第29話 暗がりに潜む鬼(山岡編)

 五月九日一時十分

 山岡泰知が寝ずの番をしているところに二人目の客がやってきた。

 熊木宗士郎である。熊木は端的に分かりきったことを尋ねる。


「異常は無いか?」


「無いですよ、至って平和」


 ヘリが落とされて平和もクソも無いが。会話の糸口としてはベターなもの。


「それで、動きはありましたか?」


 実は熊木が現れたのはたまたまでは無い、山岡が通信で起こして呼び出したのだ。

 目的は紛れ込んだ敵を炙り出すため、一つ罠を張ってもらった。


「あぁ」


「どっちですか?」


「副操縦士」


「太ってる方か、意外だな。小野田さんかと思ってた。まあ二人共っていう可能性はまだあるけど」


 罠といってもそんな大それたものでは無い。二人が寝ている側で熊木が「さて、ちょっと東の遠くまで散歩するか」と露骨なまでにボヤいて貰うだけだった。


 引っ掛かれば良し、引っ掛からなくてもデメリットは生じないので気にする事はなかった。


 言った直後に身を潜めて動きがあるのを待つ。その後山岡がこれまた唐突に現れて「社長一体どこに行ったんだ? 話あるのに、まあ明日でいいや」と露骨に社長がいませんアピールをする。


「動きがあったのはお前が去ってから間も無くだ、ここから東の方へ向かった」


「そっか、それじゃちょっくら奇人を討伐しに行こうかな」


 山岡は数少ない状況証拠から副操縦士の田畑を奇人と断定した。

 奇人とは奇獣の細胞を植え付けられた人間、普段は人の姿をしておりそうと見分ける事が出来ない。


「山岡、奇人については他の奴らに話さなくていいのか?」


 他の奴らとはジッパーの社員の事。

 社内で奇人について知っているのは、現状奇人である山岡と社長の熊木だけであった。


「別に隠す事でも無いのだろう? 実際前線で戦う兵士の間では公然の秘密になっているし、それに近い内に公式発表を行うという話も聞いている」


「……まあそうなんですけど、知らないならそのままでいいんじゃないかな、人間が化物になって人間を襲うなんて知らない方がいい」


「嘘だな、お前は自分が奇人である事を知られるのが怖いだけだろ?」


「……」


 何も言いかえせなかった。それはつまり肯定を意味していたからだ。


 そう山岡泰知は自身が人間では無い事を知られるのを恐れている。最初はただ言う必要が無かったから言わなかった、しかし段々周りと打ち解け、居場所が出来る内に知られるのが怖くなった。


 知られてその居場所が無くなることを恐れるようになった。

 照れくさいから決して言わないが、山岡にとってジッパーは自分が自分であるための大事な場所だった。


「隠すのなら止めはせんが、いつまでも隠せないぞ。そしてそれは不和の原因になりかねん。早目に話す事だな」


「わかってますよ」


「ならいいが、必要なら俺が無理矢理話す」


「…………行ってくる」


 山岡は熊木に背を向けて歩き始めた。熊木の言葉から逃げるために。

 熊木の言い分はわかる。しかし自ら口にするには多大な勇気を必要とした。それこそ戦場で戦う以上の。


 そしてその熊木の言葉は思いの外早く成就する事になる。


 ――――――――――――――――――――


 田畑を見つけたのは野営地を出て約二十分後だった。


「探すのに少し苦労しましたよ」


 田畑がゆっくりと振り返る。山岡は既に十字の仮面を付け、両の腕にトンファーを持って臨戦態勢を整えていた。


「確か、山岡さんですね。ちょっと散歩していたら遠くまで来てしまいました。もしかして迎えに来てくれたのですか?」


 田畑は至って穏便に、冷静さを務めてそう言った。


「ホントにそう思ってるならおめでたいね。ねえ田畑さん、あなた本当は人を殺しに来たんでしよ?」


「な、何を言っているんですか! 何故私がそのような事を!」


 口調は丁寧、しかし動揺している事はハッキリ伝わった。そしてそれは視覚的にも顕著だった。


「一人でどこかに行った社長を探してたんでしょ? 僕達を潰すならまず一人をこっそり殺って、仲間内に疑心を植え付けて分離させるのが早いからね」


「何を言っているのですか……」


「へぇ、図星か。割と適当に言っただけなんだけどな…………お前奇人だろ?」


 田畑の目が一瞬見開いた。驚いたという顔だ。


「はは、何ですか? それは」


「ねえ、気付いてます? 田畑さん、目が金色になってますよ」


 バッと田畑が両目を手で隠した。しばらく前から田畑の目は金色の瞳に変化していた、田畑自身は気付いてなかったようだが。


 奇人の特徴には感情が昂ったり揺さぶられたりすると瞳の色が金色に変わる性質がある。


 これが一番人と奇人を見分ける手段として手っ取り早い。


 そして田畑が目を隠した瞬間、山岡は地面を蹴ってブレードを出した右のトンファーを叩きつける。


 不意を突かれた田畑は慌てて両腕をクロスさせてブレードトンファーを受け止める。


 直後、ギィンという音が響いた。


「それがあんたの本当の姿か、くひっ、そうこなくちゃ」


 仮面の中で山岡の顔が不自然に歪む、山岡自身気付いていないが、彼もまた目が金色に変わっていた。


 そして田畑は人の姿を捨てて奇人に変わっていた。身長は伸び、形は人、顔は猫のような獣、両腕に鉄で出来た一際大きな篭手、篭手の先からは人間を一撫でするだけで切り裂けそうな鋭い爪が伸びている。

