第82話『再燃』

 片倉さんが、詩織さんと明美さんを呼びに行っている間に、警視庁にいる私の部下から、諸澄司が氷室のところに面会しに来たと連絡が入った。


「まさか、諸澄君が謹慎処分を無視して警視庁に行っていたなんて……」

「彼なら逮捕された氷室の姿を一目見ようと、警視庁に行くかもしれないと思っていましたけどね」


 氷室が逮捕されてから1日経ったところで、真犯人の候補となっている5人のいずれかが氷室に面会するかもしれないと思っていた。彼にICレコーダーを渡しておいたが、どうやらそれは正解だったようだ。しかも、真犯人の筆頭候補である諸澄司が来た。氷室が相手なら、自分が真犯人であるとほのめかす発言をしているかもしれない。警視庁に戻ったら、氷室からICレコーダーを受け取り、録音内容を確認しよう。


「私がもし諸澄君の立場だったら、自分の部屋からも出ないかもしれません」

「そういう人もいるでしょうね」


 浅野さんの場合はさっさと反省文を書き終えて、自分の部屋に籠もって好きな漫画を読んでいそうな気がするが。妄想に浸るのだと思う。


「お待たせしました。絢瀬さんと月村さんを連れてきました」


 片倉さんがそう言うと、彼女についていく形で2人の女子生徒が。詩織さんの方とは一度会ったことがあるので、赤い髪のツーサイドアップの女子生徒が明美さんであることが分かった。


「あっ、おひさしぶりです。一度、お会いしましたよね。駅前で……」

「そう……だな。絢瀬詩織さん。自己紹介はしていなかったな。警視庁捜査一課の羽賀尊といいます」

「同じく、警視庁捜査一課の浅野千尋です。羽賀さんの部下ですが、彼の2歳年上です」

「そ、そうなんですね。私、美来ちゃんのクラスメイトで1年1組の絢瀬詩織です」

「私、2年3組の月村明美です。美来ちゃんや氷室さんから聞いているかもしれませんが、月村有紗の妹です」

「氷室から話は聞いている。明美さんのおかげで、声楽部での美来さんへのいじめが発覚したと」

「……わ、私は自分のすべきことをしただけです」


 と言いながらも、明美さんは笑みを見せている。


「絢瀬さん、月村さん。こちらの席に座って」


 向かって左側から明美さん、詩織さん、片倉さんという並びで座る。ちなみに、私の正面にいるのが明美さん。彼女はほんのりと頬を赤くしながら、私のことをチラチラと見ている。警察官の前ではやはり緊張してしまうものなのだろうか。


「羽賀さん、モテモテですねぇ」

「……私は特に何もしていませんが」

「一目惚れっていうこともあるんですよ」

「……そうですか」


 なるほど、明美さんは私に一目惚れをしている可能性もあるのか。まったく、最近の女子高生も可愛らしい。

 まあ、そんなことはいい。話を始めるか。


「明美さんと詩織さん。友人などから話を聞いて気付いているかもしれないが、私達は、氷室智也が逮捕された件について調査をしている。ただ、氷室は被害者である美来さんにわいせつ行為はしておらず、第三者によって虚偽の罪で逮捕されたと考えている」

「そのことは昨日の夜にお姉ちゃんから聞きました。氷室さんが逮捕されるとき、羽賀さんがお姉ちゃんに無実だというメモを残したと」

「私は美来ちゃんから。報道で言われていることは全くの嘘で、氷室さんは絶対に無実だってメッセージを送ってきました」

「……なるほど」


 明美さんにはお姉さんの月村さんが、詩織さんには親友の美来さんがいる。氷室が無実だとすぐに伝えられたのか。2人はそれを信じているようだ。


「詩織さん。氷室を嵌めた真犯人のことだが、生徒の中では諸澄司と佐相柚葉が怪しいと考えている。これまでに2人が氷室を恨むような言葉を聞いたり、2人が会話をしているところを目撃したりしただろうか」

「諸澄君は学校ではいつも笑顔でしたね。むしろ、あのとき……駅で表情を崩したところを見るのが初めてだったぐらいで。佐相さんは先週の金曜日は凄くイライラしていました」

