第31話『ウォータースライダー』

 一度、僕と美来はプールから上がり、ウォータースライダーの方へと向かう。

 すると、人気だからなのか階段の途中から水着を着た人達が並んでいる。見えるだけでも、僕らのようにカップル、夫婦、兄弟、姉妹……と多彩だ。もちろん、1人で滑る人もいるようで。


「ちょっと待ちそうだけど、美来はいいかな?」

「はい、大丈夫ですよ。私、待つのは好きな方ですから」


 僕の顔を見て美来はニコッと笑う。そうだよな……10年も僕のことを待ったんだから、分単位の待ち時間は待つ中には入らないか。


「そんなことを言うってことは、智也さんってもしかしてこういうのが苦手なんですか?」

「昔は割と行っていたけれど、ウォータースライダーは本当に久しぶりだし、遊園地とかで絶叫系に乗るのも……高校生以来だと思うな。もちろん、そのときも羽賀と岡村の3人で行ったんだけど」

「そう……でしたね」


 そうなんですかと言わないところが美来らしい。高校生のときだから僕のことはもう見つけて、既に僕の後をつけていたということか。僕や岡村はともかく、羽賀にも気付かれなかったのは凄いと思う。


「智也さん、怖かったら私のことを抱き枕のようにぎゅっと抱きしめていいんですよ?」

「……そのときはよろしくお願いします」


 怖かったら本当に抱きしめてしまうかもしれない。そのときは美来の水着が脱げてしまわないように気を付けないといけないな。


「美来の方は絶叫系が怖くないの?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「へえ……」


 ロープウェイに乗っているときは緊張していたのに。特に下りの方は。

 でも、縁結びの幽霊である水代さんには会いたがっていたし、実際に彼女が現れたときには美来はむしろ喜んでいた。いや、心霊的な意味での絶叫系と、こういったアトラクションの絶叫系を比較してはいけないか。


「今、ロープウェイはダメだったのにウォータースライダーは大丈夫なんだとか思ったでしょう」

「……下りのロープウェイで怯えていたからちょっと心配だったんだ」

「大丈夫ですよ。ウォータースライダーは滑るだけです。ロープウェイは……う、浮いているような感じがしたので」

「なるほどね」


 思い返せば、ロープウェイは床以外のほとんどがガラス張りだった。端に立っていれば、真下の様子も見ることができるので、美来が言うように浮いている感じがするというのは分かる気がする。


