第3話『結う霊』

 午後3時過ぎ。

 僕達は今日から3日間滞在するアクアサンシャインリゾートホテルに到着した。

 周囲とは比べものにならないくらいの高さの建物なので、結構遠いところからも見えていた。ただ、実際にホテルまでやってくると、そびえ立っているという表現が一番合うと思えるくらいの立派な建物だった。

 宿泊者用の駐車場に車を止め、僕達は荷物を持って車から降りる。


「うわぁ、とても立派なホテルですね」

「そうだね。何だか……有り難いよね」

「ええ。それにしても、アクアにサンシャイン……アニメみたいです」


 今、スクールアイドルをテーマにしたアニメをやっているもんね。そのアニメを美来と一緒に観ている。


「9人組のホテルアイドルがいるかもしれないね」


 自分で言ってみてアレだけど、ホテルアイドルって何だかいかがわしい響き。


「ふふっ、本当にいたら面白いですね」


 ご当地アイドルがいるくらいだし、企業やこういった宿泊施設のアイドルがいても不思議ではないのかな。


「よし、さっそくホテルの中に入ろうか」

「はい!」


 ホテルの中に入ると、結構豪華な雰囲気だな。でも、どこか落ち着いている感じもするので、連泊するにはいいかも。

 僕は早速チェックインの手続きを行なう。

 急な用事が入ったので予約をしている佐藤さん夫婦ではなく、僕と美来が来たことを伝える。すると、佐藤さんが事前にホテル側に連絡をしてくれており、キャンペーンのペアチケットと2名分の予約明細を持っていたこともあって、無事にチェックインの手続きが終わった。もちろん、氷室智也と朝比奈美来として。

 手続きを担当していただいた女性スタッフから、部屋のカードキーと食事のチケットを渡される。カードキーに記載されていた部屋番号は『1301』。ということは、13階の部屋なのか。これは部屋のバルコニーからの眺めも期待できそうだ。


「それでは、お部屋まで私・藍沢がご案内いたします。お荷物はこちらのカートに乗せますね」


 そう言うのは、このホテルの制服を着ている若い男性だった。藍沢さんって言うのか。20歳くらいに見えるけど、高卒で働いているのかな。アルバイトやインターンの大学生かもしれない。あと、藍色の髪なんて珍しいな。


「どうかされましたか? 何かお忘れ物でも?」

「いえ、何でもありません。荷物、お願いします」


 僕がそう言うと、藍沢さんがスーツケースをカートの上に乗せてくれる。


「そこのエレベーターに乗って、13階の方にご案内します」

「お願いします」


 僕と美来は藍沢さんの後についていく形で、エレベーターホールへと向かっていく。


「晴れていて暑いですが、ここにはお車で?」

「はい。調べたら、電車でも来られるみたいですけど、荷物も結構ありますし、僕が運転できるのでレンタカーを借りてここまで来ました」

「そうだったんですか。車は涼しいですし、ご自分のペースで移動できますからね。私も去年、運転免許証を取ったのですが、マイカーを持っていないので、なかなか運転する機会がなくて」

「分かります。実家にはあるんですけど……」

「私も同じです。まだ、大学生なので車を買うにはまだまだ……」


 藍沢さん、大学生なのか。ということは、今はアルバイトかインターンでこのホテルのスタッフとして働いているわけか。

 ――ピンポーン。

 藍沢さんと話していたら、エレベーターが到着した。


「到着しました。どうぞ」


 僕達はエレベーターに乗って、宿泊する部屋がある13階へと向かう。


「あの、すみません。訊きたいことがありまして」

「何でしょう?」


 美来、藍沢さんに何を訊きたいんだろう? それとも、かなりのイケメンなので興味を持ったとか? いや、美来に限ってそんなことはないか。


「ネットで調べたら、ここのホテルに縁結びの幽霊さんが出るという噂を目にしました。他のお客さんから出ましたって話は聞きますか?」

「そう……ですね。先週末からスタッフとしてここで働いているのですが、浴衣姿の女の子の幽霊が出たという話は聞きました。お客様のようなカップルの方もいれば、女性同士のカップルもいまして」


 つまり、ここ数日の間でも、噂の幽霊を見たカップルが複数いるのか。それってかなりの頻度じゃないか? うわぁ、今夜にでも出会ってしまいそうな気がしてきた。ううっ、急に寒気が。

 あと、ホテルだからなのか噂の幽霊さんは浴衣姿なんだ。


「そうなんですか!」


 もちろん、縁結びの幽霊を見たい美来にとってこれは朗報。目を輝かせている。


「実は私も、今も付き合っている彼女と3年前にここへ来たとき、例の幽霊さんと会いまして。当時は今のような縁結びの幽霊とは呼ばれていなかったんですけどね。ただ、そのときに色々なことがありまして、それがきっかけかどうかは分からないですけど、今も彼女とは仲良く付き合っています」

「へえ……」


 3年前と聞いて思い出した。ちょうどその頃、僕が大学生のとき、このホテルの支配人の女性が、長い間脅迫されていたことが明らかとなったんだっけ。当時の報道では、宿泊していたお客さんに協力してもらったって言われていたけど、そのお客さんが藍沢さんだったりするのかな。


「今、私の彼女や友人達と一緒に、この時期の緊急のスタッフとしてアルバイトに来ているんです。至らぬ点があるかもしれませんが、精一杯のおもてなしをさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」


 緊急のスタッフか。お盆の時期で社員を休ませるためなのかな? お盆を含めた夏休みが一番お客さんも多くて大変そうだけれど。でも、大学生が長期休暇の時期だから、アルバイトやインターンという形で人員を確保しているのかも。

 それでもしっかりしているな、今の大学生は。せいぜい僕と4、5歳くらいしか違わないけど。将来、藍沢さんを会社の後輩にほしいくらい。

 エレベーターは13階に到着する。

 エレベーターを出ると、窓からは海とは反対方面の景色が見える。13階ということはもちろん、周りに高い建物が全然ないので、広大な景色を堪能できるな。

 藍沢さんの後に付いていき、僕達は宿泊する1301号室の扉の前に。


「こちらになります」


 スタッフ用なのか藍沢さんの持つカードキーで扉を開けて、1301号室の中へと入っていく。


「うわぁ、広くて綺麗なお部屋ですね! 智也さん!」

「そうだね、いい部屋だ」


 事前にホームページで部屋の写真を見ていたけれど、実際に来てみると結構広い部屋だなぁ。ダブルベッドが1つってことはダブルルームか。


「荷物はこちらに置いておきますね」

「ありがとうございます」

「夕食と朝食は1階にあるレストランでバイキング形式となっております。何かありましたら、内線でフロントまでご連絡ください」

「分かりました」

「それでは、失礼いたします」


 藍沢さんは一礼をすると、部屋を後にした。

 実際に会ったことはないけど、佐藤さん夫婦にはちょうど良さそうで、僕と美来が泊まるには豪華すぎるホテルような気がする。


「うわぁ……3日間、ここで過ごすんだ……」


 本当に美来は……ここに来ることができて嬉しそうだ。その嬉しさの理由に僕と2人で来られたのが少しでもあったら嬉しいな。

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