「先週の金曜日……ということは、氷室が美来さんの父親と一緒に、いじめのことを話しに来た翌日か」

「そうですね」


 おそらく、氷室から美来さんへのいじめについて話されたことで、佐相さんにストレスが溜まったのだろう。それは翌日になっても消えることはなかった。


「イライラしていた。そんな佐相柚葉は、氷室に対する恨みのような言葉を言っていただろうか?」

「いえ、言っていませんでしたね。でも、金曜日の朝には美来ちゃんのいじめがあったことが報道されて。その影響からか、いじめの中心にいた佐相さんが、今度はいじめられることになりました。何をイライラしているんだとか。犯罪者とか。美来ちゃんをいじめた佐相さんは許せなかったですけど、佐相さんへの嫌がらせを止めようとしました。でも、収まることはありませんでした」

「いじめのターゲットが美来さんから佐相柚葉に変わったということか。そして、彼女はいじめに耐えきれず、月曜日から学校を休むようになってしまった」


 いじめが連鎖してしまったということか。いじめに対して真摯に対処するのはおろか隠蔽しようとし、しかもそれが失敗した。そのツケとも言えそうだ。


「佐相さんが欠席したこともあって、今週に入ってからは静かになりました。でも、諸澄君も今週に入って自宅謹慎処分が下ったので、それを初めて言われたときはざわついていました。ただ、美来ちゃんへのストーカー行為という理由は話していません」


 なるほど。諸澄司は今週に入ってから、自宅謹慎処分が下っていたのか。ということは、今週になってから、学校外で2人が会って写真を共有した可能性はあるか。学校での調査が終わったら、2人と会ってそのことを訊いてみよう。


「ただ、今日になって、氷室さんがうちの学校でいじめを解決したと報じられたことで、事件の被害者が美来ちゃんだと気付く生徒もいました。なので、美来ちゃんがいないのをいいことに、美来ちゃんを悪く言う生徒がまた出始めたんです。美来ちゃんは氷室さんとただならぬ関係にあったんだと。美来ちゃんは氷室さんを『運命の人』と称してよく話していたので、運命の人は犯罪者だったのかと。犯罪者を好きだったのかと」


 詩織さんは震えた声でそう話すと、いくつもの涙をこぼした。そんな彼女の頭を明美さんが優しく撫でる。


「私のクラスでも、今日になってから氷室さんが逮捕された事件の被害者は朝比奈さんじゃないかと言われています。だからといって、こっちでは朝比奈さんを悪く言う生徒はいませんでした。ただ、朝比奈さんのいる1年1組では……言われてしまうんですね」


 氷室のおかげで、美来さんの受けたいじめは解決に向かって進んでいたが、氷室の逮捕によって、再び美来さんに非難の声が出始めてしまうとは。これを2人が知ったら、さぞかし辛いだろう。おそらく、互いに相手のことを想って。


「美来ちゃんと氷室さんを見れば、そんなことないって分かるのに。見なくたって、普段の美来ちゃんを知っていれば違うって分かるはずなのに。どうして、人を貶す言葉って次々と出て、大きくなっていくんだろう……」

「……あまり、そういう人間の気持ちは考えたくはないが、いじめることで快感を覚えたり、その人間よりも自分の方がまともだと思ったりしたいのだろう。美来さんに対して貶すことを言う人間を1人でも減らすことももちろん大切だ。しかし、美来さんを信じることの方がもっと大切なのだと私は思う。詩織さんはそれを貫いている。自分は無力だと思っているかもしれないが、そんなことはないのだよ。胸を張っていい。あと、今のクラスの状況が辛かったら、そこから離れる選択肢があるのも覚えておいてほしい」


 自分の身を守るためなのだ。クラスにいるのが辛くて逃げるのを弱いと馬鹿にする輩もいるが、そんなことは気にしなくていいのだ。そういうことを言う人間の方がよっぽど弱いだろう。