「あれ? そういえば、鍾乳洞では冷たい水が額に落ちてきて驚いていたよね」

「あれは突然のことでしたから。それに、あの水はこのプールの水よりも冷たかったですし。もう、智也さんのいじわる……」

「ごめんごめん」

「ウォータースライダーは水が顔にかかると予想できますので、実際にかかっても驚きませんよ。ですから、全然怖くありません」

「なるほどね」


 個人的に、勢いよく滑るウォータースライダーの方が怖いけど。まあ、人それぞれ怖がるポイントは違うよね。


「なので、もし怖くなったら安心して私のことを抱きしめてください」

「……分かったよ」


 こういったアトラクションは本当に久しぶりなので、どういう感覚を抱くかは未知数だ。まずは一度、トライしてみないと。

 そんなことを美来と話していると、気付けば次の次が僕達の滑る順番になっていた。係員の女性から2人乗りのチューブを受け取る。


「個々に座るタイプではないようですね」

「そうだね。じゃあ、まずは美来が前の方に座る形にしようか」

「そうしましょう」


 いよいよ僕と美来が滑る順番に。

 スタート地点にチューブを置いて、まずは僕が座り、僕の両脚に挟まれるような形で美来が座る。僕は後ろから美来のことを軽く抱きしめる。


「もう怖いんですか?」

「……ちょ、ちょっとね。それにこうしていると安心するんだ」

「ふふっ、そうですか」


 美来は僕のことを振り返って、可愛らしく笑った。


「それでは、ラブラブなカップルさん。いってらっしゃーい!」


 女性係員のそんな掛け声で、僕と美来が乗ったチューブは押され、ウォータースライダーを勢いよく滑り始めた。


「おおっ!」

「水がかかって気持ちいい!」


 あははっ、と美来は楽しげに笑っている。

 チューブの勢いは増していくにつれ、怖さも増してきている。顔に水がかかることがより怖さを演出することに。


「きゃーっ!」

「うわあっ!」


 怖さの余り、僕は美来のことをぎゅっと抱きしめる。その際に気が動転してしまったのか、左手で美来のたわわな胸を鷲掴み。


「……あっ、智也さん……」


 柔らかな感触に若干の安心感を抱きつつも、チューブの勢いは最高潮。

 僕と美来はゴールへと辿り着き、その反動で僕らはプールへと落ちた。


「……ふぅ」


 水面から顔を出したとき、美来はニヤニヤとしながら僕のことを見ていた。


「まったく、智也さんったら。もしかしたらとは思いましたけれど……実際に胸を強く揉まれるとビックリしちゃいますよ」

「ごめん。あまりにも勢いよく滑るから、気が動転して美来の胸を……」

「……智也さんですから、私はむしろ嬉しいですよ」


 美来がそう言ってくれて安心したよ。


「どうですか? ウォータースライダーは」

「ちょっと怖かったけど、美来と一緒だったら大丈夫かな」


 さすがに、昔乗ったジェットコースターに比べればスピードは遅いし、美来を抱きしめていたから良かった。爽快感もあるくらいだ。


「そうですか。では、もう一度滑りましょうよ。今度は私が後ろに座って、智也さんが前に座る形で」

「分かった」


 美来に手を引かれる形で、僕はチューブを持って再びウォータースライダーの方へと向かう。滑ったときのあの感覚が癖になるのか、待っている人の中にはさっきも並んでいた人も何人もいる。


「ハマってしまう方もいるんですね」

「絶叫系、好きな人はとことん好きだもんね」

「ですね。私もこのウォータースライダーは一度滑っただけで癖になっちゃいました。智也さんが抱きしめてくれていたおかげかもしれませんが」

「楽しいと思えるものが見つかって良かったよ」


 そんなことを話していると、いつの間にか僕と美来の番になっていた。

 さっき、美来が言っていたように僕が前に座ることに。


「さあ、智也さん。私の胸の上に頭を乗せてください」

「さすがにそれはまずいのでは」

「そうしないと私が智也さんのことを抱きしめづらいので」

「わ、分かった」


 そういう風に言われたら断るわけにはいかない。女性の係員さんがいる前では恥ずかしいけれど、僕は美来のたわわな胸の上に頭を乗せる。何も考えるな。今はウォータースライダーだ。

 美来が僕のことを後ろから軽く抱きしめる。これじゃまるで、母親に抱きしめられている子供のようだ。


「それでは、本当にラブラブなカップルさん! いってらっしゃい!」


 さっきと同じ係員さんなので、またそんな風に言われてしまった。しかし、そう言われたことが嬉しいのか美来の笑い声が聞こえてくる。

 そして、二度目のウォータースライダーがスタートした。


「うおおっ!」


 適度にコースが曲がっているので結構迫力がある。そして、前に座っていると、結構水がかかってくるな。


「きゃーっ! 気持ちいいー!」


 顔は見えないけど、今の声色からして二度目でも美来は思いっきり楽しんでいるようだ。

 僕はそんな美来の手を掴みながら、


「うわあっ!」


 美来に乗じて思いっきり叫ぶ。声に出すと、怖い気持ちって少し小さくなるんだな。

 滑る勢いが増したまま、さっきと同じようにチューブはゴールに到着し、僕と美来はチューブから落ちた。


「気持ちいいですね!」

「前に座ると結構水がかかるんだね。結構怖かったよ」

「ふふっ、そうですか。それで、いかがでした? 私のたわわな枕は」

「……それが一つの精神安定剤になったよ」


 美来のたわわな胸を枕にして、途中から美来の手を握って……思い返すと、僕……美来に結構甘えた態度を取っていたような気がする。段々と顔が熱くなってきた。


「そう言って頂けると何だか幸せですね」


 その言葉通り、美来は幸せな表情を見せてくれる。そのことで、恥ずかしさが幾らか和らいだ。

 ウォータースライダーにハマってしまったのか、それとも昨日、プールでは全く遊ばなかったからなのか……その後、僕は美来と一緒に何度もウォータースライダーを滑ったのであった。

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