第25話 スカイアタック(香澄編)

 五月八日 十三時零分(日本時間十四時零分) モンゴル国ドルノゴビ県上空。


 美海空港から輸送機で飛び立ってちょうど七時間経った頃、香澄莉子の眼下にゴビ砂漠が広がり始めた。


「おぉぉ、私砂漠なんて初めて見ました」


 一面茶と黄色の世界、殺風景でありながら独特の整然とした美しさをもっている。これは何処か一面青い世界の海を思い出す。


「何だか飽きませんね」


 十分後。


「砂漠はもう飽きました」


 香澄莉子に風景を楽しむ情緒なんてものはなかった。


「うげぼぼぼぼ」


 突如不快な音が機内に響いた。

 音に目を向けると正面に座っていた山岡がゴミ袋に吐瀉物を溜めていた。


「あんた大丈夫かいな、ホンマ乗り物弱いな」


 隣に座っていた静流が山岡の背中をさすりながらペットボトルの水を差し出す。

 山岡は差出されたペットボトルのキャップを開けて中身を一口含み、それで軽く口をゆすいでからゴミ袋に吐き捨てた。

 その後中身を飲み干す。

 もうペットボトルは六本目だ。


「ぺっ、ふぅ……乗り物というよりは空飛ぶ乗り物が苦手なの、ここ大事」


「どうでもええわ」


 と静流は呆れてぷいと顔を横に逸らした。それでも時折山岡の方をチラチラと心配そうに覗き見てる。


 何だかんだで仲はいいみたいです。


「目的地まであとどれくらいでしょうか」


「このままの速度を維持するなら、あと一時間半てところだな」


 そう答えたのは隣に座る熊木さん、正直隣に社長が座ると緊張します。


 この輸送機が向かうのはモンゴルの首都ウランバートル、そこから輸送車でほぼ真ん中に位置する街、アルバイヘールに向かう。

 街といっても、増えた奇獣から逃げるために二十年前に廃棄が決まった街だ。現在は寂れた無人街となっている。


 そのアルバイヘールに国連軍の駐屯地があり、そこがドラゴン退治の本部となっている。

 警備会社は一度そこで指令を受けて出動する手筈になっていた。


 山岡の体調が少し落ちついた頃、ブーッ! ブーッ! とサイレンがけたたましく鳴り響いて煩わしさを与え始めた。


「な、なんすか一体!?」


 社長の隣に座る境倉が戸惑いの声を上げる。境倉があげなければ自分があげていたかもしれない。


 すぐに熊木がコックピットに直通の内線を使って状況を確認する。


「パイロット! 何があった?」


「奇獣だ! 後ろに三体!」


 全員が一斉に窓の外をみる。


 確かに奇獣がみえる。全長は目算で二十メートル程、蜥蜴のような長い尻尾。コウモリの羽を思わせる翼の翼長は十五メートル、翼の先に手のようなものがついている。


 鳥のような外見だが、頭は爬虫類のそれで、頭部が少し出っ張っていた。


「もしかして、あれがドラゴンですか?」


 莉子の疑問は山岡がすぐに打ち消した。


「いや、あれはワイバーンだ」


「ワイバーン?」


「日本だと北海道や東北に出現するから香澄さんには馴染みはないかもね、パイロットさん! 高度をあげて!」


 ぐんっ、と下から押しつぶされるような感覚の後、ワイバーンが窓の下に移動していた。

 しかしそれも一瞬の事、ワイバーンは首を上に向けるとすぐにその大きな翼を羽ばたかせて輸送機に追いすがる。


「野生にしては反応が早い……ウプっ」


 山岡が口元を抑えた。

 今は吐かないで!


 とそんな莉子の心の叫びなど露知らず、一体のワイバーンが輸送機に並行するようになってしまった。

 そして、ワイバーンの口元が蜃気楼のように揺らぎ始めた。


「な、なあ山岡。なんやあいつらの口がふにゃふにゃしてんねんけど」


「ワイバーンは口から超音波カッターを出して色んな物を切り裂くんだ……うぅ」


 山岡さんはワイバーンよりも酔いの方が辛そうです。


 ワイバーンの口から揺らぎが帯のように伸びる。その揺らぎはまっすぐ輸送機の左翼エンジン部分に突き刺さり、真っ二つに切り裂いた。


 遅れて小規模な爆発がおこる。


「左翼エンジン破損! 高度が維持出来ない! 止むを得ん、不時着する。全員衝撃に備えろ!」


 コックピット席と繋がってる内線からそんな言葉が飛んできた。慌ててその場にいる全員が手摺や椅子にしがみつく。


 その間もワイバーンは超音波カッターで輸送機の後部を切り裂いていく。


 切り裂ける面積は小さい? と窓を横目で見ていた莉子は思った。


「前方に湖を発見! 着水する!」


「なら積荷は直前に射出してくれ」


「了解した!」


 熊木の指示通りに輸送機から積荷が射出されていく、今回はこの積荷をドラゴン退治本部まで届けるのも仕事である。


 最後に指揮車と整備車、そしてカドモスが射出された。


 一定の高さまで落ちたところで、それらはパラシュートを開いてゆっくり落ちていく。


 反面、輸送機は激しい衝撃と共に湖に不時着した。

 莉子は不時着直前に湖にいた数万匹の白鳥が一斉に飛び立って圧倒されるも、その感動は不時着と同時に失われて喪質感を覚えた。


「全員輸送機からでろ! 沈むぞ!」


 というパイロットからの怒号と共に機内が再び慌ただしくなる。


「へ? えぇぇぇっ!」


「なんやて!」


「ドアを開けたっす! はやく!」


「急げ!俺はパイロットを迎えにいく」


「浮き輪は貰っていくぞ」


 源緑がちゃっかり浮き輪を装備して湖に飛び込んだ。ちょっとズルイ。


「ゲボォ」


「吐いてる場合かい!」


 静流が山岡を蹴り転がして無理矢理湖に落とす。遅れて莉子も飛び込む。

 たちまち服が水を吸って重くなる。必死に足掻いても徐々に沈んでいく。


「莉子ちゃん!」


 莉子の右手に細長い何かが握られる。それは浮力を持っていて莉子が沈むのを抑えてくれた。

 その浮力を頼りに顔を水面に出す。


「ぷはぁっ、はぁはぁはぁ。あり、ありがとうございます」


 莉子の手に握られていたもの、それは山岡が機内で大量に飲んで放置されていた空のペットボトルだった。


「社長が飛び込む寸前に投げてくれたんや、ほらもう一本。脇に挟んで浮き輪代わりにするんやで」


 静流の手本通りに両脇にペットボトルを挟む、その状態でゆっくりバタ足をする。


「ちょっと難しいですね」


「背泳ぎした方がええで、こう脇の上にペットボトルを置いてやな」


 静流はペットボトルを脇の上、胸の横に置いて仰向けになってバタ足をする。その姿は危なげなくまっすぐ進んだ。

 莉子もそれに倣って背泳ぎをする。時折前方を確認して泳ぐ。


「山岡さんはどうしたんですか?」


「山岡ならそこでバタフライしとんで」


 静流の指し示した方向には水を得た魚のごとく着衣のままバタフライを敢行する山岡がいた。

 程なく彼は陸にあがり一言。


「大地って素晴らしいぃぃ!」


 彼はとっても元気だ。

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