激戦のフィリピン

第5話 戦いを始めるために(香澄編)

 四月二日十三時三十六分 ジッパー格納庫


 全長十メートル、重量七トン、最高速度時速六十二キロメートル、二足歩行でどのような悪路にも対応し、人と同じ姿で人と同じ動きが出来るゆえ、戦略性の幅が広い。


 逆三角のスマートなフォルム、無骨な鉄の鎧の上から大きな黒の燕尾型の防護服を被せたおかげでパッと見軍服を着ているように見える。


 頭部は白、一文字のスリットが入っていてそこから二つの目が覗かせている。そして両サイドにはアンテナのようなのが二本付いている。うさぎっぽい。


 それが株式会社ジッパーの保有する人型戦車、機体名「カドモス」である。


「はいじゃあ次行くよ」


「えっ!? もう終わりですか? もっと見ていたいのに」


「この先じっくり見る機会はいっぱいあるよ」


 スタスタと歩き出した山岡に駆け足で追いつき隣に並ぶ、カドモスが掛かってるハンガーの側で忙しなく動いてる中島源緑に会釈してから格納庫を出る。そのまま隣の体育館に入った。そこには巨大な鉄製の小さな部屋があった。


 体育館の半分を占拠して佇むボックス型の部屋、その中は薄暗くて計器類が壁面を埋め尽くし、機械の熱暴走を抑えるためか冷蔵庫のように寒い。

 部屋の中央には卵型のカプセルがあった。


「はいここがシミュレータールーム、そこのカプセルに入って」


「は、はい」


 あれよあれよという間にカプセルに押し込まれる莉子。

 中はコックピットを模しているらしく中央にシート、足元にペダル、両サイドにリングレバーが設置されている。

 平均的なコックピットブロックだ。


「カドモスのシミュレートプログラムはまだ出来てないから、今日は日本国軍で正式採用されている『M《えむ》.O《おー》』でやるよ、カドモスの操作方法は『M.O』と変わらないからまずこれで慣れて」


「わかりました」


「僕は外でモニタリングしながら指示をだすから」


 質問するまでも無く、あっという間にカプセルの蓋が閉まりシミュレーター訓練が始まる。ちょっと展開早すぎませんかね?


 因みにM.Oとは日本国軍の主力兵器である人型戦車、全長八メートルに最高速度時速四十五キロメートル、両肩にGAU-20(六銃身型連装機関銃)を装備した重装甲高火力がウリの機体だ。


「standby ready」


 機械のアナウンスが響く。


「まずは、システムチェックとコンディションチェックをしてください。ゆっくりでいいから」


「はい!」


 シミュレーションだから異常なんてものはある筈無いのだが、実戦において機体の状態を確認するのは必須だ。いざコンディションチェックを行う時にもたついていたら敵に殺されてしまう。

 ゆえに指が勝手に動くぐらいみっちり訓練しないといけない。


「システム、コンディション共にオールグリーンです」


「OK、それじゃ起動させて動かして」


「はい」


 起動プロセスを解除してスイッチを入れる。ブォンとタービンを回してエンジンが鼓動を刻む。M.Oの操作は訓練校で必須項目、ゆえに操作方法は体に染み付いている。

 ただ一つ、自分の知ってるM.Oとは違うところがあった。


「て、これ球体モニターじゃないですか!」


 視界一杯に広がる景色、場所はジッパーの格納庫だった。下を見れば床があり、上を見れば天井がある。

 M.Oは正面と横しか移さないためこれは大きな違いである。


「正確には球体モニターじゃなくて半球モニターだけどね、後ろ見ても何もないでしょ? カドモスは半球モニターだからここだけ変えたんだ」


「そうですか」


 納得。確かに後ろを見てもコックピットブロックの壁しか見えない。


「後ろを見る方法やモニターの切り替えとか細かいのは後でおいおい説明するから、とりあえず今日は操作に慣れよう。まずは格納庫を出て」


 ペダルを前に倒す。M.Oがゆっくりと前に踏み出す。


「重い!」


 想定外に重かった。それもその筈、莉子が操縦しているM.Oは拠点防衛用の装備だった。高火力重装甲でただでさえ重いM.Oに百八十ミリカノン砲を装備、両手に戦車用アサルトライフル、更に左足には半身を隠せる程の巨大なシールドを装備。総重量十八トンになる。


 重い、重すぎる。歩く事も困難である。足先は地面を削ってるし、重量で床が沈む。

 よくよく観察すれば、足回りが不自然な程太い、履帯の無いキャタピラのようだ。


「ぐにににっ、何で……こんなに重いんですか? もしかしてカドモスも?」


「いやカドモスは軽いよ、理論上はかなり軽快に動き回るよ」


「じゃあ何でこんな重い設定にしたんですか!?」


「それは……あえて機動力の低い機体で訓練して、いざ機動力の高いカドモスの操縦の難易度を下げるという理由を今思いた!」


「どういう事ですか!? 一瞬納得しかけたじゃないですか!」


「本当は、ただガッチガチのフル装備のM.Oが好きなので!」


「ただの個人的欲求!? もうこの装備外していいですか? 外しますよ!」


 コンソールを操作してパージを選ぶ、パージするのはカノン砲とアサルトライフル一丁、全身に装着されたアーマー全般、レッグパーツも外して足回りを軽くする。シールドを空いた手で装備して完了。

