第5話『女子会-後編-』
BL好き、身近な男性同士を使っての妄想癖などについて朝比奈さんに打ち明けました。朝比奈さんは相槌を時々打つだけでしたが、特に嫌そうな顔は見せず、普段の笑顔をしたまま聞いてくれました。
「……以上です」
「なるほど。つまり、浅野さんは極度のBL好きで、次元を問わずにそういった妄想をしてしまうと」
「……そういうことです」
「そういうことなのですね」
朝比奈さんは腕を組んでう~ん、と考え込んでいる。私のことをどう思っているのでしょうか。気持ち悪いと思っているのでしょうか。それとも――。
「……おそらく、私が自分のことを気持ち悪いと思っているかもしれないと考えているのでしょうけど、私はそんなことはこれっぽっちも思っていません。ちなみに、私の友達にもBL好きの人が何人かいます」
「そ、そうなんですか」
朝比奈さんのご友人の中に、こちらの世界の住人がいたなんて。今の女子高生はBL好きが意外と多いのですね。もしかしたら、そのおかげでBLに対して寛容なのかも。
「さすがに、浅野さんのように実際にいる男性を使って妄想する友達は1人もいませんけど。ただ、それも1つのBLの形なのでしょう」
「そうなんです! 2次元のBLの良さもあれば、3次元のBLの良さもあるんです!」
但し、3次元の方は私の脳内だけで展開されていますが。
「なるほど。私と付き合っている智也さんが妄想の材料に使われるのは複雑ですが、それを止めるつもりはありません。思想の自由があるように、妄想にも自由があっていいと思いますから」
「あ、ありがとうございます」
朝比奈さんは女神のように見えてきました。氷室さんを使って色々と妄想をする許可を彼女である朝比奈さんからいただくことができました。
「しかし、その妄想を話すには注意が必要ですね。特に3次元については」
「き、気をつけます」
「ちなみに今、智也さんと付き合っているのは私であって、この先の未来……智也さんと一緒の道を歩んでいくのは私なんです。それをちゃんと心に刻んでから、お家に帰るようにしてくださいね?」
「は、はい! 胸に刻んでおきます!」
朝比奈さん、笑顔で対応してくれましたが、これはかなり怒っているように思えます。これまでの話を纏めると、氷室さんを使って妄想をしてもいいですが、妄想した内容を自分には話さないでくれってことですね。26歳の社会人ですからすぐに分かりましたよ。
「ち、ちなみにですけど……朝比奈さんはBL妄想に興味は?」
「2次元ならまだしも3次元に関しては興味ありませんね。それに、妄想するなら智也さんと自分のことだけで十分ですから」
ふふっ、と朝比奈さんは興奮気味に笑いました。今、まさに氷室さんとの甘い妄想を繰り広げているのでしょうか。
これは……朝比奈さんにBLを布教しない方がいいですね。彼女は氷室さんに夢中で仕方ないようですから。
月村さんにはこの場で布教することは諦めましょう。朝比奈さんがいる前で行なうのはまずいですし、月村さん本人が酔っ払っています。後日、2人きりのときか、私の後輩と協力して布教することにしましょう。
それにしても、BLのせいでこの場の空気が悪くなってしまいましたね。さすがにこのまま帰るわけにはいきません。月村さんは今もぐっすりと眠っているので、私が何か楽しい話題を朝比奈さんに提供しないと。
「え、ええと……話が変わってしまいますが、氷室さんってカレーに入れるお肉はチキンが一番好きなのですか?」
なかなか思い浮ばなかったからって、さすがにこれは――。
「そうなんですよ!」
朝比奈さんは元気な声でそう言います。
「一番好きなのはチキンで、ビーフ、ポークと続きます。シーフードはあまり好きではないようです。カレーの匂いと磯臭さが混ざるのが苦手みたいで」
「そうなんですね」
氷室さんのことになると、さすがに朝比奈さんも嬉しそうに話してくれますね。この調子で氷室さんのことをどんどんと訊いていくことにしましょう。次は何を訊きましょうか。
