第15話『縁結びの幽霊』

「うわああっ!」


 僕は驚いてしまい、思わず隣で眠っている美来のことを抱きしめる。今の浴衣姿の女の子は……誰なんだ?


「まったく、そこまで驚くことないと思うけどなぁ。まあ、突然目の前に現れたから仕方ない部分もあるけど……」


 ううっ、一瞬だけ見えたのかと思ったらまだいるんだ。

 恐る恐る振り返ると、まだ……女の子はベッドの側に立っている。僕が大声を上げてしまったからか、さっきとは違って不満そうな表情をしている。

 ベッドの横に立っている黒髪のロングヘアの女の子。彼女はこのホテルの浴衣を着ている。戸締まりもしたはずだから入って来られないはずだけど。


「うん、もう……どうしたんですか? 智也さん……って、あれ?」


 僕が驚いたから、美来は目を覚ましたのか。そして、美来も浴衣姿の女の子に気付いたからか、目を見開いている。


「智也さん、この人……誰なんですか?」


 そう言うと、美来は不機嫌そうな表情をして僕のことを見てくる。


「どうして浴衣姿の女の子がここにいるんですか!」

「僕にも分からない」

「ま、まさか……この方が、お風呂に入っているときに話題に出た5歳年下の従妹さんなのですか? ううっ、私が眠った直後に扉を開けて連れ込んだんですね!」

「……違うって。あのさ……浴衣姿の彼女には悪いんだけど、数年くらい前に従妹の家族から写真付きの年賀状が送られてきたけど、その段階でこちらの女性よりも胸が大きかったよ」


 浴衣姿の女性に聞こえてしまっては悪いので、美来の耳元でそう囁く。僕の記憶が正しければ、浴衣の彼女よりも従妹の方が胸が大きかった気がする。その年賀状に印刷されていた写真の従妹も中学生くらいになっていたと思う。


「なるほど。小さな胸が大きくなることはもちろんありますが、大きな胸が小さくなることはあまりないですものね。それに彼女はせいぜい高校生くらいでしょうし。納得しました」

「……ご理解いただき感謝いたします」


 良かった、これで従妹だっていう誤解が解けた。


「じゃあ、この浴衣姿の女性はいったい誰なんでしょうか?」


 僕と美来が一緒に浴衣姿の女性を見ると……彼女は不機嫌な表情を浮かべていた。


「どうせ胸が小さいですよ。ふんっ」


 どうやら、僕達の会話が浴衣姿の女性に聞こえてしまっていたみたいだ。彼女に聞こえないように、美来の耳元で話したのに……相当耳がいいのかな。


「ええと、その……慎ましやかな胸もいいと思いますよ。世の中にはスレンダーという言葉もあるんです」


 美来はそう言うけど、それって彼女を慰めているのかな。


「巨乳の女の子に言われても、嫌味にしか聞こえないよ!」


 い、今にも泣きそうだぞ! 確かに美来は俗に言う巨乳だから、美来が何を言ってもダメなのかもしれない。


「……男の僕が言うのも何ですが、は、発展途上だと思えばいいんじゃないでしょうか。それに、そういった胸の需要もあるんじゃないでしょうか。ステータスだっていう人もいるみたいですし」


 自分で言っておいて何だけど、今の言葉も彼女を慰めていることになっているのかどうか。今一度見てみると、胸の膨らみがあまりないな。


「生きていれば大きくなるかもしれないけど、死んだら成長止まっちゃうからね」

「死んだら、って……まさか、あなたは噂になっている縁結びの幽霊さん?」

「そうだよ」


 美来がそう問いかけると、浴衣姿の女性はえっへんと小さな胸を張っていた。そういえば、ホテルスタッフの藍沢さんが縁結びの幽霊さんは浴衣を着ているって言っていたな。


「自らそう名乗っているわけじゃないけれどね。私には水代円加みずしろまどかっていう名前がちゃんとあるの。23年前、高校1年生のときにこのホテルで飛び降り自殺をしたから、私は永遠の16歳なんだよ」

「な、なるほど」


 さりげなく重要なことをいくつも話してくれたけど……縁結びの幽霊・水代円加さんは16歳のときにこのホテルで自殺を遂げたのか。だから、亡くなったときの姿で僕達の目の前に現れているのか。


