第40話『姉妹から恋人へ』

 天羽女子高校の最寄り駅である鏡原駅に到着して、学校までの間は、乃愛ちゃんがいないかどうか周りをキョロキョロしながら歩いた。

 しかし、乃愛ちゃんの姿を見つけることができずに学校に到着してしまった。

 玲奈先輩と一緒に1年2組の教室に行っても、一昨日や昨日と同じように乃愛ちゃんの姿はなく。クラスメイトに乃愛ちゃんのことを訊こうとしたら逆に訊かれてしまう始末。クラスメイトの子によると、元気なのかとか、体調は大丈夫なのかとかメッセージを送っても、既読になるだけで全然返信がないという。


「こんなにもたくさんの子が乃愛のことを心配してくれているんだね」

「そうですね」


 乃愛ちゃん、クラスの元気印だもんね。彼女のことをムードメーカーって言うクラスメイトもいる。そういえば、私が転入してきたときも最初に話しかけてくれたのは乃愛ちゃんだったっけ。


「朝比奈さんや佐々木さんに会いづらいっていうのもあるかもしれないけれど、もしかしたら、クラスのみんなに迷惑を掛けていると思って来づらいのかも」

「そうかもしれませんね」

「……心配だな。お母さんに電話を掛けてみる」


 玲奈先輩はスマートフォンに手を取る。今も乃愛ちゃんが家にいるかどうかは親に聞けば分かるよね。


「……分かった、ありがとね。私の方は大丈夫だから」


 今の玲奈先輩の言い方だと、乃愛ちゃんは依然として元気がないのかな。


「お母さんに聞いたら、乃愛……今日も元気がないみたい。少しずつは良くなってきているみたいだけれど、今日も大事を取って学校を休むって」

「なるほど。少しずつ良くなっているというのは、昨日は私と一緒に先輩が美来ちゃんの家に泊まりに行ったからでしょうかね。多少は気が楽になったのでしょうか」

「そうだと私も思っているけれど、実際に言われると切ないよ、佐々木さん」


 ううっ、と玲奈先輩は今にも泣きそうだ。


「亜依ちゃん、もうちょっと言葉を選んだ方が良かったね」

「そうですね。申し訳ありませんでした、先輩」

「……ううん、いいよ。思ってたことだし」


 玲奈先輩は溢れそうになった涙を指で拭った。


「学校に来ていたら、昼休みに告白しようかなって思ったけれど、欠席しているから学校が終わって、家に帰ったら告白しようと思う。もちろん、部活が終わるまで待つから朝比奈さんと佐々木さん、一緒に家まで来てくれるかな」

「部活の後でいいのであれば、私は大丈夫ですよ」

「私も大丈夫です。乃愛ちゃんの顔も見たいですし」

「ありがとう」


 今日も乃愛ちゃんのいない学校生活を送る。

 中学まで乃愛ちゃんと同じクラスメイトの子が言っていたけれど、これまでに乃愛ちゃんがこんなに休んだことはなかったみたい。体調不良で少しずつ良くなっていることを教えたら、クラスの雰囲気が昨日までよりも明るくなったような気がする。

 部活も、昨日までに比べると歌声が良くなった感じがして。伸びやかに歌うことができたというか。それが私の思い込みだったら嫌だなと思っていたときに、花音先輩から良くなったよって褒められたのでとても嬉しかった。


「よし、もうそろそろ時間だし、今日はこのくらいにしよっか」

「そうですね。お疲れ様です、今日もありがとうございました」

「この調子でいけば、コンクールも予選突破も見えてきそうだね」

「ありがとうございます。無理せずに頑張ります」

「うんうん、練習を頑張るのはいいけれど、無理しちゃったらその瞬間に練習じゃなくなるからね。元気な体と心があって初めていい声が出るって私は思っているから」


 適度に休んでね、と花音先輩は私の頭を撫でた。


「さあ、美来ちゃん。一緒に玲奈のところに行こうか」

「……もしかして、花音先輩も玲奈先輩が乃愛ちゃんに告白することを聞いたんですか?」

「うん。朝、乃愛ちゃんが今日も休んでいるって話を聞いたときにね。昨日、美来ちゃんの家に泊まったことが良かったみたいよ」

「そうですか。私と亜依ちゃんがお風呂に入っている間に、彼氏が玲奈先輩と色々と話したみたいなので、それが良かったのかもしれません」


 私のことは誰にも渡さない、とも言ってくれたし。今でもその言葉と、それを言う智也さんの姿を思い出すとキュンと来ちゃうな。

 私と花音先輩は玲奈先輩達が待っている3年3組の教室に向かい、栞先輩も加えて5人で乃愛ちゃんのところに向かい始める。


「花音先輩と栞先輩のことも呼んだんですね」

「うん。人数の多い方が安心できるし、2人のことは乃愛も知っているからね。金曜日に、乃愛があなたや佐々木さんに一緒にいてもらった理由がよく分かるわ。本当に……今、緊張しているから」