 足は爪先立ちで踵が伸び、鉄製の具足が装備されていた。


 鉄の鎧に身を纏ったその姿、名付けるなら「鋼鉄キャット」というのが相応しいだろうか。


 山岡は一度離れて距離を取る。


「まさか、正体がバレるとは思いませんでした。あなた何者です?」


「それ、教える必要ある? まあ気が向いたら教えてあげるよ」


 言って、また駆ける。鋼鉄キャットの右手が横薙ぎに振るわれ、その爪が山岡をとらえる。すかさず左右のトンファーを合わせて盾を作って受け止めた。一瞬火花が散った。


 鋼鉄キャットの力が強く山岡は右に押し切られる、押し切られる前にハルバードを伸ばして鋼鉄キャットの左脇腹を狙う。

 ハルバードは左手の篭手で防がれる。再び火花が散る。


 鋼鉄キャットは距離をとろうとバックステップで下がる。しかし山岡が逃がさんとして前に飛び出し、ハルバードを捨てて再びトンファーを展開して首を狙う。


 鋼鉄キャットは慌てて右手を首にあててガードする。しかし山岡の攻撃は右手の篭手に当たる事は無く、変わりに鋼鉄キャットの右脇腹へトンファーが突き刺さった。

 首への攻撃はフェイクで、本命は鎧の隙間を狙った右脇腹への攻撃だった。


 鋼鉄キャットは吐血し首のガードを下げた。瞬間空いた方のトンファーが首に刺さる。一度抜いてもう一度刺す。


 鋼鉄キャットはよろよろと下がり岩に背中を預けて崩れ落ちる。その姿は田畑へと戻っていた。


 山岡はハルバードを拾い構える。


「あなた、ゲホッ……本当に何者ですか?」


 山岡はゆっくり仮面を取る。仮面の下の顔を見て田畑の目が驚愕で開かれる。同時に納得したような諦めた顔をした。

 山岡はその変化で自分の目が金色になっている事を実感した。


「まさかとは思いましたが……あなたも奇人でしたかゴホッゴホッ」


「試作六号、そう言えばわかりますか?」


「フフ、そうかあなたが……勝てない筈だ。しかしこれで終わりませんよ……我々『蒼の使徒』はあなたを必ず倒します。必ずね」


「『蒼の使徒』それが今の組織の名か、一応聞くけど、あんたの目的は?」


「ドラゴン狩りに駆け付ける……ンゲホッ、人間を殺す事」


「そう、話してくれてありがとう。それじゃ……ヒヒッ」


 ハルバードが田畑の顔面へと振り下ろされる。骨が砕け、脳髄が潰れる快感に身を委ねて醜く笑う。

 顔の半分を潰されて絶命した田畑、彼の口角もまた歪んでいた。


「さて、死体を処理しなきゃ、こんなとこ誰かに見られたらマズイしね」


 しかし山岡は気付いていない、二百メートル離れたところで田畑を殺した瞬間を香澄莉子に見られていた事に。


 そうとは知らない山岡は身体強化薬を重ねて飲み、自身の筋力を上げてからトンファーを重ねて盾を作り、それに田畑を乗せて運ぶ。


 そのまま指揮車の索敵範囲外に出てとある岩場に下ろす。続いて落ちている石を手に取り虚空へと投げる。


 石は放物線を描いて落下する。直後落下地点からふしゃぁぁーという威嚇が聞こえた。

 咄嗟に走りその場を離れる。

 事前の調べでこの辺りにマフトの巣がある事はわかっていた。


 後は田畑の死体をマフトが食べてくれる。

 そういえばマフトも猫だったよな。


「次は血痕か」


 地面に落ちた血は土をかけて誤魔化す。問題は殺害現場となった岩の血だ。

 余りにも多い。


「気合い入れて拭き掃除か」


 一時間掛けて拭き掃除した後、ガンガ湖(野営地から離れた位置)に行き服と武器に着いた血を洗う。

 その後熊木に経過を報告して寝ずの番を変わり朝を迎える。


 ――――――――――――――――――――


 五月九日 六時五十分

 居なくなった田畑を全員で探す事になった。

 山岡は殺害現場に戻る。


「これならバレる事は無いか」


 昨夜の血痕は跡形もなく消え去り、地面に落ちた血も巻き上がる粉塵が隠してくれた。


 あとは田畑の死体、マフトの食べ残しを探して何食わぬ顔で田畑が死んでいると言えばいい。もう少しゆっくりしてもいいだろう。


 問題無い、何もかもが順調だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る