第13話『Key』

 お互いに色々なところをマッサージしたからか、手が触れたり、目が合ったりするだけで意識してしまうようになってしまった。

 昼食は美来の作ったオムライス。とても美味しかった。

 午後は録画しておいた映画やドラマを一緒に観た。喋ったり、笑ったりしながら観たのであっという間に時間は過ぎていく。

 美来との時間が楽しいこともあってか、気付けば午後6時近くになっていた。外を見てみると暗くなり始めていて、茜色になった日の光が部屋の中に差し込んでいる。


「もうそろそろ6時ですね。そろそろ寮に帰りますね」

「この2日間、とても楽しかったよ」


 まさか、こういう週末を送ることになるとは、先週の金曜日に出勤するときには想像もしなかった。本当にいい週末だった。


「次にお邪魔するのは金曜日の夜ですね」

「……週末は僕と一緒に過ごすことが決まっているんだね」

「もちろんです」


 美来は大きな胸を張りながらそう言う。

 でも、彼女の言うとおり、休日は一緒に過ごす方がいいか。昨日と今日を一緒に過ごしてみると1人のときよりも楽しかったし。


「そうだ。美来、スマホの番号やメアドを交換するのを忘れていたね」

「あっ、そうでしたね!」

「金曜日に再会してから今までずっと一緒にいたから、連絡先を交換することをすっかりと忘れていたよ」

「私も忘れていました」


 そのことが恥ずかしいのか、美来ははにかむ。

 そういえば、この週末の間に、スマホをほとんど弄らなかったな。

 美来のスマホの番号とメアド、SNSもやっているということなので、SNSのアカウントも交換した。


「これでいつでも連絡できるね」

「そうですね。何だか、智也さんとの距離が更に縮まった気がします」


 僕との連絡手段を手に入れたことの嬉しさか、美来はニヤニヤ。10年も会っていなかったこともあってか、いつでも話せる手段があるというのはとても嬉しいのだろう。


「智也さんの会社のお昼休みは、いつからいつまでなのでしょうか?」

「正午から午後1時までだね」

「私の学校のお昼休みと同じですね。では、電話をするならなるべくその時間にしますね」

「仕事が終わるのは午後6時だけれど、残業しているときもあるかな」

「そうですか。お仕事、大変なんですね」


 定時に終わる日もあれば、何時間も残業する日もある。学生のとき……特に高校生のように決まった時間に家へ帰れる生活は羨ましい。


「では、今度会えるのは金曜日ですね。ううっ、長い……」

「平日5日間が終わってからだもんね」


 あれ、今度の金曜日って。


「ごめん、金曜日は職場の人と呑む約束があったんだ」


 一昨日のように定時で真っ直ぐに家へ帰れることが保証できるなら、外で待っていてもらうのもいいけれど、呑むとなるといつ帰れるか分からないからなぁ。


「そうなのですか。ところで、一緒に呑む職場の方って男性ですか?」

「……女の人だよ」


 正直にそう言うと、美来は真剣な顔をして、


「その女の人って、智也さんと歳が近かったりするのでしょうか!」

「そうだね。僕よりも1つ上の人だよ」


 事実を伝えると、美来は僕の手をぎゅっと掴んで、


「智也さんには私がいることを忘れないでください! もし、智也さんが他の女性と付き合うようなことがあったら、私、どうすればいいか……」


 今すぐにも泣きそうになっているぞ! もしかして、僕が有紗さんと呑むことで彼女といい感じなってしまうと心配しているのかな。


「大丈夫だよ。その人は職場の先輩なだけだし、美来の心配しているようなことにはならないから。……たぶん」


 僕は有紗さんのことを職場の頼れる先輩にしか思っていないけれど、有紗さんが僕のことをどう思っているか。きっと、後輩の1人としか思っていないと思うけど。


「浮気は絶対にダメですよ!」

「分かった。大丈夫だよ」


 美来を悲しませるようなことをしてはいけないな。


「金曜日の夜からここにいたいですが、智也さんに用事があるなら仕方ないですね……」


 美来はがっかりとした表情を見せる。今の美来にとって、1秒でも多くの時間を僕と過ごしたいんだ。


「……よし」


 ここは、美来のことを信じてみることにしよう。

 僕は金庫を開けて、家のスペアキーを取り出した。


「美来、これを君に渡すよ」

「これは……?」

「この家の玄関の鍵だよ。僕以外に出入りする人がいないから、僕の持っている鍵の他に余ったスペアキーがあるんだ。僕は美来を信じてこれを渡すよ」


 僕は美来に家のスペアキーを握らせた。

 すると、沈んでいた美来の表情が一気にぱあっと明るくなって、


「智也さん……!」


 僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。


「智也さんが私のことをそこまで想っていてくださったなんて! 家の鍵を渡されるなんて、何だか同棲しているような……恋人同士のような。ふふっ」

「絶対に無くさないでね」

「はいっ! 分かりました!」


 敬礼なんてしちゃって。鍵を渡されて本当に嬉しいんだな。確かに、家の鍵を渡すことは同棲しているカップルみたいだもんなぁ。


「では、金曜日はここで待っていることができるんですね!」

「そうだね」

「……嬉しいなぁ」


 まあ、美来なら鍵を預けても大丈夫だろう。家に来てくれてもかまわないし、鍵をちゃんと持っていてくれると信頼に足る子だから。

 美来は脱衣所でメイド服から高校の制服に着替える。この制服姿がちょっと懐かしく感じられる。


「楽しい週末をありがとうございました。今度の金曜日にまたここに来ますね。もしかしたら、その前に来てしまうかもしれませんけど」

「ははっ。そのときはメールやメッセージでもいいから連絡してよ。何かスイーツでも買ってくるからさ」

「はい。智也さん、明日から1週間、お仕事頑張ってくださいね」

「……うん、ありがとう」


 明日から仕事なのかぁ。その現実を知ってがっかりするけれど、美来が応援してくれているおかげかいつもよりは気分も明るい。


「美来も学校の勉強や部活、頑張ってね」

「はい!」


 ニコッと笑いながらそう返事をしてくれた。こんな笑顔を学校でもしているんだろうな。きっと、楽しい高校生活を送っているんだろう。


「それでは、これで失礼します」

「うん。途中まで送っていこうか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。何度もアパートの前まで来たことがあるので道も分かりますし。まだそこまで暗くないですから」

「そうか。分かった。気をつけて帰るんだよ」

「はい。では、お邪魔しました」


 荷物を持って、美来は僕の家を後にした。


「……週末が終わったのか」


 美来が寮へと帰っていき、1人きりになるけれど、これが今までの日常だったんだよな。


「ちょっと寂しいな」


 それだけ、美来と過ごした2日間が良かったってことなんだよな。その証拠に、金曜日の夜に美来と会えることが楽しみになっているし。


「さてと、夕食を作るか」


 2人分作らないように気をつけないと。

 テレビを点けて音量を普段よりも少しだけ大きくして、残り少ない休日の時間を1人で過ごすのであった。

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