「私と一緒に受験勉強をしようと思ったけど、告白することでいっぱいなのか玲奈ちゃんは全然勉強に手を付けられなかったよね」

「……乃愛の顔ばかり頭に思い浮かんじゃうんだもん」


 玲奈先輩は頬を赤くする。告白の直前になると緊張して普段通りに物事ができなくなるところは姉妹で似ているのかな。

 天羽女子高校から歩いて15分ほど。私達は玲奈先輩と乃愛ちゃんの家に到着した。立派な一軒家だ。将来、智也さんと結婚したらこういうところに住むのかな。


「ただいま~」

「おかえり、玲奈。あら、こんなにたくさんお友達を連れてきて、どうしたの?」

「お休みが長いので、乃愛ちゃんのお見舞いに来ました。すぐに帰るつもりですのでおかまいなく」


 亜依ちゃん、さすがに落ち着いているな。

 私達は乃愛ちゃんの部屋がある2階へと向かう。眠っているのか、乃愛ちゃんの部屋の中からは物音は聞こえない。

 玲奈先輩や私はもちろん、亜依ちゃんでも呼びかけたら乃愛ちゃんは扉を開けてくれないかもしれない。なので、花音先輩がノックをすることに。


『……だれ?』

「花音だよ。具合が悪いって聞いて。コンクールも近いから、一度、乃愛ちゃんの様子を見たいと思ってさ。顔、見せてくれるかな」

『……うん』


 すると、部屋の扉がゆっくりと開く。そのことで寝間着姿の乃愛ちゃんの姿が見えた。


「えっ! どうして……」


 玲奈先輩や花音先輩だけではなく、私達がいることに驚いたのか乃愛ちゃんは目を見開いて立ち尽くしている。


「乃愛、大事な話があるの。みんなはそのために来てくれたんだよ。みんながいるからあたしは乃愛の前に立つことができているの」

「美来がいるじゃない。ということは……」

「きっと、乃愛の考えていることとは違うよ。でも、昨日はお父さんやお母さん、乃愛に嘘ついちゃった。受験勉強のために栞の家に泊まったんじゃなくて、佐々木さんと一緒に朝比奈さんと氷室さんの家に泊まったんだ」

「美来と氷室さんの家に泊まったって。あたしの考えていることとは違う? それこそ違うじゃない!」


 乃愛ちゃんはは部屋の扉を閉めようとするけれど、玲奈先輩が必死に扉を掴む。そんな先輩をサポートするかのように、花音先輩が扉と壁の間に素早く足を挟ませる。


「閉めないで、乃愛。今から物凄く大切なことを言うから。私は……乃愛のことが女の子として好きなの! 私と恋人として付き合ってください!」


 玲奈先輩は叫ぶようにして、乃愛ちゃんに告白した。

 そんな先輩からの告白がきちんと届いたのか、乃愛ちゃんはドアノブから手を離して、その場に崩れ落ちた。そんな彼女の眼は潤んでいる。


「お姉ちゃん、今の告白って……本当にあたしに対してなの? 美来じゃなくて」

「もちろんだよ。乃愛のことが妹としてだけじゃなくて、女の子としても好きなの」


 玲奈先輩が改めて好きだと言うと、乃愛ちゃんは笑顔を見せることはなく……悲しげな表情を浮かべて涙を流す。


「じゃあ、どうして金曜日にあたしが告白したとき、お姉ちゃんは美来のことが好きだから付き合えないって断ったの? あたし、目の前が真っ暗になって、美来にも酷いことを言っちゃって。だから、どうすればいいのか分からなくなっちゃって」

「乃愛と付き合ったら、乃愛に苦しい想いをさせちゃうかもしれないと思ったの。乃愛の好きな気持ちを紛らわすために、朝比奈さんを好きになっていって。でも、それは間違っていたって本当に分かったよ。乃愛が苦しいのは私と離ればなれになることだったんだね。今まで姉妹として一緒にいたもんね」


