いで山岡の元へ戻り治療を行う。


「どうですか?」


「大丈夫っす、出血が多くて意識を失ってるだけっすね。でも一刻も早く病院に連れていくべきっす。感染症の危険性もあるんで」


「なら急がんと」


 山岡を熊木と境倉が慎重に指揮車へと運んでから緊急発車する。

 ウンドゥルハーンを出てウランバートルへと向かう。到着したのはそれから四時間後だった。



 ――――――――――――――――――――


 モンゴル首都ウランバートル 十九時零分


 モンゴル南西部に位置する病院、壁面をガラス張りにしたやや小洒落た雰囲気の病院のロビーにて、ジッパー面々は沈痛な面持ちでたたずんでいた。


 本来十七時までのところを急患という事で開けて貰い診察して貰っているところだ。


 しばらくして担当医がロビーに現れた。


「харамсах нь、Бид зөвлөлдөх юм байж болохгүй」


 開口一番そう言った。翻訳アプリで翻訳すると、「残念ですが、私達には治療できません」となる。


「どうして!」


 莉子が詰め寄る。


「дээд хэсэгт нь зааварчилгаа юм」


 直訳すると「上層部からの命令です」


「ちょい待ちや! そんなん納得できるかい!」


 激昴する静流、熊木はそんな静流を手で制して告げる。


「それで、山岡はどうなりますか?」


 タブレットに熊木の言葉が文字としてモンゴル語に翻訳されて現れる。

 医者は一度頷いて答える。


「Тэгээд нэг удаа хөлдсөн」


 訳すと「一度冷凍保存します」


「いつまで?」


「Түүний сурч эмч хүртэл」


「彼の主治医がくるまで」と言っている。


 主治医とは誰の事だろうか。


「あの女か……わかりました、ありがとうございます」


 一礼して医者を送る。彼はすぐにでも冷凍保存の準備を進めるのだろう。


 医者の姿が見えなくなると熊木は「よし」と言ってから前に進み出、振り返って全員を見渡した。


「というわけだ、山岡はここに置いていく。我々は明日、夜が明け次第ウランバートルを出てトゥルゲン山地へ向かう」


 それは莉子と静流、境倉を驚愕させた。


「そんな! 山岡さんを一人置いていくなんて」


「せやで、誰か一人ぐらい残しといても」


「何でしたら衛生兵の自分が!」


「命令だ!」


「「「っ!!」」」


 三人の訴えは熊木の恫喝一つで静かになった。


「命令だ、異論は許さん。それに奴なら一人でも平気だ。あいつはそんな事で落ち込む程ヤワではない」


 結局、その日はそのままウランバートルで夜を明かす事になった。運良くとれたホテルの一室、莉子がフカフカのベッドに身を沈めると段々眠気が襲ってきた。


 色々あった。この二日でとても処理仕切れない用な出来事が立て続けに起きてしまった。

 このまま目を閉じれば、全部夢でしたとはならないだろうか。

 そう思いながら香澄莉子は深い眠りについた。

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