3
大湿地帯の鬱蒼と茂った群生イグサに隠れて、リタの見つけた名も無き草は変わらず生えていた。
黒のエリオールこと、エリ・オリキは満足そうに頷いていた。
何度、エリ・オリキと言っても、出会った当初、大魔術師はエリの発音が聞き取れなかった、とこっそり教えてくれ、ようやく緊張が解けた気がした。
異国の人と言われ納得する。黒髪にやや黄色の肌。自分たちの茶髪や赤髪に白い肌に比べて違和感があったのを、リタは納得する。
「ただの草にしか見えないが」
熱く生い茂ったそれらを見てゼルは言う。青龍はケーキが食べられるのであれば、後は興味はないと寝そべって欠伸をしていた。
「甘藷、私の国じゃサトウキビって言うね。ドワーフさん達は絶対に教えてくれなかったけど、製糖したら絶対にコレの方がモノがいいだろうね」
とエリも茎を無造作に齧って応じた。
「これが金砂になるのか」
信じられないという目でゼルは見る。むしろ大魔術師が知らず、一介の人間が教授する光景のほうが信じられない、とリタは思った。
「この広い世界で、私やゼルだけでは見つけられないモノがこんなにも埋まっているってこと。戦争は武力だけでするものじゃないって思い知らせないとね」
「え?」
ゼルとリタが同時に声を上げた。満面の笑顔でエリは笑む。
「リタ、あなたはこの金砂の価値を知ってる?」
首を横に振る。
「これを製糖した50キロで、あなたの集落を買い取れる。その程度の価値はあるんだよ?」
絶句する。
「兵隊さんや貴族さんは、税金でお金を賄えると思ってるけど、とんでもない。お金は魔物だってことを思い知らせないと、ね」
「魔物……」
「お金は等価の価値ではなく、対価の価値。上下するモノだってこと。人の価値も対価よ。等価ではありえない。努力した人には、努力した分の対価が。人より秀でる者には相応の対価があってしかるべきだと思うのよね」
「……」
リタは拳を握る。それならば薬師として自立できなかった自分は、対価を支払われる資格もなかったのも当然、と唇を噛――むこともできず、エリに頬をつねられた。
「な、にゃにを、ひるんでふか!(なにをするんですか!)」
「誰もが知る薬草を採取できたところで、私は価値を見出さない。でもリタ、あなたは誰も知り得ない扉を開ける事に成功したの。あなたが知っている知識はサトウキビだけじゃないでしょ? よければ私にその知識で、手を差し伸べてくれない?」
目をぱちくりさせる。この人は――この人は、役立たずな私に何を言っているんだろう?
「国境を超える手段は、戦争だけじゃないってことを教えてあげたいの。あなたは私のスイーツを食べて美味しいと言ってくれた。ゼルも青龍もドワーフも、みんなそう。同じように、国境を超える手段は幾つもある。でもその最短の道は、戦争でも権力でも派閥でも種族でもないと思ってる。それを証明するのを手伝ってくれない?」
階級が全て、生まれた場所が全て、血筋が全てのこの時代に、なんてことをこの人は公言するのだろうか。それが虚勢でも強がりでもないと感じる。何故なんだろうか、リタはそんなエリの姿勢に勇気をもらった気がした。
「あなたに対価を払うわ。私に力を貸して?」
差し伸べた手にリタはおそるおそる手を握る。時代がこの時、大きく動き出した気がしたのだ。
――したのだ。いや、動いたのだ。確かに時代は動いた。
帝国、公国、法国は実質上、エリ率いる
ヒト――つまりエリと、エルフ、ドワーフと協定が結ばれる。
貴族のものでしかなかった食事事情が、一般階級にまで広まった。特にスイーツが。
何より、この剣と魔法の世界で「株式」と「会社」という理念が根付き、貴族たちと同等の発言力を平民階級がもつようになる。
それを成し得たエリの存在は大きいと思う。そしてそれを暴走することなく束ねるエリの
「――と思うんだけどなぁ……」
とリタはため息をつく。ゼルから世話役を一任されて3年。ゼルの苦労が痛いほど分かった。表舞台ではあれ程華やかに誰もを牽引するのに、裏舞台(プライベート)では涎をたらしながら惰眠を貪っている。下着姿で、ベッドから足を投げ出すなんともはしたない格好で。
「次は、ジェラードつくろうかなぁ……」
これはエリの寝言である。リタはもう一度、ため息をついた。
薬師の本に手をのばす。
庶民の食事を充実させる、そして利益も得る。そんなエリの思いはまだ道半ば。そんな中、エリはリタに託したのだ。
――病気のない世界を次は目指したいなぁ。
呑気な声で。
間延びするような、そんな声で。
なんでないように、何気ないように、いつも通りに。
リタは知っている。
エリは絶望して、対価を払い前の世界を捨てたことを。
大魔術師ゼルも、青龍も知っていることだ。
当たり前のようにスイーツをすすめる。当たり前のように、幸せを分ち合おうとする黒のエリオールは、未だ孤独で。
私を拾った対価を、あなたの幸せを願うことで払いたい、と思うのはダメでしょうか?
リタは布団をかけ直しながら、そう思う。
帝国、法国、公国、組合との定例懇談の時間まで少しある。
エリの辛さはわからない。でも、少なくとも苦しい時に苦しいと言い、悲しい時に自分に涙を見せてくれるこの女性を、薬師は助けたいと思うのだ。だからそっと髪を撫でて囁く。
「エリ、僕の対価であなたを支えたい。見返りも返礼もいらないから。愛してるからだなんて、今は言わないけれど」
リタは偽りない気持ちで、黒のエリエールを躊躇いなく抱き締めた
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