第33話『ミクアリサ』

 打ち上げ花火が終わったので、僕達は部屋の中に戻る。


「智也さん。今夜はお風呂どうしますか?」

「今夜も部屋のお風呂にしようかな」

「じゃあ、一緒に入りましょう。では、お風呂の準備をしてきますね」

「うん、ありがとう」


 美来は洗面所の方へと姿を消す。

 まだ、酒入りコーヒーが残っているので、僕は呑みながらテレビを観る。まだ、オリンピックのハイライト番組をやっていた。


「今回のオリンピックも面白いなぁ」


 既に日本は史上最多のメダルを獲得したそうだし。

 もし、今夜……美来とえっちをし終わったとき、アニメをやっていなかったらオリンピックの方を見るか。オリンピックも終盤だけど、今夜もまだ競技が行なわれるようだ。確か、陸上競技だったかな。


「昨日と同じように、20分くらい経てばお風呂に入れますよ」

「そっか。ありがとう」


 僕がそう言うと、美来はベッドの上に腰を下ろした。

 ――プルルッ。

 あれ、スマートフォンが鳴っているな。確認してみると……電話が掛かってきたのは僕のスマートフォンの方じゃないな。


「あっ、有紗さんから電話ですね」

「美来の方か」


 今度は美来の声が聞きたくなったのかな、有紗さん。


「スピーカーホンにしておきますね」


 美来はスピーカーホンにしてスマートフォンをテーブルの上に置く。


『あっ、美来ちゃん? 有紗だけど』

「有紗さんですか。どうかしましたか?」

『美来ちゃんの声が聞きたくなって。今、大丈夫かな?』

「ええ、大丈夫ですよ。夕ご飯を食べ終わって、智也さんと一緒に部屋でゆっくりしていたところですから」

『そっか。美来ちゃんから送られてくる写真、どれも楽しそうでいいなって。まるで、私も2人と旅行に行ってる感じがする』


 僕、メールやメッセージで写真なんて全然送っていないけど、美来は僕の気付かないところで有紗さんと結構やり取りしていたのか。


「お昼には智也さんに電話を掛けたそうですね。智也さんの声が聞きたいからと」

『ま、まあね。あと……し、進捗報告しようと思って』


 ああ、僕が貸したBlu-rayをどこまで観たかってことかな。スクールアイドルのアニメのやつ。昼過ぎには第2期に突入したって言っていたけど今はどうかな。


「進捗報告ですか?」

『うん。ほら、スクールアイドルのアニメのBlu-rayを借りてたじゃない。あれ、第2期まで全部見終わったの。面白かったぁ』

「そうですか」

『美来ちゃん、ポニーテールじゃないけれど、金髪の子に見た目が似ていると思って。そう思ったら、彼女が美来ちゃんにしか見えなくなってきた』

「ふふっ、私はハラショーって言ったことませんよ」


 僕が貸したアニメにはメインキャラクターの1人として金髪の高校生が登場する。そのキャラクターは美来と同じように可愛く、スタイルがいい。もし、普段から美来がポニーテールだったら、そのキャラクターが美来にしか見えないのも納得はできるかな。


『こっちはおかげでアニメ三昧だけれど、美来ちゃんはどう? 智也君と一緒に旅行楽しめてる?』

「はい! 素敵な思い出がたくさんできましたよ」

『それは何よりね。送られた写真を見ていたらそうなんだろうな、とは思っていたよ。これは土産話も期待できそう』


 お土産話も……って、ああ、昼に僕と電話をしたときに、有紗さんにお土産を買ったと言ったんだっけ。ゆるキャラのぬいぐるみ、というのは伏せてあるけど。


『そういえば、昨日の夜は素敵な体験ができたっていうメッセージもあって、気になっていたけれど……それってやっぱり智也君と、え、えっちなことをしたってことだよね』

「ええ、それも素敵な体験の一つですが……」


 そのと、美来ははっとした表情をして……その後すぐにニヤリ。これは……何か有紗さんにからかう企みを思いついた顔だ。


「縁結びの幽霊さんに出会ったんですよね」

「え、縁結びの幽霊さん?」


 へえ、美来……会いたいほどだったから、有紗さんには水代さんと会ったことを話していると思っていたよ。信じてくれないと思っていたのかな。


「ええ。出会ったカップルは仲良くなれるという噂があって。浴衣姿の16歳の女の子とお部屋で会ったんですよ。いたずら好きの可愛らしい女の子でした」

『……そこまで詳しく話してくれるってことは、その幽霊さんと見ただけじゃなくてお話もしたんだね』

「はい。ですから、今夜は智也さんと愛を育みたいと思って……」

『ふふっ、今夜も智也君とたっぷりするって――』

「あぁ、智也さんったら! 私の胸を揉んでくるなんて……」

「えっ!」

『えっ?』


 美来、突然何を言い出すかと思えば。あぁ、さっきニヤリとしていたのは、今のことをしようと思いついたからか。


「智也さん、ちょっとだけ有紗さんをからかってみましょう」


 有紗さんに聞こえないように、美来は僕の耳元でそう囁いてくる。まったく、美来ってこういういたずらをする女の子だったっけ?


