特別編-ホームでシック-
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特別編-ホームでシック-
8月23日、火曜日。
正午過ぎ。
僕は体調を崩してしまい、ベッドで横になっている。体がやけに熱い。午前中に近所の病院へ行ったら風邪だと診断された。
「さあ、智也さん。ゆっくり休んでいてくださいね」
「そうだね」
「家に持ち帰っているお仕事はないですよね?」
「……うん」
「そうですか。まあ、あっても私がやらせませんけど」
「……ないから大丈夫だよ」
8月も下旬になったから、勤務表や月次報告をそろそろ書かないといけないけれど……まだ1週間あるし大丈夫だろう。……って、今の会社は職場でできるから家でやる必要はないんだ。頭がボケてるな。今日はゆっくりと寝よう。
先週は引越しの特別休暇と夏休みを取って会社を休んでおり、先週の水曜日から金曜日までは2泊3日の旅行に行った。久しぶりの旅行で盛りだくさんの内容だったので、旅行疲れはあったけど……旅行から帰ってきて、土日でゆっくり休んだつもりだった。
しかし、体に疲労が残っていたのか、昨日、休み明けの仕事をしたらどっと疲れが襲ってきてしまった。昨晩から熱っぽいとは思っていた。
今朝になると高熱に咳、のどの痛み、鼻水、だるさという不調のオンパレード。
上司である勝沼さんに体調不良で休むと電話をしたら、引越しの疲れがあって、以前にも誤認逮捕とか色々とあり、ここに来て体調が崩れてしまったかもしれないからゆっくり休んでほしいと気遣いの言葉をいただいてしまった。思えば、今の会社に転職してから、体調不良で休んだのは今回が初めてか。
「……美来が側にいてくれて良かったよ」
まだ、8月なので美来は夏休み中。今の時期は夏休みの課題を終わらせるためという理由で、部活動もないらしい。
僕の体調が悪いと分かると、美来はいつも以上にはりきった様子で僕の看病をすると言ってくれた。
「もう、智也さんは意外と甘えん坊さんだったんですね」
「……こういうとき、好きな人が側にいてくれると安心するんだなって分かったんだ。看病してくれて、本当にありがとう」
「いえいえ」
美来は嬉しそうに笑う。
体調が悪いって分かったとき、旅行から数日くらいしか経っていないということもあり、美来が罪悪感を抱いてしまわないかどうか心配だったけど、今のところそういった様子は特に見られない。
「休み明けの仕事で、思った以上に堪えちゃったのかもなぁ……」
実際に10日近く休んでおり、世間もお盆明けということもあり、昨日はいつも以上に仕事量が多かった。量が多いだけで内容はキツくなかったから良かったけど。
「気付かない間に頑張り過ぎちゃったのかもしれませんね。はい、智也さん。お粥を作りましたよ」
「うん、ありがとう」
ゆっくりと起き上がると……ううっ、体が重いな。枕を背もたれ代わりにして、少しでも体を楽にさせる。
「智也さん、あ~ん」
「えっ、ちょっと恥ずかしいな。食べさせてもらうの」
「いいじゃないですか。2人きりですし。それに、これまでに何度もしてきたじゃないですか。今は智也さんの具合が悪いんですから、私にお粥を食べさせてもらうのはおかしくないと思いますよ」
「……じゃあ、ご厚意に甘えさせてもらうよ」
「ふふっ、それでいいんですよ、智也さん。はい、あ~ん」
僕は美来にお粥を食べさせてもらう。
「……美味しい」
絶妙な柔らかさ、塩気、米の甘み。これまで、体調を崩したときにしか食べていないから、お粥にいい印象はなかったけど、このお粥は美味しいな。きっと、健康なときだったらもっと美味しく思えるのだろう。
「風邪を引いている智也さんにお粥を食べさせるの、私の夢の一つだったんですよ」
「……変わった夢だねぇ」
「本当は風邪で寝込んでいる智也さんの横で眠りたいのですが、智也さんはきっと風邪が移るからって断るでしょう?」
「当たり前だよ。美来にはいつも健康でいてほしい。それは僕のためじゃなくて、美来自身のためにね」
「智也さんならそう言うと思っていました」
それに、美来は俺の横で眠るだけじゃなくて、キスとか色々なことをしてきそうだ。
「私も智也さんに早く健康になってほしいです。お医者さんから処方されたお薬を飲むためにも、お粥をちゃんと食べましょうね、智也さん。はい、あ~ん」
「……あ~ん」
本当は自分で食べたいけれど、体もだるいから……このまま美来に食べさせてもらおう。さっき、美来が言ったように今は美来と2人きりだから。
「お粥を食べられるんですから、薬を飲んでぐっすり眠ればすぐに治りますよ」
「……そうだといいな」
「お腹は痛くないんですよね?」
「うん、腹痛や下痢っていう症状はないよ」
それは唯一の救いかな。もちろん、今の風邪の症状も辛いけれど……個人的にはお腹の調子が悪い方がもっと辛いから。
「じゃあ、もう少し元気になったら、プリンやアイスでも食べましょうか。冷たくて甘いですから、とてもいいと思いますよ」
「そうだね」
と言っても、お粥を食べているからか、プリンやアイスを食べたいとはあまり思えないんだけれど。ゆっくり寝て、お腹が空けば少しは食欲も復活するのかな。
全てお粥を美来に食べさせてもらい、医者から処方された薬を飲んだ。
「これでいいですね。ゆっくり寝てください」
「うん。お粥、ありがとう。美味しかったよ」
「いえいえ、いいですよ」
そう言うと、美来は僕にキスしてきた。僕が風邪を引いているからか、数秒ほど唇を触れただけだけど。
「早く治るようにおまじないをかけておきました」
「随分と可愛らしいおまじないだね」
ただ、美来のおまじないによって僕が治った代わりに、美来に移っていないことを祈る。
「それじゃ、ゆっくりと眠ってくださいね。おやすみなさい。私はリビングにいますから」
「うん、分かった。おやすみ」
美来は照明を消すと、寝室から出て行った。
社会人になってから、ちょっとした風邪は何度も引いたことがあるけれど、ここまで悪化したのは初めてだ。
美来はまだ夏休みなのに、僕の看病をさせちゃって申し訳ないな。風邪が治ったら何かお礼をしよう。
そんなことを考えながら目を瞑ると、程なくして眠りにつくのであった。
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