第2話『ロンリーコール』

 羽賀さんが帰ってから程なくして、私も警視庁を後にします。明るいうちに職場を離れることができるなんて幸せですね。これからも世の中が平和であってほしいものです。そうなれば、私も毎日定時で帰ることができる……と思いますので。

 しかし、羽賀さんと一緒に呑めないのが本日唯一の心残りです。明日、話を聞かせてくださる約束をしたのに、何だか寂しい気分です。


「……そうだ」


 こうなったら、私も誰かと一緒に呑んでしまえばいいのです。

 スマートフォンの連絡帳を開いてみると、最初に出てきたのが『朝比奈美来』さんでした。彼女は氷室さんのことをよくご存知ですし、以前に羽賀さんや氷室さんと交えて遊んだこともあるそうなので、2人の仲良しエピソードを聞くことができるかもしれませんね。朝比奈さんは未成年なのでジュースを買っていきましょう。

 それでは、さっそく朝比奈さんに電話を掛けてみることに。


『はい、朝比奈ですが……』

「こんばんは、警視庁捜査一課の浅野です」

『……こんばんは。浅野さんが私に電話をしてくるということは、もしかして智也さん、また誰かに嵌められて羽賀さんに逮捕されることになったんですか? 今日は羽賀さんや岡村さんと一緒に呑む予定でしたのに……』


 ううっ、と朝比奈さんの泣き声が聞こえます。

 そういえば、朝比奈さんに電話を掛けたのはこれが初めてかもしれません。しかも、警視庁捜査一課と身分を言ってしまっては、氷室さんが再逮捕されることになってしまったと勘違いされても仕方ないです。これは私の落ち度です。


「朝比奈さん、落ち着いてください。氷室さんは逮捕なんてされません。むしろ、昨日で一段落した捜査で、氷室さんは色々なことに巻き込まれてしまった不運な方。むしろ被害者という立場ですよ」

『……本当ですか?』

「本当です。勘違いさせてしまい、申し訳ありませんでした」

『いえいえ、気にしないでください。私が早とちりしてしまっただけですので。でも、安心しました』


 私も……朝比奈さんがすぐにそう言ってくれて安心しました。


『では、どうして電話を掛けてくれたんですか?』


 電話を掛けた理由ですか。ええと……何て言えばいいのでしょう。


「……何だか寂しかったからです」

『……そ、それはそれは……色々とご苦労様です』


 ううっ、上手い言葉が思いつかないことも恥ずかしいですし、10歳も年下の女の子に気遣われてしまったことも恥ずかしいです。


『何かあったんですか? 私、浅野さんとはそこまで話したことないですよね。しかも、お電話では初めてかと。そんな私に電話を掛けてくるなんて……』

「そ、そうですね……」


 電話帳で最初に出てきたのがあなただったからとは言えません。とりあえず、まずは現状を伝えてみることにしましょう。


「羽賀さんが、氷室さんや岡村さんと呑む約束をしていたそうで。私も行きたいと言ったのですが、今日は3人で呑ませて欲しいと言われまして……」

『確かに、智也さんも今日は羽賀さんや岡村さんと3人で呑むと言っていましたからね』

「迷惑を掛けないと言ったんですよ! それなのに、羽賀さんが……」


 朝比奈さんに話していくうちに、段々と羽賀さんの家に突撃したい気分になってきました。強いお酒でも買って、彼の家に行ってしまいましょうかね。


『私はまだ高校生なのであまり分かりませんが、働いていると学生時代のご友人だけで話したくなるときもあるのではないでしょうか。しかも、智也さんが逮捕されてしまった事件を扱っていましたし。お2人相手なら、羽賀さんも気兼ねなく話せると思ったのではないのでしょうか。そういう時間が必要なのかもしれません』

「そ、そうかもしれないですね……」


 朝比奈さんの方が私よりもずっと大人な意見を持っていますね。何だか、人として恥ずかしくなってきました。


『本日はダメでしたが、3人なら浅野さんと一緒に呑む機会を作ってくれると思いますよ。何でしたら、私の方から智也さんに頼んでみましょうか?』

「お気持ちだけ受け取っておきます。それに、羽賀さんにそういう機会を作ってもらうように約束をしましたから」

『そうですか。なら良かったです』


 ううっ、朝比奈さんの方が私よりもずっと大人です。羽賀さんの話では、朝比奈さんは氷室さんのことを想い続け、10年間会わなかったんですよね。朝比奈さんのことに比べれば、私なんてほんのちょっとの未来に叶えられることじゃないですか。


「ありがとうございます、朝比奈さん。ちょっと元気になれた気がします」

『それは良かったです。もし、浅野さんさえ良ければ、これから家に来ますか? といっても、智也さんの家なのですが。今夜、有紗さんと一緒に夕ご飯を食べる予定なんです。カレーライスなんですが』

「い、いいのですか? 私が行ってしまって……」


 当初は羽賀さんの家に行くことができない寂しさを晴らすため、朝比奈さんのお宅に行くつもりで電話を掛けたのですが、いざ向こうから家に来るかどうか訊かれると戸惑ってしまいますね。


『もちろんですよ! 智也さんが好きなのでカレーは元々多めに作っていますし。それに、食事は人の多い方がより楽しくなると思いますから』

「そう言って頂けるのであれば、お言葉に甘えさせてください」

『ふふっ、良かった。智也さんのお家って分かりますか?』

「一度、捜査で氷室さんのお宅を家宅捜索したことがありますので分かります」


 あのときは、羽賀さんが運転する車で行きましたが……住所は覚えているので、多分、電車で行けるでしょう。


『そういえば、そうでしたね』

「今、警視庁の前にいますので、氷室さんのお宅には……1時間後くらいには着くと思います。あっ……でも、途中で飲み物やお菓子を買いたいので、もうちょっとかかるかもしれません」

『分かりました。では、お待ちしています』

「はい。では、またあとで。失礼します」


 そう言って、私の方から通話を切りました。

 向こうから誘ってくるのは予想外の展開でしたが、無事に朝比奈さんと一緒に夜を過ごせそうです。氷室さんのお宅にいるなんて、本当に付き合っている感じがしますね。現在は週末だけ一緒に過ごしているとのことですが、朝比奈さんがまだ高校生ですから、氷室さんと同棲するのはまだ先のことなのでしょうかね。

 あと、月村さんですか。彼女には氷室さんの事件の真犯人をおびき寄せるときに協力してもらいましたが、朝比奈さんよりも話したことのない方です。どのような方なのでしょうか。IT系の職業ということは男性が多いイメージがあります。もし、BLに嫌悪感がないようであれば、こちらの世界に引きずり込みましょう。


「それじゃ、行こうかな」


 警視庁の腐女子仲間の懇親会やオフ会で複数人の女性と一緒に食事をすることはありますが、一般の方とはひさしぶりなので緊張しますね。ただ、2人ともいい人なのは分かっていますので、とても楽しみです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る