「あのな、美来……そういったことは――」

「私の浴衣姿が似合っているからって、酔っ払った勢いで私のことをベッドに押し倒さないでくださいよ。有紗さんと電話中なのに」


 と、今言ったことがいかにも本当のように、美来は掛けぶとんを両手でガサガサ動かしている。


『あっ、えっと、その……』

「旅先の夜はもう今夜しかないからって、そんな、激しく……いやあんっ!」


 美来、演技がとても上手だな。


『何だか……お邪魔かな? ううっ、2人がそんなことをしているんだったら、こっちは1人でしようかな……』

「有紗さん、これは美来の演技ですよ。僕がお酒で酔っているのは本当ですが」

『と、智也君! 演技していたっていうのは本当なの?』

「ええ。間近で見ていて、美来の演技の上手さに驚いていたところです」


 まあ、今夜は美来と一緒にたっぷりイチャイチャしようとしているのは本当だけど。


「美来には……後で叱っておきます」

『あ、あたしは全然気にしていないからね。怒っていないし。ただ、ドキドキして、美来ちゃんが羨ましいから、その……自分でな、慰めようかなって思ったけど』

「……そ、そうですか」


 どう答えればいいのか分からないから、とりあえずそういう風に返事したけど、これで正解だったのだろうか。


『ええと……もし、美来ちゃんとするんだったら、な、生でやっちゃだめだからね。あたしみたいに今年25歳になる社会人ならまだしも、美来ちゃんは今年16歳になった女子高生なんだから。まあ、美来ちゃんならできちゃっても大丈夫だと思うけど』

「き、気を付けます」


 子供ができたら人生に大きく関わるからな。


『きっと、そっちはスピーカーホンだと思うから……2人とも、残りの旅行を楽しんできてね。それで、帰ったらあたしにたくさん話して。じゃあね』


 そう言って、有紗さんの方から通話を切った。何とか平和に通話を終えることができて良かったよ。

 さてと、有紗さんに言ったように美来のことを叱らないと。


「……美来」


 普段よりも低い声で僕から名前を呼ばれたからか、美来は少し怯えた様子を見せる。


「どうして、電話で話している有紗さんが聞こえる中で、酔った僕が美来に色々したような嘘をついたのかな」

「それは、その……有紗さんをドキドキさせたいと思って」


 美来は視線をちらつかせながらそう答える。

 ドキドキさせたいか。美来からさっきのような言葉を聞いたら、僕と美来がどんなことをしているのか、有紗さんなら頭の中で映像化しそうではある。ドキドキして赤面するところまで想像できてしまう。


「美来のその気持ちは……分からなくはないけど、いくら気心知れた有紗さんが相手だからって、ああいうことをしちゃいけないと思うよ。例えば……もし、僕と有紗さんが2人きりで外で呑んでいて、有紗さんが美来へ電話したとき、有紗さんが僕とキスしたような嘘を話されたら、いい気分にはならないよね」

「……そうですね」

「美来と付き合うって決断して、美来と結婚前提に付き合っていても……有紗さんには僕に対する好意が心の中にあって、大切にしているんだよ。そんな気持ちを利用して、有紗さんをからかうようなことをするのはいけないと思うよ。もし、美来が有紗さんの立場だったとき、有紗さんにそんな演技をされたら……美来はどう思うかな?」

「……複雑な気持ちになると思います。2人がそういうことをする関係だと分かっていても、どうして、電話をしているときに……って感じると思います。心が……ざわついて、胸が締め付けられると思います」


 美来は辛そうな表情をしていて、今にも泣き出しそうだ。僕がこうやって叱ったこと、これまで全然なかったからなぁ。今日、鍾乳洞へ運転しているときもお仕置きはしたけど、あれは運転中は危険だからと注意したという程度だったし。