 身も心も軽くなった。


「返事聞く前に外したね、まあ今回は僕の悪ふざけが過ぎたから許すけど。実戦においては勝手な行動は慎んでよね」


「は、はいっすみませんでした!」


 気を抜いていた。これは訓練、例え上官の悪ふざけでも勝手な行動は慎まねば。頬をペチっと叩いて喝を入れ直す。


「よしっ、ではM.O出ます!」


 軽くなった足を持ち上げて前に出す。ゆっくり格納庫を出て周囲を観察する。


 時間設定が正午なため日光が眩しい、空は雲一つ無い。雑草まみれのグラウンドを適当に歩いて体を慣らす。

 全天モニターのふわっとした感じは慣れるのに時間が掛かった。


「それじゃ街に出ようか、目的地はそうだな……今日行ったエッツェル研究所で」


「わかりました」


「マップに印を付けておいたから、道順は適当に。歩いたり走ったり跳んだり伏せたり色々試しながら向かって頂戴」


「はい」


 まずは山を下りよう、そう思って下山を開始した直後、M.Oの体が斜めにかしいだ。


「おっと」


 とっさに片足を前に出して踏ん張り、一度その場に膝まづく。

 坂や荒地を移動する時は体重移動に注意。訓練生時代教官によく言われた事だ。


 人間は坂や荒地等の不安定な場所を歩く時、体重移動を無意識に行って体の平行を保つ。だが人型戦車の場合はそうはいかず、細かく体重移動を心掛けないとすぐに体勢を崩してしまう。

 補助AIがあればこの辺りも楽になるのだが。


「ああそうそう言い忘れていたけど、カドモスには補助AIついてるから安心して。まだシミュレーターに対応させてないから今日はマニュアル操作だけど」


「大丈夫です。訓練校では全カリキュラムをマニュアルでこなしてましたので」


「えっ!?」


 驚く山岡の声を他所にM.Oを立ち上がらせる。今度は体勢を崩さないように少し腰を落として上体を前に傾ける。見た目は不格好だが、重装備のM.Oだとこの方が安全に動かせる。


 平地に降りると上体を伸ばして歩く。気持ち前のめりにするのがコツだ。


 そういえば一週間ぐらい戦車操縦してなかったなあ。結構カンが鈍るもんですね。

 慣れてきたので次は走らせてみる。まずは時速二十キロメートル。


「よっと、我ながらコーナリングは完璧ですね。でもちょっと脚部の負担が大きいかな、足の角度をもう少し調整して、上体も少し揺らして……うん。大分楽になりました」


 正面のT字路を左に曲がってから速度を上げる。今度は最高速度ギリギリまで。


 速度を上げた途端に障害物の回避が難しくなる。これまでは脇道に入る時電線を切らないように跳んだりくぐったりして気を付けていたのだが、避けきれずに引きちぎる事が多くなった。


 一々止まって屈むのも煩わしい。

 よって莉子は、電線をローリングでくぐり抜けるようにした。

 すると通信機から「おおっ〜」と山岡が感嘆の声を上げるのが聞こえた。


 少し気分がいい。そうこうしているうちにエッツェル研究所に着いた。


「あの……着きましたけど、次は何をすればいいですか?」


 通信機の向こうへ尋ねる。だが十数秒待っても返事は無い。


「ん? あの……山岡さん?」


「はいはい、あぁえとごめん、実は急な仕事が入って僕はこれから出張しなくちゃいけなくなったんだ」


「そうなんですか」


「うん、数日は帰ってこないからその間香澄さんは静流の指示に従って。訓練指示は静流を通してメールで送るから」


「わかりました。えと……お大事に?」


「いやまだ怪我してないから」


 山岡との通信が切れ、代わりに村井静流が出る。通信機から聞こえる村井の声は若干息切れをしていた。


「ほなこっからはウチが仕切るで、ウチの事はコーチと呼びや!」


 この変に暑苦しいノリは、ノレという事か。昔友達に聞いた事がある。関西人はノリが命だと。

 ノラなきゃ死ぬと。


「はい! コーチ!」


「めっちゃノリええやん、ほなまずはあの夕日に向かってダッシュや!」


「コーチ! シミュレーターの設定が正午です! 夕日じゃありません!」


「しまったあああっ! 設定変更すっからちょい待ちや」


 空が一度ブラックアウトした後、徐々に赤み掛かる。夕焼け色の中、夕日のある西へM.Oを向けた香澄はレバーを限界まで倒して最大出力で走り出した。

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