第22話『恋愛マスター』
午前8時20分。
私は亜依ちゃんと一緒に天羽女子高校に登校し、私達のクラスである1年2組の教室へと到着する。
「おはよう、美来ちゃん」
「おはよう、朝比奈さん」
教室に入ると、大半のクラスメイトが私に挨拶をしてくれる。前の学校に通っていたときは、詩織ちゃん以外の生徒からほとんど無視されていたから、笑顔で挨拶をしてくれる今のこの状況がとても嬉しい。
「みんな、おはよう」
「おはようございます。……何だか、美来ちゃん凄く嬉しそうですね」
「転入してあまり日にちが経たずに夏休みになったから、みんなの反応が不安だったけど……今のみんなの笑顔を見て、このクラスに受け入れられたのかなって」
「そうだったんですね。美来ちゃんがそんなことを考えていたなんて意外」
「……うん」
前の学校でいじめられていたことは言っていない。あのことについては、智也さんが誤認逮捕された事件が解決したことを機に区切りを付けたから。話す必要があると思わない限りは天羽女子のみんなには言わないと決めたんだ。
自分の席に向かうとすぐに、
「ひっさしぶり! 美来!」
「うん、ひさしぶり、乃愛ちゃん!」
亜依ちゃんと同じく、クラスメイトであり親友でもある
「美来、夏休みの間におっぱい大きくなった?」
「えっ? は、恥ずかしいことをいきなり聞かないでよ。……まあ、夏休みの間にカップが1つ大きくなったけど」
「やっぱり!」
恥ずかしいから小さな声で言ったのに、乃愛ちゃんったら大きな声で反応しないでよ。
「もう、亜依ちゃんったら。美来ちゃんが困っているじゃないですか」
「おっ、巨乳がもう1人。亜依は……美来ほど大きくなっていないような気がする」
「まったく。どうして私や美来ちゃんの胸に興味があるのですか?」
「巨乳だから」
はっきり言っちゃったよ。そんな乃愛ちゃんの胸は……お世辞でも大きいとは言えない。胸部に微かな2つの膨らみを確認できる程度。
「親友だからね。親友の胸が大きかったら自然と興味が湧いてこない?」
「私はそう思いませんが……美来ちゃんはどうですか?」
「私もあまり思わないかな」
ただ、智也さんの好きな胸がどういう胸なのかはとても興味があるけれど。
「あっ、美来……今、彼氏さんのことを思い出していたでしょ」
「乃愛ちゃんも分かりました? 私もそうだなって思っていました」
電車の中でもそうだったけど、私って、きっと智也さんのことを考えると顔に出やすいタイプなんだろうな。
「彼氏さんといえば……美来、夏休みの間に同棲を始めたんだよね?」
「うん、そうだよ。それからも旅行に行ったり、智也さんの従妹の方が来たりして色々とあったの」
「じゃあ、尋問のし甲斐がありそうだね。美来ちゃんと彼氏さんのお話は、クラスのみんなが夏休み明けに最も聞きたい話題の1つになっているんだから!」
「えっ?」
周りを見渡してみると、大半のクラスメイトが私達のすぐ近くに来て、興味津々な表情で私達のことを見ている。
思い返せば、亜依ちゃんや乃愛ちゃんと親友になってから、智也さんの話をたくさんしたから、それをクラスのみんなが聞いていたのかもしれない。
「ふふっ、ここまでみんなが興味を持っているなんて、電車の中でいち早く聞けたことが嬉しいですね」
「じゃあ、掻い摘まんで話そうかな。そうだ、智也さんと一緒に旅行に行ってきてお土産を買ってきたから、みんな1枚ずつ取って。抹茶ゴーフレットだよ」
30人以上いるクラスメイトへのお土産に何がいいか考えた結果、ホテルのある地域で栽培されている茶葉を使った抹茶ゴーフレットにした。
「ありがとうございます。美来ちゃん、いただきますね」
「ありがとね、美来!」
乃愛ちゃんが勝手にインタビュアーと名乗り、みんながゴーフレットを食べている中、私は乃愛ちゃんの質問に答える形で夏休みの思い出を語る。同棲のための引越しや旅行、智也さんの従妹が遊びに来た話とか。
みんな、興味を持って聞いてくれるのは嬉しいけれど、時折、黄色い声が上がるのでちょっと恥ずかしい。
「なるほど。今の話をまとめると、美来は彼氏さんとラブラブだったんだね」
「うん。智也さんと幸せな夏休みを過ごすことができたよ。仲を今まで以上に深められたし。平日にはお仕事があるから、家にいない時間は多かったけれど……やっぱり、私も学校生活がスタートすると途端に寂しい想いが出てくるよ」
「そっか。でも、寂しいってことは好きだからこそ言える言葉だよね」
「ふふっ」
乃愛ちゃんの言うように、好きじゃなかったら寂しい想いはあまり抱かないよね。そう考えると、寂しいと思えることはいいことなのかもしれない。
「あたしの予想通り、美来ちゃんは夏休み中に恋愛マスターになったね」
「そ、そうかなぁ」
とは言ってみるものの、乃愛ちゃんがどうして『恋愛マスター』と称すのかがよく分からない。
「乃愛ちゃん、どうして美来ちゃんは恋愛マスターなのですか?」
「だって、10年越しの恋を見事に実らせて、夏休みには彼氏さんと色々なことがあって、彼氏さんとの仲を深めたんだよ? そんな美来を恋愛マスターと呼ばずに何と呼ぶ?」
「……思いつきませんね。ですけど、美来ちゃんは恋愛経験が豊富であることは確かですよね。そう考えると恋愛ティーチャーでしょうか」
「恋愛ティーチャーかぁ。それもありだけれど、恋愛マスターの方があたし的には一番だと思う」
恋愛について教えられる自信もないし、智也さんとの恋愛をそこまで自慢しようとは思っていない。ただ、智也さんのことを話し始めると止まらなくなってしまうので、そのせいで乃愛ちゃんは『マスター』、亜依ちゃんは『ティーチャー』という印象を抱くことになったのかも。
「何にせよ、美来ちゃんは氷室さんと素敵な夏を過ごしたんですね」
「そうだね。同棲も始めたから、この夏休みはとても大きかったよ」
それまでも、週末を中心に智也さんの家に泊まりに行っていたから、通い妻状態になっていたけど。
「ただ、今日から学校生活が始まったから、これからも模索の日々かなって思ってるよ」
「昨日までは夏休みでしたから、美来ちゃんの方は自由でしたもんね」
「そうそう。それに、2学期は声楽の方のコンクールがあるから、これまで以上に練習をしっかりしないといけないし」
「そうだね。あたしも頑張らないと」
乃愛ちゃんはそう意気込む。彼女も私と同じく声楽部に入部していて、私と一緒に声楽コンクールに参加する予定だ。あと、文化祭でも声楽部としてのコンサートをやる予定なので、そちらの練習もしていかなければならない。
「それにしても、そっか……美来、彼氏さんと上手くやれているんだ……」
「これまでは何とかね。これからも智也さんと仲良く暮らせるように頑張るよ」
これまでよりも智也さんと一緒にいられる時間は減るし、それに……夏休みの旅行で行ったホテルで出会った幽霊さんから、女性には気を付けろって言われた。だからといって、友達や先輩方のことを疑っているわけじゃないけれど、しっかりとした気持ちを持って2学期を過ごすことにしよう。
――キーンコーンカーンコーン。
朝礼のチャイムが鳴ると、すぐに担任の先生が教室にやってくるのであった。
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