 すると、玲奈先輩は乃愛ちゃんの手をそっと握る。そんな先輩の目からも涙がこぼれ落ちていた。


「金曜日の乃愛からの告白、とても嬉しかったよ。これからは恋人として乃愛と一緒にいたい。一度だけでいいから、乃愛を幸せにするチャンスをお姉ちゃんにくれませんか」


 玲奈先輩は乃愛ちゃんのことが好きであるという本心と、乃愛ちゃんとこれからどうしていきたいのをしっかりと伝えた。

 仁実ちゃんと桃花ちゃんのときもそうだったけれど、近くで見守っていると、緊張やドキドキが心を支配していく。それは言葉や態度での愛情表現を見ているときよりも、今のような無言の時間が一番強くて。


「……いいよ」

「乃愛……」

「ただ、あたしだけじゃなくてお姉ちゃんも一緒に幸せにならなくちゃダメだから。お姉ちゃんと一緒に幸せになりたいから告白したんだし……」

「……嬉しい」


 玲奈先輩、顔は真っ赤だけれどとても嬉しそうだ。そんな先輩につられてなのか、頬が熱くなってきている。


「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはあたしのことが一番好きだよね? 美来じゃなくて、あたしのことが……」

「もちろんだよ」

「……言葉じゃない方法で教えてほしい」


 乃愛ちゃんは玲奈先輩のことをチラチラと見ている。そんな彼女はいつになく汐らしい。


「金曜日みたいに素直に言えばいいのに。乃愛ったら、かわいい」


 玲奈先輩は乃愛ちゃんにキスした。単に唇を触れさせるだけではなくて、乃愛ちゃんと激しく舌を絡ませて。そのときに生じる厭らしい音を聞くと、ドキドキよりも恥ずかしい気持ちの方が勝る。智也さんとキスするとき、こんな風にしているのかなと思って。

 周りを見てみると、花音先輩も栞先輩はもちろんのこと、いつも落ち着いている亜依ちゃんも顔を赤くしていた。


「お姉……ちゃん……」

「……キスしちゃったね。2人きりだったら、きっとベッドに連れていってた」

「な、何を言ってるの」

「乃愛のことが一番好きだっていうことを、言葉じゃない方法で教えたいから」

「ううっ……」


 顔を真っ赤にしながら恥ずかしがる乃愛ちゃんを、玲奈先輩が優しい笑顔を浮かべながら見つめている。


「……こほん。これで一件落着のようね、玲奈、乃愛ちゃん」


 花音先輩がそう言うと、2人とも我に返ったのか、はにかみながら私達の方を見る。


「そうね、花音。本当に……今回は乃愛と私のことでご迷惑を掛けました。ごめんなさい」

「あ、あたしからも。本当にごめんなさい。特に美来には……天羽女子に来なければなんて言っちゃって。ひどい八つ当たりだったって分かってる。本当に……ごめんなさい」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる乃愛ちゃんは私に向かって深く頭を下げる。あの言葉にショックを受けたことも事実だけど、それについて乃愛ちゃんが真摯に謝っていることもまた事実だった。だから、


「玲奈先輩と一緒に幸せにならないと許さないからね」


 きっと、乃愛ちゃんなら玲奈先輩と幸せになると信じて、私は彼女に対してそんな言葉を贈った。


「もちろんだよ。美来と氷室さん以上にお姉ちゃんと幸せになるよ」

「幸せは誰かと比べるものじゃないと思うけどね。もちろん、お互いに幸せになれるように頑張ろうね」


 私は乃愛ちゃんの手をぎゅっと握った。その瞬間、私が天羽女子に転入してすぐに、乃愛ちゃんが初めて私に話しかけてきてくれたことを思い出した。あのときは乃愛ちゃんの方から手を握ってくれたんだ。


『あたし、神山乃愛! これからよろしくね、美来!』


 天羽女子でちゃんと高校生活を送れるかどうか不安だったけれど、乃愛ちゃんのおかげで大分吹き飛んだんだよ。


「これからまたよろしくね、乃愛ちゃん」


 その言葉を言った瞬間、私にとって今回の一件について解決した気がする。心がすっと軽くなって。いつもの時間に戻ったんだと思えて。乃愛ちゃんの笑顔を見ることができて。ここにいるみんなも笑顔になって。本当に嬉しい。

 後でちゃんとお礼がしたいな、智也さんに。言葉だけじゃなくて、色々な方法で。

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