第24話『喫茶店』

 快速電車でも、この時間の車内はとても空いている。朝もこのくらいに空いていると最高なんだけれどな。

 畑町駅でスムーズに乗り換えをし、急行列車に乗って桜花駅に向かっているときだった。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴っているので確認してみると、亜依ちゃんから電話がかかってきていた。


「亜依ちゃん、どうしたの?」

『美来ちゃん、今、大丈夫ですか?』

「うん、大丈夫だよ。部活はもう終わって、今……太田急線に乗ってもうすぐで桜花駅に着くところ」

『お昼ぐらいまでに終わると言っていましたものね。ちょうど良かったです。私、ついさっきまで桜花駅近くの映画館で映画を観ていまして。これからお昼ご飯を食べようと思っているんです。美来ちゃんはどうです?』

「ううん、私もまだ。今日みたいに昼で終わる日はあまりないから、どこかお店でお昼ご飯を食べようかなって思っていたの」

『では、私……一度、行ってみたい喫茶店が桜花駅の近くにあるんです。喫茶店ですが、ナポリタンやサンドウィッチなど、ランチメニューもしっかりしているみたいですから』


 お昼ご飯がしっかりと食べることのできる喫茶店か。ま、まさかね。


「そうなんだ。じゃあ、これから一緒に行ってみようか。あと5分もすれば、桜花駅に到着するから」

『分かりました。では、改札前で待っていますね』

「うん、分かった。じゃあ、また後でね」


 喫茶店でお昼ご飯を食べたことは全然ないけど……もし、これから行く喫茶店が良さそうだったら、智也さんとも行くことにしよう。



 午後0時40分。

 私の乗る電車は桜花駅に到着する。

 改札口へと向かうと制服姿の亜依ちゃんが待っていた。私を見つけた途端、元気そうに手を振ってくる。


「美来ちゃん! 部活、お疲れ様でした」

「ありがとう。まさか、今日中にまた制服姿の亜依ちゃんと会うことになるなんて。映画を観に行っていたんだよね」

「ええ。好きなアニメのスペシャルエピソードです。今日は学校が早く終わって、ちょうどいい時間に上映していた回がありましたので」

「そうだったんだ」


 そういえば、桜花駅近くの映画館はとても大きいから、上映するスクリーンの少ない作品も大抵は上映するらしい。今年中に一度でもいいから、智也さんと一緒に映画を観に行きたいな。


「では、さっそく喫茶店に行ってみましょうか」

「そうだね」


 亜依ちゃんの行ってみたい喫茶店がどんな感じのお店なのか分からないので、そう言われると心霊スポットに行くような感じだ。

 亜依ちゃんについていく形で歩き始める。

 智也さんと私が住んでいるマンションの方向である東口の出口ではなく、紅花女子大学のある西口の方に向かう。亜依ちゃんの言っている喫茶店……ますます怪しくなってきた。


「ねえ、亜依ちゃん。その喫茶店に行ったことはあるの?」

「いいえ、実は今日が初めてなのです。でも、学校の行き帰りで毎日、外観は見ていますよ。落ち着いた雰囲気です。夏休みになってから……その喫茶店の玄関のところに、とても素敵な女性の店員さんがいるのを見かけまして。多分、大学生のアルバイトさんだと思いますが……」


 つまり、その店員さん目当てで喫茶店に行ってみたいってことかな。もしかしたら、亜依ちゃんにも恋心が抱くときが来るかもしれない。


「その女性、美来ちゃんよりも背が高くて、茶髪のポニーテールが似合っていて。今日も働いているといいのですが……」

「へ、へえ……」


 私よりも背が高くて、ポニーテールの茶髪で、喫茶店でアルバイトをしている大学生くらいの女性……私のよく知っている人の中でその条件に当てはまる人がいるよ。


「さっ、ここですよ」

「へえ……」


 桜花駅の西口から歩いて3分ほどで到着した。

 落ち着きのある外観の喫茶店だ。ええと、看板に書いてあるお店の名前は『喫茶 カナメール』。カナメールってどういう意味なのかさっぱり分からないけど、喫茶店らしさは伝わってくる……気がする。


