第63話『僕が見られている風景』
――児童福祉法違反の疑いで逮捕する。
羽賀に手錠を掛けられてしまった両手を見てみる。
夢じゃ……ないんだよな。
両手を動かそうとしても、手錠を掛けられているので自由に動かせない。
「氷室、君はこれから警視庁へ連行されることになる。そこで色々と話を聞かせてもらう」
「ちょっと待って! 羽賀さんは児童福祉法違反だと言ったけど、智也君が誰に何をしたっていうの!」
有紗さんがそう言って、僕と羽賀の間に割って入る。
「……この件の情報について、今はまだ一般の方に教えることはできません。ただ、逮捕状が発行されたということは、氷室が逮捕されるべきだと判断される行為をしてしまった。今のところは、そう思っていてください」
「そんなのあたしは信じない! 誰かが勝手に……!」
「有紗さん」
ここで警察に反論したところで状況は変わらない。納得できない有紗さんの気持ちは痛いほどに分かるけれど。
「……僕はこれまで法に触れることをしたとは思っていません。有紗さん、僕を信じてください。僕は必ずここに戻ってきますから」
「智也君……」
児童福祉法違反ってこと……18歳未満の人に関する法律に触れてしまったことになる。
思い当たるとすれば、美来のいじめに関して月が丘高校と関わっていたこと。これまでの中で、気付かずに僕は何か法に触れると捉えられる行動をしてしまった可能性は否めない。
「月村さん。この件については私が担当しています。ですから、必ず……事実を明らかにしてみせます」
「……分かり、ました……」
有紗さんは俯いて、涙を流している。
周りを見てみると大半の人間が僕のことを見ていた。中には何かを話している人もいて。手錠も掛けられてしまったから、きっと僕のことを犯罪者だと思っているんだろう。
「氷室、行くぞ」
「……ああ」
「君のデスクに置かれているスマートフォン、スーツのポケットに入れておくぞ」
「ありがとう」
羽賀が僕のスーツのポケットにスマートフォンを入れたのを見てから、僕はオフィスを後にした。まさか、手錠を掛けて出ることになるとは。
オフィスの出口には、警察が来たことを嗅ぎつけたのか、たくさんの社員が集まっていた。その中には僕の会社の人もいて。おそらく、本社の方に僕の逮捕が伝えられるだろう。
1階まで到着し、エントランスの近くで、
「氷室がお手洗いに行きたいそうだ」
「では、自分が……」
「いや、私が連れて行く。君達はお手洗いの前で、誰も来ないように見張っておいてくれ。氷室、そこのお手洗いに行くぞ」
僕は羽賀に近くのお手洗いに連れて行かされる。
幸い、お手洗いの中には誰もいないので、手錠を掛けられた今の自分の姿を見られることはなかった。
「氷室、ここだけの話だが……今朝になって君についての事件を任され、裁判所で発行された君の逮捕状を受け取ったのだ」
「何だって?」
てっきり、羽賀が中心になって動いているから、以前から彼が僕のことを調査していると思っていた。調査中に僕を逮捕することが決定したのだと。
「じゃあ、羽賀はこの事件の内容についてよく知らないのか?」
「いや、前任者と名乗る警察官から簡単に説明を受けた。その内容を簡単に話すと、君が18歳未満の児童に、わいせつ行為を行なったことになっている。しかも、被害者となっているのは朝比奈美来さんなのだよ」
「えええっ!」
まさか、被害者が美来だなんて。
美来とはその……色々なことはしたけど、それは全て美来との合意の上だ。美来が嫌がるようなことをした覚えはない。
「美来が被害者ってことは、美来が警察に被害届を出したことになるんじゃないか?」
「私もそう思って担当に訊いてみたのだが、朝比奈さんからの被害届は存在しない。どうやら、第三者が君と朝比奈さんの普段の様子を見て、色々な証拠を揃えた上で警察に通報があったらしい。それで逮捕状を請求したとのことだ」