「まあ、胸のことについては彼の言葉で許してあげるよ。それに、巨乳ばかり触れていると、たまには私みたいな可愛らしい胸が恋しくなったりするかもしれないし」


 自分で納得したのか、水代さんはとても満足そうな表情を浮かべている。自殺したとは思えないくらいにポジティブな考えの持ち主のようだ。亡くなったのは23年前のことなので、この23年間で考えが変わっていったのかな。


「それで? あなた達の名前は? 彼が智也君、彼女が美来ちゃんでいいのかしら?」

「はい、僕が氷室智也です」

「私が朝比奈美来で合っています。でも、どうして私達の名前を?」

「だって、イチャイチャしているときに名前をたくさん呼び合っていたじゃない」

「……み、見られていたんですか」


 あううっ、と美来は顔を赤くしている。縁結びの幽霊の話は知っていたけど、まさかその幽霊さんにずっと見られていたとは思うまい。


「もう2人ったら……気付かなかったのね」


 水代さん、恍惚とした表情になってるぞ。こんな様子で僕と美来のイチャイチャを見ていたのかな。あと、幽霊に気付く人間はいないだろう、普通。


「……はううっ」


 美来はとても恥ずかしいのか、ふとんを被ってしまったぞ。


「あらあら、イチャイチャしているときは智也君に色々と言っていたのに、何だかんだで純情な女の子なのね」

「あんまり美来に変なことを言わないでくれますか」

「……分かったわ。でも、智也君……美来ちゃんとイチャイチャするときは気を遣うでしょう? それじゃ、本当のイチャイチャは味わえないんじゃないかな。お姉さんとなら、何も気にせずに思いっきりイチャイチャできるよ。子供もできないし」


 水代さん、そう言って僕の手を触ってくる。ひんやりしているぞ。というか、幽霊である水代さんに触れることができるんだ。だから、やろうと思えばできてしまうのか。


「そうはさせません!」


 そう言うと、美来はふとんから飛び出して、僕のことをぎゅっと抱きしめてくる。


「智也さんは私が守りますっ!」

「ふふっ、冗談よ。でも、可愛いわね」


 いや、さっきの水代さんはとてもじゃないけど冗談には見えなかったよ。


「それに、私には好きな人がいるからね。生前は同級生の女の子と付き合っていたの」

「そうなんですか」

「40手前だけど、とても綺麗でこのホテルの総支配人をやっているんだよ。独身なんだけどね」


 なるほど、このホテルの総支配人さんは女性なんだ。女性が活躍する社会を……となっている今の時代に沿っているのかな。独身であるかそうでないかは、本人さえ良ければどちらでもかまわないと思っている。


「ということは、生きていればその支配人さんと同い年なんですね。水代さんは」

「そういうことよ、美来ちゃん」


 23年前に16歳で自殺したということは、生きていたら39歳か。僕が働いている会社や、以前いた会社でもこのくらいの年代は中間管理職のポジションの方が多いので、総支配人の水代さんの恋人は凄いと思う。まあ、IT業界とホテル業界なので単純比較はできないけれども。


「そういえば、2人のいくつなの?」

「私は16歳の高校1年生です」

「へえ、私が自殺したときと同じか。じゃあ、彼は……高校生にしては老け……大人っぽいけれど」

「僕は24歳の社会人2年生です」

「なるほど、そうなのね。それなら納得かも。そして、2人は8学年差なのね」


 さすがに、24歳だと高校生には見られないと思っていたけど、それでも老けていると言われたくなかったなぁ。


「若いっていいわねぇ」


 その声色には哀愁が漂っているように思えた。あと、水代さん、自分で永遠の16歳って言ってなかったっけ。姿は16歳のままだけど、心は23歳足されてアラフォーなのかもしれない。


「あの、水代さん。縁結びの幽霊であるあなたが私達の前に現れてくれたということは、私と智也さんは一緒に幸せになれるということでしょうか?」


 美来は真剣な表情をしてそう問いかける。美来、縁結びの幽霊さんに会いたいって、このホテルに来るときから言っていたもんなぁ。


「……私はただ、このホテルに来たお客さんの中から、気になったところへ遊びに来ただけなんだけどね」


 縁結びの幽霊と水代さんは自ら名乗っているわけじゃない。あくまでも、彼女と出会ったカップルが幸せになっていくから、いつの間にか生きている人達の間でそう呼ばれるようになっただけってことか。


「でも、2人なら幸せになれるんじゃないかな。私はそう思っているよ」


 水代さんは優しい笑みを浮かべて、僕と美来にそう言ってくれたのであった。

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