「さっ、入ってみましょう」

「そうだね」


 喫茶店の中へと入る。


「いらっしゃいませ……って、美来ちゃん?」


 やっぱり、仁実さんがこの喫茶店でアルバイトをしていたんだ。フロアの制服なのか、仁実さんはパンツルック。黒いベストがよく似合っている。この姿を見ていたのなら、亜依ちゃんが気になるのも頷ける。


「仁実さんがアルバイトをしている喫茶店ってここだったんですね」

「うん、そうだよ。それにしても、美来ちゃんは制服姿も可愛いね。……そっか、今日から9月だから2学期が始まったのかな」

「はい、そうです。今日は始業式とホームルームだけで。部活のミーティングも終わって、ついさっき桜花に帰ってきたところです」

「なるほどね。あたしやモモちゃんが通っていた高校の制服よりも可愛いな。それで、こちらの素敵な大和撫子さんは?」


 爽やかな笑みを浮かべて、初対面の亜依ちゃんに『素敵な大和撫子さん』と言えるなんてさすがは仁実さんというべきか。


「彼女は友人の佐々木亜依ちゃんです。高校のクラスメイトでもあります」

「初めまして、佐々木亜依と申します」

「初めまして、結城仁実です。紅花女子大学の1年で、その近くのアパートで暮らしているんだ。よろしくね。美来ちゃんとは……何て言うのが手っ取り早いのかな。最近付き合い始めた私の彼女が、美来ちゃんの恋人の従妹で。その子と付き合うときに美来ちゃんには色々とお世話になったんだ」

「……そうですか」


 亜依ちゃん、笑顔であることは変わらないけど、ちょっとだけため息をついた。やっぱり、仁実さん目当てでここに来たんだ。


「ひとみんの彼女が私なんだけれどね」


 後ろからは黒いエプロン姿の桃花さんが。


「も、桃花さん! どうしてここに? その姿ですと、お客さんとしてここにいるようではなさそうですが……」

「今月の終わり頃までひとみんのお家でお世話になることにしたからね。それに、将来的にバイトをしたいと思っているから、まずはここで短期間のバイトをしているの」

「そんなモモちゃんを店長も歓迎してくれてね。モモちゃんにはカップや皿洗いとか裏方の仕事をメインにしてもらっているよ。あっ、こちらの黒髪の女の子は美来ちゃんの高校のお友達で、佐々木亜依ちゃん」

「そうなんだ。初めまして、恩田桃花です。大学1年生です。よろしくね」

「佐々木亜依です。よろしくお願いします」

「さっ、こちらへどうぞ」


 仁実さんの案内で私と亜依ちゃんはテーブル席に。亜依ちゃんと向かい合うようにして椅子に座った。

 店内も落ち着いた雰囲気だ。


「……切ない気持ちになったときに、憧れていたことを知るのですね」


 仁実さんが一旦、私のところから離れたとき、亜依ちゃんは儚げな笑みを浮かべながらそう言った。


「それにしても、あの女性が美来ちゃんと知り合いだったのは驚きです」

「知り合ったのは数日前にね。ほら、智也さんの従妹が家に遊びに来た話をしたでしょ? そのときに仁実さんのことで色々とあってね」

「そうですか。恩田さんという女性……とても可愛らしいです。結城さんという恋人が側にいるからでしょうか。さっき、2人が並んでいる姿を見たとき、とても素敵な空気ができているように思えました」


 亜依ちゃんは普段通りの可愛らしい笑みを見せる。どうやら、亜依ちゃんは桃花さんの姿を見て、気持ちの整理ができたみたい。


「さて、何を食べましょうか」

「そうだね……」


 メニュー表を見てみると、喫茶店らしく紅茶やコーヒーの種類の豊富で、ナポリタンやサンドウィッチ、ピザ、パンケーキなどの食べ物のメニューもそれなりに多い。料理メニューには紅茶セット、コーヒーセットなどと飲み物が必ずついてくるみたい。

 私はナポリタンの紅茶セット、亜依ちゃんはサンドウィッチのコーヒーセットを頼むのであった。

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