「でも、逮捕状って確か、裁判所が逮捕すべきだって判断して発行されるんだよな。どうして、僕が美来にわいせつな行為をしたことになるんだ……」
「私もそこが気になっている。氷室が朝比奈さんに対して、法に触れるような行為をしたとは思っていない。安心しろ、私がこの事件を引き受けたからには、君をこういう目に遭わせた真犯人を必ず突き止めてみせる」
「……頼む」
そうだ、美来からの被害届がないのにこういう事態になったってことは、誰かが僕を逮捕するよう警察関係者と話した人物がいるはず。いや、警察関係者の中に犯人がいる可能性もありそうだ。いずれにせよ、警察内部に不正を働いた人物がいると考えて間違いないだろう。
「いいか、氷室。これから警察官に色々なことを訊かれると思うが、君は断固として罪を認めてはいけない。罪を認めたら、起訴される確率は高い。起訴されてしまった瞬間、君を嵌めた人物の目的が達成されたと考えていいだろう。刑事事件の裁判は、99.9%の確率で有罪になる」
「そうなのか。……そうだ、羽賀。僕が捕まっている間は美来のことを頼む」
「分かっている。あと、デスクに置いてあった君のスマートフォンを手に取ったとき、月村さんに向けてのメモを置いておいた。氷室は誰かに嵌められていて、無実のはず。氷室がいないので朝比奈さんを守ってほしいと。そして、何かあったときのために私の連絡先も書いておいた」
「そうか、ありがとう」
どうやら、羽賀はこの話を初めて聞いたときから、僕のことを無実だと思ってくれているみたいだ。だから、有紗さんに向けてのメモを書いておいたのか。
「まだ、状況を詳しく把握はできていないが、君を逮捕する結論に至ってしまったことに疑問点がありすぎる。君を嵌めた人物は誰なのかを念頭に捜査をしていくつもりだ」
「……頼んだ」
「任せろ。率直に聞くが、君に恨みを持っていそうな人物は誰だろうか? 朝比奈美来さんのことを知っている人物の中で……」
そうか、被害者は美来ということになっているからな。僕と美来の関係性を知っている人物に限られるわけか。
「……諸澄君か、佐相さんかな」
「佐相さん……というのは?」
「クラスの方でのいじめの中心人物だよ。彼女とは先週、いじめのことで学校に行ったとき、直接会って話したからね。彼女から謝罪の言葉はなかったけど……」
「……なるほど。その女子生徒のことは初耳だが、諸澄司という男子生徒は私も頭に浮かんでいた。駅で彼に会い、君が立ち去った後、彼はかなり怒っていた様子だったからな。朝比奈さんへのいじめに関わった人物が真犯人である可能性が高そうだ」
「僕もそう思っているよ」
美来と僕の関係を知っていて、僕を逮捕させるまでに恨んでいる人は諸澄君か佐相さんくらいしか考えられない。
とにかく、僕がすべきことは、真犯人によって作り上げられたストーリーを、断固として認めないということだ。
今は羽賀を信じるしかないな。あとは美来や有紗さん、岡村など僕の周りの人達が僕の逮捕を知ってどう動いてくれるか。
「そろそろ戻るか」
「ああ」
僕と羽賀はお手洗いから出て、他の警察官と一緒にエントランスへと向かう。
SKTTの本社ビルから出たときには僕の逮捕の情報を入手していたのか、多数の報道陣が待ち構えていた。どうやら、僕は日本全国に犯罪者として報道されてしまうようだ。こんな形でテレビに初出演したくなかったな。手錠をかけられたこんな姿をテレビで見たら、美来はどんなこと思うのだろうか。
「顔を伏せておくんだ」
「……ああ」
カメラのフラッシュが眩しい。目に焼き付いて、視界がおかしくなっていく。しばらく、レンズを向けられるのが嫌になってしまいそうだ。
僕は羽賀と一緒にパトカーに乗って、事情聴取を受けるために警視庁へと連れて行かされる。
まさか、今年の夏が逮捕から始まってしまうなんて。波乱に満ちた夏になるのは間違いなさそうなのであった。
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