第2話『青薔薇』

 9月24日、土曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中が明るくなり始めていた。壁に掛かっている時計を見ると、今は午前7時過ぎか。


「智也さん……」


 僕のすぐ側では、ネコ耳カチューシャを付けた美来がぐっすりと眠っていた。そんな彼女の姿を見ていると、昨日の夜のことを思い出す。お風呂から出てからベッドの中でイチャイチャしているときはずっと、美来はネコ耳カチューシャを付けていたな。だからなのか、何度も「にゃん」って声を漏らして。


「本当に……可愛かったな」


 美来の頭を優しく撫でると、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。体を通じて、美来がすっかりと元気になったと分かった。また体調を崩してしまわないよう、僕なりにサポートしていくことにしよう。

 美来のことをそっと抱きしめると……あぁ、柔らかくて温かいな。いい匂いもするし。


「うんっ……」


 すると、美来はゆっくりと目を開いた。僕と目が合った瞬間、彼女はにっこりと笑う。


「おはようございます、智也さん」

「おはよう、美来。起こしちゃってごめんね」

「いえいえ、気にしないでください。むしろ、目覚めたときに智也さんの顔が見えて、智也さんに抱かれていることは幸せなことですから」


 そう言うと、美来は僕にキスしてきた。唇が触れる中で彼女は両手を僕の背中に回し、僕の体を引き寄せてくる。そのことで、全身で彼女の温もりを強く感じる。

 唇を離すと、そこにはうっとりとした表情を浮かべる美来が。


「朝からドキドキしちゃいます」

「そうだね」

「私が体調を崩したこともあって久しぶりだったからか、昨日の夜は凄かったですね。智也さんはいつもよりも激しくて……素敵でした」

「ひさしぶりだったし、そのネコ耳カチューシャがよく似合っていたから、いつも以上にドキドキしたんだ。美来こそ素敵だったよ」

「……えへへっ。これからも、猫ちゃんになってほしいときには遠慮なく言ってくださいね。にゃんにゃん」

「……そのときはよろしく」


 これから、たまにネコ耳カチューシャを付けてもらうことになるかな。あと、この可愛らしいネコ耳姿になるのは、家の中だけでいいと改めて思う。



 今日は土曜日でお休みということもあって、美来の作ってくれた朝ご飯をゆっくりと食べることに。涼しくなったからか、温かい味噌汁がより美味しく感じる。


「美味しかった。ごちそうさまでした」

「ありがとうございます。ごちそうさまでした」

「よし、じゃあ後片付けをするかな」

「よろしくお願いします。その間に何か温かい飲み物でも淹れましょうか?」

「ありがとう。じゃあ、日本茶でお願いできるかな」

「分かりました!」


 昨日の夜、たくさんイチャイチャしたからか、美来はいつも以上に元気だな。

 僕が台所で後片付けをしていると、日本茶の香りがしてきて、リビングからテレビの音が聞こえてくる。美来は日本茶をすすりながらニュースでも観ているのかな。

 朝食の後片付けを終え、リビングに戻って僕はソファーに座った。


「智也さん、また青薔薇あおばらが出たみたいです。今度は政治家の公職選挙法の違反が明らかになって、逮捕されるそうです」

「そうなんだ……」


 青薔薇。

 ここ何年かで世間を最も騒がせている怪人だ。

 政界、法曹界、経済界、芸能界などの大物の犯罪や組織的な不正についての情報を、証拠や青薔薇のメッセージを添えて関係者やマスコミに流す。最終的にはターゲットを逮捕にまで持って行くことも多い。青薔薇現れるところ必ず犯罪あり、と言う人もいるほどだ。


『青薔薇は今回も不正を明らかにしましたね』

『ええ。以前から週刊誌などで疑惑として報じられていましたが、はっきりとした証拠を提示したことで、警察も逮捕に向けて動き始めました。今回もお見事としかいいようがありません』

『警察も面目が立たないでしょうな!』


 コメンテーターの方々、色々なことを言っているな。

 ただ、青薔薇が次々と大物の犯罪、組織的に行なわれた不正を明らかにしていること。また、6月の僕の誤認逮捕や、捜査を妨害するために羽賀を逮捕したことも影響して、警察は無能であるという極論を唱える人もいる。

 肝心の青薔薇の正体は分かっておらず、華奢な女性、知識豊富な老人、聡明な学生、屈強な男性など様々な説が言われている。

 そのミステリアスな存在と、犯罪を明らかにする鮮やかな行動から、若い年代を中心に多くのファンがいるそうだ。謎多きヒーローみたいな感じだからかな。


「凄いですよね、青薔薇さん」

「本当にね。ここ最近は毎度のこと、メディアで大きく取り上げられて、不正を行なっている人達はより警戒しているだろうに、証拠をしっかりと揃えて公表している。それなのに、正体は全く分かっていない。凄いことだよ」