 美来も、有紗さんがどんな気持ちになっていたのかを想像できたようだから、これ以上僕から言うことはないな。


「そうか。これからは、さっきみたいなことを誰にもしないように気を付けようね」

「……分かりました。約束します」

「うん。じゃあ、僕からのお説教はこれでおしまい。明日でもいいから、有紗さんには謝ろうね」

「……はい」


 僕は美来の頭を優しく撫でる。

 今後、僕も気を付けていかないと。たとえ不可抗力だったとしても、どんなことで美来を不安にさせてしまうか分からないから。


「あの……智也さん。やっぱり、今すぐに有紗さんに謝りたいのですが……」

「分かった。じゃあ、僕が彼女に電話するね」

「……お願いします」


 これで、有紗さんから許しを得たら、今回のことはこれで終わりにしよう。

 有紗さんのスマートフォンに電話を掛けるとすぐに出て、


『と、智也君! どうしたの?』

「……何だか慌てているようですが、有紗さんこそどうしたんですか」

『いや、だから……何度も言わせないでよ。本当についさっきまで、ね……』

「……ああ、分かりました。言わせようとしまってごめんなさい」

『こっちこそごめん……』


 美来が謝りたいと言ったから電話を掛けたのに、美来が謝る前に僕が有紗さんに謝ってしまった。しかも、有紗さんから謝られてしまったし。


『それで、どうかしたの?』

「……美来が有紗さんに言いたいことがあるみたいなので。美来と変わりますね」

『……ああ、そういうことか。うん、分かった』


 有紗さんの反応を聞きたいので、スピーカーホンにしてテーブルの上に置いた。


「お電話変わりました、美来です。あの……有紗さん」

『うん』

「さっきは……有紗さんをからかうようなことをして、ごめんなさい」


 美来は涙を浮かべながら有紗さんに謝った。果たして、有紗さんはそんな美来に対してどう思うのか。僕も緊張してしまう。


『えっ? 気にしないでいいよ。ホテルの部屋だから、2人とも発情しちゃったのかなぁ、と思っただけだから』


 普段のトーンで有紗さんはすぐにそう返事をした。それにしても発情って……言葉を選んでほしかったな。


「……怒っていないんですか?」

『旅行中に智也君とえっちするなんて、羨ましいなちくしょー……とは思ったけど、美来ちゃんは彼女だもん。ただ、タイミングはアレかなぁ、とは思ったけど。智也君、もうちょっと我慢できなかったのかなって』


 お酒に酔ったこともあって、浴衣姿の美来に我慢できなかったんだと勘違いされていたのか。


「私が……有紗さんをからかったことについては?」

『……自慢したいんだろうなって思っただけ。あたしならまだしも、他の人にはああいうことを絶対にしない方がいいのは確かだと思うよ。智也君にその点については注意されていると思うから、あたしからはもう言うことはないかな』

「……はい」

『その声からして、美来ちゃんはきちんと反省しているんだね。だったら、この話はこれで終わり。美来ちゃんは智也君と旅行中なんでしょう? 智也君と楽しい旅の時間を過ごしてほしいな。むしろ、そうしないと許さないからね。あたし、2人からのお土産話を楽しみにしているんだから』

「分かりました」


 どうやら、有紗さんも美来のことを許してくれたようだ。有紗さんが言っているように、これでさっきのことについての話は終わりにしよう。


「智也さんに変わりますね」

『……ふふっ、分かったわ』


 そう言うと、美来は僕にスマートフォンを渡してくる。


『まあ、智也君のことだからスピーカーホンにして今の話、聞いていたでしょう?』

「ええ」

『そういうことだから、美来ちゃんのことはもう許してあげてね。せっかくの旅行中なんだし、楽しい時間にしなさい』

「そのつもりです。美来のことを許していただいてありがとうございます」

『許すも何も、あたしはそもそも怒っていないし。あたしだって、もし智也君と付き合っていたら、美来ちゃんに同じようなことをしていたかもしれない。ただ、そうしたらきっと智也君に叱られていたんだろうなぁ……』


 有紗さんのことだから、僕に叱られている場面を妄想しているんだろう。


『じゃあ、あたしはこれで』

「はい。失礼します」


 僕の方から通話を切った。

 これで、今回のことについては一件落着かな。まるでそれを知らせるように、お風呂が沸いたことを知らせるチャイムが鳴る。


「お風呂の準備ができたみたいだね」

「智也さん、私……」

「さっきのことについて美来は反省して謝った。有紗さんは美来を許した。だから、僕は何も言うことはないよ」

「……そうですか」


 ようやく、美来の顔に笑みが戻ってきた。そう、これでいいんだ。それにせっかくの旅行なんだから、笑顔でいる時間が少しでも多い方がいい。


「さっ、一緒にお風呂に入ろうか」

「そうですね」

「そうだ。お風呂から上がったら、美来はメイド服を着てくれないかな。せっかく持ってきてくれたんだ。この部屋でのメイド服姿を見てみたい」

「……かしこまりました。……旦那様」


 そう言うと、美来は僕のことを優しく抱きしめて、キスするのであった。

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