「えっと、以前、羽賀さんと家宅捜索したとき、ベッドの下の収納スペースに、朝比奈さんと月村さんの衣服が入っているのを見つけました。羽賀さんから週末だけでもここに住んでいると聞きましたが、それは本当なのですか?」
「そうなんです! 智也さんとこの家の前で10年ぶりに再会したときから、週末を中心に智也さんと一緒に過ごしています。いじめがあってから、こうして平日も智也さんと一緒にいるときもあって、色々と……」
うふふっ、と朝比奈さんは顔を赤くしながらも嬉しそうに笑っています。
「あっ、家宅捜索をしたということは見つけてしまいましたか? その……く、くっつくときに智也さんに付けてもらうものとか……」
「……ああ、見つけましたよ。衣服の下にありましたね」
「そうなんですか。恥ずかしいですねぇ」
えへへっ、と朝比奈さんはデレデレとしたご様子。恥ずかしいといいながらも、衣服の下にあったものを自ら暴露してしまっているじゃないですか……と、心の中でツッコミを入れておきます。今の状況でも朝比奈さんにツッコミを入れるのは恐いです。
今の朝比奈さんの話からして……彼女、氷室さんと既にくっついた経験があるようですね。私はそのような経験は一度もありませんが。そこを深く突っ込むことは止めておきましょう。
「ええと、その……恥ずかしい想いをさせてしまってすみません。あと、氷室さんと末永くお幸せに……とささやかなメッセージを贈らせていただきます」
「ありがとうございます!」
これまでの中で一番可愛らしい笑みを朝比奈さんは見せてくれます。羽賀さんから聞いていたとおり、朝比奈さんと氷室さんは特別な関係なんですね。よく分かりました。ですから、これからも思う存分に妄想をさせてもらいますが、それを朝比奈さんに話すようなことはしません。そう胸に深く刻んでおきます。
「あっ、もうこんな時間。私はそろそろ帰るつもりですが……月村さんの方はどうしますか?」
「気持ち良く眠っていますね。まあ、ここには月村さんの着替えはありますから、このまま明日の朝まで眠っていても大丈夫です」
「そうなんですか」
家宅捜索をしたときも思いましたが、ここ……氷室さんのお宅で合っていますよね? どうも、氷室さんのものよりも、ここに泊まりに来ている朝比奈さんと月村さんのものの方が多いような気がします。
「それならいいんですけど。でも、氷室さんもここに帰ってくるんですよね。大丈夫なんですか? きっとお酒で酔っているでしょうし……」
「そのときは私1人で智也さんの欲を満たすまでです。それこそ、浅野さんが見つけたアレの出番です」
「……さすがですね」
そういう心掛けをしていなければ、月村さんも一緒にここで夜を明かすことを許さないのでしょう。あと、月村さんが寝ている横で氷室さんと色々としてしまうというのは、さすがにまずいのでは。
「気をつけてくださいね。世の中、何が起こるか分かりませんから。あなたよりも10歳年上の女性からそれだけは言わせてください」
「分かりました。胸に刻んでおきます」
3人であれば、おそらく大丈夫でしょう。それに、私が言った言葉の意味は、これまでのことで本人達も十分に分かっていると思いますから。
「では、私はこれで失礼します」
「はい。今日は楽しかったですよ。また来てください」
「ありがとうございます」
てっきり、さっきのことで嫌われたかもしれないと思ったので、今の言葉を聞いて安心しました。しかし、これからはBLについては気をつけないといけませんね。明日、警視庁の仲間に注意しておきましょう。
「では、私はこれで。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
私は氷室さんの家を後にします。この時期、晴れていても夜になると意外と涼しくなるんですね。
今、羽賀さん達はどうしているのでしょうか。お酒を呑んで、楽しい時間を過ごすことができているのでしょうか。そんなことを想いながら家へと帰るのでした。
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