「そうですね。最近は、青薔薇さんは1人の怪人ではなく、青薔薇という犯罪撲滅集団なんじゃないかと考える人もいるみたいですよ」

「あらゆる業界の不正を明らかにしているもんね。それぞれの業界で働いている人が、青薔薇に協力している可能性はありそうだね」

「ですよね。うちの学校にも青薔薇さんのファンはいます。ただ、この番組もそうですけど、青薔薇さんの話題になると警察を悪く言うじゃないですか。羽賀さんや浅野さんという警察官の知り合いの方がいると、複雑な気持ちになりますね」

「……確かに」


 そういえば、警視庁に勤めている親友の羽賀は青薔薇についてどう思っているのだろうか。今まで訊いたことがなかったな。よし、訊いてみるか。

 僕はさっそく羽賀に電話を掛けてみることに。


『羽賀だ。氷室、どうかしたか?』

「羽賀に訊きたいことがあるんだけど、今いいかな」

『ああ。今日は家でゆっくり過ごすつもりでいるので大丈夫だ。それで、どんなことだろうか』

「青薔薇のことなんだけれど。今もニュースで報じられているけど、羽賀は警察官として青薔薇のことをどう思っているかなって……」

『なるほど、そういうことか。もちろん、青薔薇については私も知っている』


 美来にも羽賀の考えが聞こえるようスピーカーホンにして、スマートフォンをテーブルの上に置いた。


『警視庁内でも青薔薇については意見が分かれている。青薔薇のおかげで犯罪を明らかにできるという肯定派。警察という組織の威信が失墜するという否定派。今のところは静観しているが、明らかな違法行為をすれば青薔薇の正体を掴んで逮捕すると考えている人間もいる』

「そうなんだ」

「それで、羽賀さんはどう考えているんですか?」

『美来さんが側にいるのか。……私は肯定派だ。これまで、警察の捜査だけではなかなか逮捕まで辿り着けなかった事件があるのも事実。もちろん、青薔薇が違法行為をしていると分かれば、警察官として逮捕するつもりだが』

「そうなんですね」

『ああ。一個人としては、青薔薇と直接話して、どうすれば情報を収集することができるかなどを訊いてみたいものだ。そのくらいに興味は持っている』


 羽賀は事実を突き止めることを第一の警察官だからな。青薔薇について肯定的な考えを持っているんじゃないかとは思っていた。ただ、直接話してみたいと言うほど興味を持っていることは意外だった。


「分かりました。ちなみに、浅野さんは青薔薇について何か言っていますか?」

『彼女も青薔薇の存在に否定的ではない。ただ、個人的な意見として20代から30代の男性がいいと言っていた』

「な、なるほど。……今さらですけど、智也さんが誤認逮捕された事件こそ青薔薇さんが動いてくれれば何か違ったのかなと。智也さんも羽賀さんもそう思いません?」

「確かに、羽賀達のおかげで事実は分かって、逮捕されるべき人はしっかり逮捕されたけれど……美来の言うことも分かるかな。でも、世の中には色々なことがあるからね。別件で忙しかったとか」

『氷室の言う通りかもしれない。我々が解放されてからすぐに、青薔薇によって芸能人の薬物疑惑について事実であると明らかになった。その調査に集中していたかもしれないな。もちろん、氷室の事件に大々的に報道されたから、氷室や私のことは青薔薇も覚えている可能性はありそうだ』

「なるほど。ただ、事実が明らかになって、今はこうして平和に過ごすことができているのですから良かったです」


 うん、と美来は納得した様子で頷くと、日本茶をゴクゴクと飲んだ。

 僕の誤認逮捕についてはしっかり報道されていたから、青薔薇は羽賀や僕のことを知っている可能性は非常に高いんだ。そう考えると青薔薇が近い存在に思えてくる。


『何の不正や犯罪もなく、平和で過ごすことができるのはいいことだ。ところで、美来さん。天羽女子の文化祭は来週末という認識で良かっただろうか』

「そうです。文化祭はもちろん男性も来校することができますので、安心してください」

『分かった。当日は岡村や浅野さんと一緒に行くことにする』

「分かりました。お待ちしています」


 女性大好きな岡村はまだしも、BLが大好きな浅野さんも一緒に来るとは。女子校の文化祭に興味があるのかな。それとも、岡村が何をするか分からないから、部下である浅野さんに一緒に来るように頼んだのか。


『青薔薇のことは話したが、他に何かあるか?』

「青薔薇についての羽賀の考えが聞けたから、もう大丈夫だよ。急にすまなかった。また何かあったら連絡するよ」

『ははっ、そうか。氷室、美来さん。良い休日を。それでは失礼する』


 そう言って、羽賀の方から通話を切った。


「羽賀さん、思ったよりも青薔薇に好意的でしたね」

「立場は違うけれど、青薔薇も事実を突き止める人だからね」

「そうですね。羽賀さんと青薔薇さんが組んだら最強かもしれませんよ」

「……それは言えてるかもね」


 羽賀も青薔薇に負けないくらいに行動力があるし、圧力とかに屈しないからな。2人が協力したら、ほぼ全ての犯罪者を逮捕できそうだ。

 こういう話をすると、天羽女子の文化祭に青薔薇が現れるかどうか考えてしまうけど、どうか平和に文化祭が開催されてほしいと願うのであった。

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