第11話『祭りの朝』

 10月1日、土曜日。

 昨日は夜遅くまで美来と色々なことをしたけど、目覚ましをセットしたおかげで平日と変わらず午前6時過ぎに起きることができた。今日は休日だし、美来が文化祭ということもあって、僕が朝ご飯を作ることに。

 土曜日に平日と変わらない時間を起きるのはひさしぶりじゃないだろうか。ただ、スッキリと起きられたし、休日を長く過ごせると思えば得した感じもする。


「美来、朝食できたよ」

「はい。ありがとうございます」

「僕も一緒に食べようかな」

「それがいいですよ。一緒に食べましょう!」


 平日と同じように、朝早い時間に朝食を食べることに。文化祭でも色々と食べたりするから、今の時間に朝食を食べておくのがいいだろう。

 また、天気予報によると、今日も明日もよく晴れ、雨の降る心配はないとのこと。いい文化祭日和になりそうだ。


「雨が降らないみたいで良かったです。外では屋台もたくさんありますし、野外ステージで多くの部活や同好会がパフォーマンスを披露しますから」

「ホームページでも野外での出し物がたくさん書いてあったな。そういえば、すっかり訊くのを忘れていたけど、美来はメイドさんとして働いている時間はいつなのかな」

「午後に声楽部のコンサートがありますから、午前中中心ですね。時間は確か……文化再開始の午前9時から10時。あとは午前11時半から12時半だったと思います。乃愛ちゃんや亜依ちゃんと一緒です」

「9時から10時。11時半から12時半ね。分かった。じゃあ、その時間に合わせてメイド喫茶に行くね。多分、9時から10時の間に行くと思うけど」

「分かりました! お待ちしていますね。来店したときには精一杯にご奉仕させていただきます」


 そう言って、美来はにっこりと笑みを浮かべながらキスしてきた。昨日の前夜祭のこともあってか、精一杯にご奉仕をすると言われるとドキドキしてしまうな。


「美来。学校の教室だし、周りに人がいることも考えてご奉仕してね」

「もちろんですよ。昨日のようなことを他の人がいる前でするのは、さすがに恥ずかしいですから」

「……そうか」


 ただ、クラスメイトや担任の青山さんは、恋人の僕と一緒に同棲していることを知っているし、有紗さんや羽賀達と一緒に行くから、キスくらいまではしそうな気がする。


「今日と明日は智也さんや結菜、有紗さんなど、知っている方がたくさん来ますからより楽しみです」

「今のところ、天羽女子に行く予定なのは僕に有紗さん、羽賀、岡村、仁実ちゃん、浅野さん、明美ちゃん、結菜ちゃん、詩織ちゃんかな」

「学校で会えるのが楽しみです。……ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「……あっ、もう出発しないと。私はもう学校に行きますね」

「うん、いってらっしゃい。学校で会おうね」

「はい。いってきます」


 美来は僕にキスすると、スクールバッグを持って急いだ様子で家を出発していった。テレビに表示されている時刻を見ると……ああ、いつも出発する時刻を数分ほど過ぎている。話すことに集中し過ぎちゃったかな。

 みんなとは文化祭の開始直後に天羽女子に行くことになっているので、美来の接客担当の時間にメイド喫茶に行くことができるだろう。最初にメイド喫茶に行くことになっているし。


「僕もさっさとやることをやって、家を出発しよう」


 天羽祭の開始時刻は午前9時からだし、みんなと待ち合わせもしているから。ただ、桜花駅から一緒に行くのは仁実ちゃんだけで、有紗さん、明美ちゃん、詩織ちゃん、結菜ちゃんとは学校の最寄り駅の鏡原駅で。羽賀と岡村と浅野さんは、羽賀の車で天羽女子の近くまで行くため、校門前で会うことになっている。

 朝食の後片付けをして、天羽女子の文化祭に行く準備をする。


「よし、これでいいかな」


 僕も天羽女子高校に向かうため、家に出発する。今日もいい天気で空気も爽やかで、まさに文化祭日和だ。陽差しが強いから、つばの広い帽子を被って正解かも。

 この後すぐに、桜花駅の改札前で仁実ちゃんと会うことになっている。準備をしている間に仁実ちゃんから家を出発したというメッセージが届いた。なので、僕よりも先に桜花駅に着いていることだろう。

 土曜日ということもあってか、平日よりも人が少ない気がする。きっと、天羽女子の最寄り駅の鏡原駅はここよりも賑わっているんだろうな。

 桜花駅に到着すると、改札口の近くにパンツルックの仁実ちゃんが立っていた。


「仁実ちゃん、おはよう」

「おはよう、トモ君。……何だか、今までと雰囲気が違うね。恋人の通う高校の文化祭に行くから? 黒いロングカーディガンに、つばの広い黒いハットを被っちゃって」

「今日の気候を考えたらね。あと、美来の恋人として恥ずかしくない格好をしようかと。この帽子は6月の事件があったからね。誤認逮捕だと報道されたけど、女子校に行くのは心理的にハードルが高くて。生徒さんに変な目で見られそうな気がして」

「なるほどね。誤認とはいえ、逮捕された罪状が女子高生に対するわいせつ行為だもんね。トモ君の言うことも分かるな。今日は天羽女子でたくさんの女子高生に見られるかもしれないけど、それはきっとかっこいいからだと思うよ。本当によく似合っていると思うし」

