第13話『旅先バス』

 20分もするとお風呂が沸いたので、予定通り僕は美来と一緒にお風呂に入ることに。


「へえ、広いね」

「でしょう?」


 浴室の中に入ると……美来が言ったように新居のお風呂よりも広く、それ以前住んでいたアパートのお風呂より凄く広い。


「これなら2人でもゆったりと入れるね」

「そうですね」


 さすがは立派なホテルの浴室というだけある。完成して日も浅いんじゃないかって思えるくらいに綺麗だ。


「じゃあ、美来から洗っていいよ」

「では、智也さんは湯船に浸かっていますか?」

「……お酒も呑んだから、湯船に長く浸かっているとのぼせそうだ。この浴室、広いからここに座ってるよ」

「智也さんがそう言うのであれば。なるべく、泡やシャワーのお湯を飛ばさないように気を付けますね」

「ははっ、後で洗うし気にしなくていいよ」


 そういえば、美来の日焼け止めを塗ったこともあって、日焼けの痕は残っていないな。


「……智也さん。結構酔っているように思えますけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。体も心もポカポカだから。頭が痛かったり、吐き気がしたりっていうことは全然ないから」

「それならいいですが」

「……僕のことは気にしないで、髪と体を洗って」

「ええ、分かりました」


 そう言うと、美来は笑って髪を洗い始めた。

 そういえば、こういった光景……昔、どこかで見たことがあるな。


「あっ、あのときか……」

「えっ?」

「昔、母親の実家に帰省したとき、近所に住んでいる従妹の女の子と一緒にお風呂に入ってさ。そのときも従妹が髪を洗っている後ろで、僕がこうやって湯船に入らずに体を伸ばしていたなって」

「えっ、イトコ……オトコ?」


 美来は僕の方に振り向く。しかし、ちょうど髪に付いたシャンプーの泡を流し終えたところだったので、髪が下ろしたような状態になっており、彼女の顔が全然見えない。まるでホラーだな。


「昔、羽賀さんや岡村さんとお風呂に入ったときのお話ですか? そうですよね、お二人とは幼なじみですからそういうこともありますよね」


 美来はそう言って、バスタオルで髪を拭く。素で聞き間違えたのか、わざとそんなことを言っているのか。


「羽賀や岡村の話じゃないよ。それに、男じゃなくて従妹だよ。母親の方の。その子は僕の5歳下だったかな」

「へえ、5歳下の従妹さんのお話ですか。その話……いずれ智也さんの妻になる身として、もうちょっと詳しく聞きたいですねぇ」


 どうやら、過去に僕が自分以外の女の子と一緒にお風呂に入っていたことが気になるようだ。そうだよな、仮に従兄弟であっても美来が他の男とお風呂に入っていたら、いい気持ちにはなれない。


「すまないな、美来。昔の思い出でも、こんなことを話しちゃって」

「……詳しい内容を聞かないと。まあ、智也さんが他の女性と一緒にお風呂に入っていたというのは、あまりいい気分ではありませんが。そ、その……従妹というのは結婚できる間柄ですし」


 確かに、両親、兄妹姉妹、祖父母、叔父や叔母などとは結婚できないけど、従妹なら結婚はできる。


「今みたいな感じでお風呂に入ったのは15年くらい前だから、僕は小学校低学年で、従妹は4歳くらいだったかな。ちょうどお盆の今くらいの時期に、母方の祖父母の家に里帰りしたんだ。祖父母の家の近くには公営のプールがあって、従妹と一緒に遊びに行ったら日焼けしちゃってさ」

「だから、従妹の女性が髪を洗っているとき、智也さんは今みたいに湯船の横で座っていたんですね。日焼けをした状態で湯船に浸かると痛いから」

「そういうこと」

「でも、私がこうして髪を洗っている姿を見て思い出したということは、当時も従妹さんの姿を凝視していたってことになりますよね……?」


 てっきり、怒った表情を見せるかと思いきや意外にも笑顔だ。でも、笑顔で見つめられると逆に恐いな。


「彼女の姿を見ていたのは事実だけど、お互いに子供だったから2人で一緒にワイワイしてたよ。別に変な気も起こさなかったし」

「……それならいいですけど」


 と言いながらも、どこか納得していないご様子。15年くらい前の話をしたから、自分よりも前に出会った女性がいると知ってショックを受けているのかな。


「美来、安心して。5歳違いの従妹はいるけれど、僕の妻は美来しかいないから。それだけは覚えておいてくれるかな」


 過去に何があっても、今は美来のことが一番好きであり、将来は美来と結婚したいという気持ちを知っておいてほしかった。


「……分かっていますよ」


 そう言うと、美来は僕にキスしてくる。


「ちなみに、その従妹さんとはいつまで一緒にお風呂に入っていたんですか?」

「僕が小学校を卒業するくらいまでだから、彼女は……6,、7歳かな」

「なるほど」

「僕が高校生になってからは、彼女とは会っていないなぁ。最後に会ったときもお互いに携帯電話を持っていなかったから、全然連絡も取ってないかな」


 もちろん、お互いの実家の電話番号は知っていたけど、不思議と電話をしようという気が全く起きなかったな。

 ただ、6月に僕が誤認逮捕されたとき、実家には親戚中から連絡があったそうなので、そのときに従妹からも連絡があったかもしれない。


「なるほど、それを聞いて安心しました。でも、智也さんであれば、従妹の方とどうなっていようとも安心できると分かっているんですけどね。その……恋人から他の女の子の話をされると嫉妬してしまうというか」

「その気持ちは分かるよ。でも、美来なら分かってくれるってことも分かってる」

「智也さん……」


 10年間も想い続けて、8年くらい僕のことを陰で見続けていたんだ。そんな美来に女の子の話をしたら、このくらいの嫉妬をしてしまうのは分かっていたはずなのに。反省して、今後は気を付けないと。


「それにしても、智也さんに5歳年下の従妹がいたとは。これは盲点でした」

「美来と出会った後では、従妹とは1、 2回くらいしか会っていないからね。そのときも母方の実家か、従妹の家で会っていたからね。美来が知らないのも無理ないよ」

「なるほどです。しかし、その従妹さん……智也さんのことが好きになっている可能性もありそうです。智也さん、優しくてかっこいいですから……」

「そんなことは……」


 ないよ、って言おうとしたけど、美来は6歳のときに僕と出会い、そのときからプロポーズをするくらいに好意を抱いている。幼いから異性として意識しないとは限らないのは自ら体験しているんだ。


「……仮に従妹が僕のことが好きだとしても、僕が好きなのは美来だから」

「分かっていますよ。でも、そう思っているなら、今夜はイチャイチャしたいです」

「うん」


 約束の意味を込めて、僕は改めて美来にキスした。

 その後、美来に髪と体を洗ってもらった。美来の洗い方が上手だからかとても気持ちが良くて、思わず寝てしまいそうなことが何度もあった。何よりも、美来が終始、嬉しそうで楽しそうにしているのが印象的なのであった。

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