「まさか、朝比奈さんがこういう形で悪く言われてしまっているなんて。今すぐにでも1年1組の教室に行って、警察官としてお説教したい気分です!」

「気持ちは分かりますが、落ち着いてください、浅野さん」

「……すみません」


 普段はアレだが、浅野さんも根は真面目な女性だ。いじめの話を聞くと、いても立ってもいられなくなるのだな。

 ――プルルッ。

 むっ、私のスマートフォンが鳴っている。


「電話が来ましたので。ちょっと失礼」


 スマートフォンを確認してみると、発信者は『種田総一』となっていた。病院周辺の防犯カメラの確認が終わったのだろうか。


「はい、羽賀です。お疲れ様です」

『お疲れ様です。病院の入り口と、病院周辺の防犯カメラを管理している会社に行って、火曜日の昼前の映像を確認しました。看護師が診断書を渡した4、 50代の男らしき人物は映っていたのですが、帽子とマスクをしていて、誰なのかを特定するまでは……』


 帽子までしていたのか。おそらく、今のように防犯カメラの映像を確認された際に誰なのか分からなくさせるためだろう。


「分かりました。その映像、鑑識の方に回して、詳しく解析してもらうようにお願いしてください」

『了解です』

「種田さん。その場所から、諸澄司という少年の家に向かっていただけませんか? 先ほどまで警視庁に氷室の面会に来ていたようです」


 種田さんの手が空いたのなら、彼に諸澄司の家に言って話を聞いてもらおう。


『そうなんですか。分かりました。しかし、場所が……』

「こちらに住所が書いてある資料がありますので、お伝えします」

『了解です。メモの準備ができましたので、お願いします』


 私は諸澄司の家庭調査票に書いてある住所を種田さんに伝える。


『ありがとうございます。その人物の名前、初めて聞きますけど、彼にどのようなことを訊けばいいのですか?』

「先週の金曜日から、今週の火曜日までの間に、クラスメイトの佐相柚葉という女子生徒と会い、何か話したかを訊いていただけますか。あとは、そうですね……被疑者の氷室のことをどう想っているのかも」


 そのことについてはだいたいの予想はつくが。


『金曜から火曜までの間に、佐相柚葉と接触したか。被疑者である氷室のことをどう想っているかですね。了解しました。では、諸澄司の家に行ってみます』

「よろしくお願いします」

『はい。また何かありましたら連絡します』


 そう言って、種田さんの方から通話を切った。とりあえず、諸澄司の方は種田さんに任せるとしよう。


「種田さんからですか?」

「ええ。美来さんの受診した病院の入り口と、病院周辺の防犯カメラの映像を確認してもらったのですが……帽子や眼鏡をしていて誰かまでは特定できなかったそうです。鑑識に回して更なる解析を依頼するように言っておきました」

「分かりました。真犯人やその協力者はもしかしたら、私達がこうした捜査をするかもしれないと想定して動いていたかもしれませんね」

「そうですね」


 警察関係者が協力しているのだ。私や浅野さんが色々と捜査をしていき、美来さんの受診した病院まで捜査が及ぶことは想定していたのだと思う。


「種田さんに諸澄司の家へ行ってもらっています」

「では、私達は佐相柚葉さんの家に行くってことでしょうか?」

「そう……なりますね」


 ただ、仮に真犯人が佐相柚葉であり、協力した警察関係者が佐相警視だとしたら、警察には相手をするなと彼が奥様や佐相柚葉に言っているかもしれない。そんな中で私達が行ったら、話も聞けず、佐相警視から圧力が掛かって捜査ができなくなるかもしれない。行くタイミングを考えた方が良さそうだ。

 ――プルルッ。

 そんなことを考えていると、再び私のスマートフォンが鳴る。発信者は、


「美来さんからだ」


 彼女の名前を口にすると、この場にいた全員がはっとした表情になって私の方を見てくる。


「もしもし、羽賀ですが」

『さっき、父が帰ってきました。智也さんの様子も聞きました。かなり疲れているみたいです。あの、羽賀さんに1つお願いがあるのですが……』

「何だろうか?」


 何をお願いされるのかは分かりきっているが。


『智也さんと面会がしたいので、警視庁へと連れて行っていただけますか?』

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