第31話『どっちが好み?』

 5月22日、日曜日。

 目を覚まし、スマートフォンで時刻を確認すると朝の7時過ぎだった。カーテンの隙間から陽が差し込んでいる。

 僕の隣では、有紗さんが僕と腕をしっかりと絡ませ、気持ち良さそうに眠っている。


「可愛い寝顔をしているな、まったく……」


 昨晩の有紗さんはとても艶やかで、キスよりも先のことをする誘惑に負けてしまいそうだった。そういうことは、彼女と付き合うと決断してからでないと。

 ゆっくりと体を起こしてベッドの方を見ると、美来の姿がない。


「美来……!」


 美来のことだから、何か買いに行こうとコンビニに行ってしまったかもしれない。外にはストーカー紛いのことをする輩がいるかもしれないのに!

 玄関に行くと、美来のローファーが置いており、鍵も閉まっている。じゃあ、お手洗いか浴室にいるのかな。

 そんなことを考えていると、トイレの水の流れる音が聞こえ、お手洗いの扉が開いた。


「あっ、智也さん。おはようございます」


 お手洗いからは美来の姿。彼女の姿を見られて安心したから、僕は思わず美来のことをぎゅっと抱きしめる。


「ふえっ、と、智也さん……?」

「……良かった。美来が無事で」

「えっ? 私はつい先ほど起きて、お手洗いに行っていただけですよ。智也さん、何かあったんですか?」

「いや、目を覚ましたら美来の姿が見えなかったから。外に出ちゃったのかなと思って。何があるか分からないから、外出するときは必ず僕と一緒に出るようにしようね」

「は、はい……分かりました」


 美来はとまどいながらもそう言ってくれた。


「それにしても、朝から智也さんが抱きしめてくれるなんて、今日は何だかいい1日になりそうな気がします」


 美来はとても嬉しそうに笑っている。そんな姿を見られて安心する。


「……そういえば、昨晩は月村さんとどのくらいのことまでしたんですか?」

「えっ」


 なぜ、唐突にそんなことを訊くのだろう? 何だか嫌な予感がする。有紗さんが寝ている間に彼女との進展具合を把握しておきたいのか。


「一緒に寝たんですから、イチャイチャしたんですよね」

「イチャイチャね……」


 昨日の夜のこと、美来に言ってしまっていいのかな。後で有紗さんが恥ずかしがるような状況にはしたくない。


「その様子だとしなかったんですか?」

「有紗さんはその……キスよりも先のことがしたい言ってきたんだけど、そういうことは付き合うと決めたらしましょうって言って思い留まらせたよ」


 言葉を選んで、美来に説明したつもりだけど、美来の顔が徐々に赤くなってゆく。キスより先はしてないんだから、変な想像はしないでほしい。


「そ、そうだったんですね。何だか恥ずかしいです。好きだっていう月村さんの声と、布の擦れる音が聞こえたので、智也さんと月村さんはキスよりも先のことをするんだと思って眠ったんですよ。悔しいですけど、イチャイチャしていいと言ってしまったので、止めることができなくて」

「……そうだったんだ。というか、途中まで起きていたんだね」

「はい。途中まで寝たふりをしていました」

「なるほど」


 これを有紗さんが知ったら相当恥ずかしい想いをするだろうな。おそらく、美来が眠っているから、ふとんの中であんなことをしたと思うから。


「ただ、最後までしなくても、途中まではしたんじゃないですか?」

「……えっと、有紗さんに手を掴まれて彼女の胸に押しつけられたよ。それだけ。あとはキスばかりだったから……」

「む、胸に手を当てさせたんですかっ!」

「そうです」


 ううっ、昨日の夜の状況を説明するのがこんなにも恥ずかしいなんて。しかし、僕が言わなかったら有紗さんにも訊くだろうからな。これでいいと思わなくては。


「智也さん、じゃあ……」


 すると、美来は僕の右手を掴んで、自分の左胸に強く押しつけた。有紗さんがしたからって自分もやるってことか。


「智也さん。月村さんと私、どっちの胸の方がお好みですか?」


 潤んだ瞳で見つめながらそんなことを訊かないでほしい。

 有紗さんより美来の方が大きくて柔らかい。美来は未知数だけど、有紗さんの胸の形は綺麗だと思う。一部しか見えなかったからそれは推測だけど。


「こ、甲乙付けがたいかな……」

「じゃあ、揉んでみますか?」

「……遠慮しておきます。有紗さんのも揉まなかったし」

「分かりました。でも、これで月村さんにちょっとは近づけたような気がします」


 昨晩、有紗さんは美来よりも劣っていると思っていると言っていたけれど、美来もまた有紗さんよりも劣っていると思っているんだ。どちらも、お互いに相手が魅力的だと思っているからだろう。

 美来の手が僕の右手を離した瞬間、僕は彼女の胸から手を離した。


「……あの、智也さん。昨日からずっと考えていたのですが、私が受けているいじめのことを家族に直接会って話したいと考えています」


 美来は真剣な表情で僕にそう言ってくれた。一晩経って、気持ちがまとまったようで良かった。


「そうか。分かった。今日は日曜日だし、有紗さんと僕も一緒にいてもいいかな」

「もちろんです。むしろ、一緒にいてほしいくらいです。話す場所なのですがここでも、私の家でもかまわないのですが、智也さんはどちらがいいですか?」

「ここにしよう。美来が週末、どんなところにいるのかを知ってもらういい機会だと思うし。その方がご家族も安心するんじゃないかな。それに、美来もここでだいぶ落ち着けるようになっただろう?」


 実家の方がもちろん過ごした時間は圧倒的に長いけれど、今の美来には僕の家がホームだと思っている。美来が落ち着いて話せる場所の方が、いじめという辛いこともご家族に話しやすいのではないかと思って。

 美来はいつもの優しい笑みを浮かべて、


「そうですね。ここは私にとってもう1つの家のような場所です。智也さんと月村さんが一緒にいてくれるなら、ここの方がいいです」

「分かった。じゃあ、ここにご家族を呼んで学校でのことを話そうか。有紗さんと僕がきちんとフォローするから安心してね」

「……ありがとうございます」


 美来のご家族とここで直接話すことに決まった。

 御両親がどんな感じの方だったかあまり覚えていないな。お母さんの方は美来のような金髪だったのは覚えているけれど。もちろん、当時、お母さんのお腹の中にいた妹さんとは初対面となる。美来に似ているのかな。ちょっと楽しみだ。


「……智也君と美来ちゃん、もう起きてたんだ」

「おはようございます、有紗さん」

「おはようございます」

「おはよう。よく寝たよ」

「有紗さん。いじめのことについて美来のご家族とここで話すことに決まりました。有紗さんと僕も同席しますのでよろしくお願いします」

「うん、分かった」


 有紗さんや僕が一緒にいれば、学校で受けているいじめのことを美来のご家族にきちんと伝えることはできるだろう。


「さあ、月村さん。顔を洗って、歯を磨いたらメイド服に着替えて一緒に朝食の準備に入りますよ」

「何だかメイド服がここの制服って感じね。分かった」

「智也さんはゆっくりしていてくださいね。温かいお茶を淹れますから、朝食ができるまで待っていてください」

「いつも作らせてごめんね。でも、ありがとう」


 美来や有紗さんがいると、どうも甘えてしまいがちだ。今後は少しずつでも2人に恩返ししていかないと。そう思う日曜日の朝なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る