「そういう平和な理由だといいんだけど。あと、似合っているって言ってくれてありがとう。仁実ちゃんも似合ってるよ」

「あ、ありがと」


 仁実ちゃんは頬を赤くしながら微笑んだ。先月、彼女と再会して本当に大人っぽくなったと思うけれど、こういう姿は昔と変わらないなと思う。


「さあ、まずは鏡原駅に行こうか。そこで有紗さん達と待ち合わせしているから」

「そうだね」


 僕は仁実ちゃんと一緒に、出勤しているときとは反対側のホームに行く。

 すると、いいタイミングで快速電車がやってきたのでそれに乗る。席は埋まっているけれど、土曜日ということもあって、電車の中は空いている。


「畑町っていう駅で乗り換えをするんだよね」

「そうだよ。この快速電車だと次に止まる駅が畑町駅だね。10分くらいで着くよ」

「そっか。高校まで地元で、大学も今のアパートのすぐ近くにあるから、電車に乗るだけでワクワクするな。電車通学の友達が何人かいるんだけど、1限から講義のある日はその子達は疲れてるの」

「朝は特に混むからね。僕も大学になって初めて電車通学し始めたから、慣れるまでは大変だったな。今も満員電車だとさすがに疲れるけれど」

「そうなんだね。……あと、電車だけじゃなくて、トモ君と2人きりでこうしてお出かけするのが初めてだからワクワクしているっていうのもあるかな」


 仁実ちゃんは僕のことをチラチラと見ながらはにかむ。


「確かに、桃花ちゃんと3人で近所の公園とかスーパーとかに行くことはあったけど、仁実ちゃんと2人きりっていうのは今までなかったね」

「うん。だから、ちょっと嬉しいの。モモちゃんはトモ君と2人であたしの家に来たりしていたから、モモちゃんのことを羨ましく思ってた」

「ははっ、そっか」


 今の言葉を桃花ちゃんが聞いたらちょっと嫉妬されそうだ。

 その後も、仁実ちゃんから紅花女子大学のことや桃花ちゃんとの思い出についての話を聞いた。先月まで久しく会っていなかったけど、それまでの間に2人にも色々なことがあったんだなと思った。

 仁実ちゃんの話が楽しかったこともあって、あっという間に畑町駅に到着。潮浜線という路線に乗り換え、鏡原駅の方に向かう各駅停車に乗る。


「今度は各駅停車の列車だけど、10分ちょっとで鏡原駅に着くみたいだね」

「分かった。トモ君と話しているからあっという間だけど、きっと1人だったら電車に乗るのが長く感じるんだろうな」

「普段から乗っていないと、長く感じるかもしれないね。僕としては美来が毎日こうして天羽女子まで通っているんだと思うと、そんなに長くはないかな」

「……愛の力だねぇ」


 うんうん、と仁実ちゃんは納得しているようだけど、愛の力はさほど関係ないのでは。僕も通勤で30分くらい乗って慣れているし。否定はしないでおこう。

 それにしても、普段、美来はこうやって亜依ちゃんと一緒に天羽女子に通っているのか。2人で一緒なら、きっと今の僕らみたいに楽しく話す日もあるんだろう。


「トモ君、今、美来ちゃんのことを考えていたでしょ」

「うん。よく分かったね」

「だって、いつもよりもいい笑顔をしているもん」

「そっか。恋人冥利に尽きるよ」


 美来も同じようだったら嬉しいな。

 仁実ちゃんのおかげか、初めて乗る路線でもあっという間だった。

 鏡原駅に到着したのは午前8時50分。有紗さん達とはこの鏡原駅の改札口で午前9時に待ち合わせる予定になっている。有紗さんにメッセージを送っておくか。


『僕と仁実ちゃんは鏡原駅に到着しました。改札口で待っていますね』


 というメッセージを有紗さんに送った。

 すると、すぐに『既読』と表示され、


『分かった。あたし達は今、潮浜線に乗って鏡原駅に向かってるところ。あと10分くらいで着くと思う』


 有紗さんからそんな返信が届いた。あと10分ってことは、彼女達とは約束の午前9時くらいに会えるってことか。


「仁実ちゃん。有紗さん達はあと10分くらいで着くからここで待っていようか」

「分かった。それにしても、東京の女子校がどんな感じか楽しみだなぁ」

「……正確には神奈川県だけど、首都圏の女子校には変わりないよ。美来曰く、かなり立派な高校らしい」

「そうなんだ。美来ちゃんや亜依ちゃんも可愛かったし、きっと高校には可愛い子がいっぱいいるんだろうね」

「桃花ちゃんがそれを聞いたら、きっと頬を膨らましていただろうね」

「確かに。それで私の腕をぎゅっと抱きしめて、キスとかしていそう。大丈夫、可愛い子はいっぱいいるけれど、恋人にしたいくらいに可愛い人はモモちゃんしかいないから」

「そっか。桃花ちゃんがそれを聞いていたら、きっとキスをしていただろうね」

「かもね」


 桃花ちゃんは天羽女子の文化祭の様子が気になっていた。彼女のためにも、スマホやデジカメでたくさん写真を撮らないと。昨日、彼女から写真よろしくとメッセージが来ていたし。あと、女子校なので、変に怪しまれないよう気を付けなければ。

 電車に乗っているときと同じように、僕は仁実ちゃんと桃花ちゃんの話をしながら、有紗さん達が来るのを待つのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る