第9話『明日、どうしようか。』

 午後5時半過ぎ。

 海で遊び終わった僕と美来は水着から私服へと着替えて、僕達が宿泊している1301号室へと向かい始める。


「いやぁ、ビーチボールに熱中しちゃいましたね」

「そうだね。……僕が全敗しちゃったけれど」

「何だか悪い気がしますね」

「ははっ、気にしなくていいんだよ。こういうのはひさしぶりだったから楽しかった」


 僕が全敗したことで美来が言えるお願いの数がたくさんになってしまったので、数を問わずにこの旅行中に随時お願いを言うことになった。その代わりにできなそうなことだったり、嫌だったりするお願いには僕が断れる権利を持つことに。でも、これじゃあ、美来がお願いを言いにくくなるんじゃないかなぁ。


「美来、その……僕に気を遣ってお願いを言わないなんて考えなくていいんだよ」

「分かっていますよ」

「ならいいけど」

「そうだ。今日は海でたくさん遊んだので、明日はプールを中心に遊びましょうよ。ウォータースライダーも滑ってみたいです。2人で滑ることもできるんですよ」

「おっ、いいね。分かった」


 じゃあ、明日はプールで遊ぶことにするか。心霊という意味での絶叫系は苦手だけど、ウォータースライダーのような絶叫系は意外と好きな方だ。


「怖かったら私を抱きしめてもいいんですよ?」

「僕はジェットコースターのような絶叫系はむしろ好きな方だよ。美来の方こそ、怖くなったら僕にしがみついていいよ」

「そのときはがっちりと掴みますからね」


 美来の場合は本当にがっちり掴みそうだ。羽交い締めとかしそうだよ。


「でも、せっかくですから観光もしたいですね」

「おっ、いいね。海やプールで遊ぶだけっていうのもね。もちろん、そのときは僕の運転で行こうと思っているから、観光についてはゆっくり考えてくれていいよ」

「分かりました」


 このホテルがある羽崎町はねさきちょうや隣の荻野市おぎのしには観光地やご当地グルメは結構あるからな。どこかに観光したり、美味しいものを食べに行ったりしたい気持ちはある。


「そうだ。近隣の観光パンフレットがあるか訊いてみよう」


 フロントの近くに赤髪のスタッフの女性がいるから、彼女に訊いてみようかな。


「すみません。ちょっと伺いたいことがありまして」

「はい、どのようなことでしょうか?」


 赤髪の女性スタッフさんもかなり可愛いらしい。もちろん、美来ほどじゃないけれど。見た感じ随分と若そうだから、彼女も大学生のアルバイトさんなのかな。名札には……宮原と書いてある。


「あの、明日とか明後日にホテルの近くの観光地に行ってみたいな思っていて。パンフレットとかってありますか?」

「はい、こちらにありますよ。あと、当ホテルがある羽崎町や、近隣の荻野市ではご当地グルメやスイーツもあるりますが、そちらもいかがでしょうか?」

「そうですね。せっかく旅行に来たので、何か食べてみたいなとは思っています」

「では、こちらの方もお渡ししますね」


 そう言うと、宮原さんは観光地が書いてあるパンフレットと、羽崎町や荻野市のご当地グルメやスイーツが書いてあるパンフレットをくれた。


「何かオススメの観光地ってありますか?」


 美来が宮原さんにそんなことを問いかける。観光する気満々なのかな。


「そうですね。以前、私がここへ旅行に来た際に、今も付き合っている彼氏と一緒に鍾乳洞に行きました。人気スポットなんですよ。今の時期は涼しくていいですし、直人先輩とくっついて……って失礼いたしました。つい、思い出に浸ってしまいました」


 宮原さん、付き合っている彼氏との旅行の思い出を振り返ったからか、幸せそうな表情を浮かべている。とてもいい思い出なんだろう。

 そういえば、藍沢さんは付き合っている彼女と一緒にアルバイトをしていると言っていたけど、もしかしたら宮原さんが藍沢さんと付き合っている彼女さんなのかな。

 観光案内パンフレットを開いてみると……おっ、あった。洞窟の中は1年中15℃で、15分くらいで回れる短いコースと、40分くらいかかる長いコースがあるのか。確かに、夏には涼しい観光スポットとして人気なのが分かる気がする。15℃なら、冬はちょっと暖かい観光スポットとして人気がありそうだな。


「智也さん、明日、鍾乳洞には絶対に行きましょう! 涼しくて、くっつけるなんて一石二鳥ですから!」


 一石二鳥って。真夏日が続く今の時期だと15℃はかなり寒いから、美来が僕にくっついてきそうだな。あと、美来の場合は一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもしそうだけど。


「分かった。僕も行ってみたいなって思っていたところだよ」

「ふふっ、観光を楽しんでくださいね」

「はい。教えてくださってありがとうございました」

「いえいえ。では、ごゆっくりお過ごしください」


 宮原さんと別れ、僕と美来はエレベーターホールに行く。


「それにしても、パンフレットをもらうなんて。今はスマートフォンで色々と調べることができるのに」

「まあ、美来の言うとおり、スマホがあれば色々調べられるけど、個人的に紙が好きなんだよね。小説や漫画も電子書籍じゃなくて紙の方が多いし。それに、こういう観光案内パンフレットって、旅行の思い出の一つとして形に残るじゃない。あと、スマホの画面を見ていると割と早く眼が疲れるんだ」


 明かりもそこまで強くしていないのに。これは年齢のせいなのか、それともスマホをそこまで弄っていないせいなのか。


「あぁ、なるほど。思い返せば、智也さん……普段、スマホのゲームとかあまりしないですよね」

「うん。まあ、スマホのゲームをやらないのは、どんどん課金しちゃいそうで怖いっていうのもあるんだけど」

「あぁ、それは分かりますね。ゲームをやっていると課金したくなるときありますもん。今のところは無課金ですけど」

「……気を付けてね。お金絡みのことは」


 そんなことを話していると、エレベーターが到着する。

 僕達以外に乗る人はおらず、途中の階でエレベーターに乗ってくる人もいなかったので、13階まで一度も止まらずに行くことができた。


「智也さん、この階の自動販売機で何か飲み物を1つ買ってくれますか?」

「うん、いいよ。僕も買いたかったんだ」


 ホテルにある自動販売機って、他の場所よりも値段が高めなことが多いけど。

 自動販売機コーナーに行ってみると……ちょっと高いな。この前行った旅館ほどじゃないけども。まあ、旅行価格って割り切ることにしよう。僕はコーラ、美来はみかん味のお水を買った。


「ありがとうございます、智也さん」


 そう言うと、美来はみかん味のお水のペットボトルを頬に当て「冷たい!」と笑っていた。それがとても可愛らしかったのであった。

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