第37話 クドウの占術
『やほん』
不意の女の声と共に、トリアンのすぐ前に、クドウが出現した。ただし、顔だけである。
(映像?・・これも魔法か)
トリアンは軽く眼を見開いてクドウの顔を見守った。
『取り込み中だったらゴメンよ。メンゴメンゴね?』
「何か?」
『おぅおぅ、用が無けりゃ伝話も駄目ってか?あぁん?』
「・・・」
『冗談よ。冗談・・もう、トリアンちゃんたら、すぐ怒るんだからぁ』
「何かあったのか?」
『ん・・まあ、今からあるのよ。そこにシンノちゃん居る?』
「居ます」
シンノが駆けつけてきた。
『ちと面倒な事になっちゃってさ。あたし1人で決めるもんじゃないから伝話したんだけど・・』
そう前置いて、クドウはざっと説明をした。
過去に取り決められた約定によってシンノの実家が苦境に立たされているらしく、始末をどうつけるにせよ、シンノが一度実家に戻らないと収まりが付かない状況らしい。
『ごめんね、なんだか、あたしの占いで良い絵が出てこないのよ。もしかしたら、トリちゃんなら何とか出来るかもって・・そう思って伝話したんだけど』
「おれがシンノについて行けば良いのか?」
『そのくらいなら占えるはずなんだけど・・違うみたいなのよねぇ』
「わたしを・・お父さんが呼んでいますか?」
『そうね、今度は何を考えついたんだか知らないけど、わたしが介入出来ないように、こそこそ準備を進めていたんでしょうね』
「・・お母さんや、妹や弟は視えましたか?」
『ううん、他には誰も・・ただ、そうね・・その、言っちゃ不味いかもだけど、シンノちゃんが泣いてる絵しか視えないのよ』
「・・・そうですか」
シンノが俯いた。すぐに思い決めた表情で顔を上げた。
「どこに行けば良いです?」
『ミンフィールド高地にあるカルタナって町よ。知ってると思うけど、あそこは中立国だからね。よく会談とかに使われてんのよ・・真っ白い大きな城があるから、すぐに分かるわ』
「お城で?」
『目付きの怖い美形君が待ってるわよ。取り巻きの妖怪みたいな爺さん達も視えたな・・』
「そうですか・・師匠」
シンノがトリアンを見た。
「シンノは行かなくちゃいけないみたいです」
「・・言えない事情か?」
「言いたいけど・・駄目です」
「いつ戻る?」
「それは・・出来るだけ早く戻って来たいです」
「そうだな。あまり留守にされると困る」
トリアンは硬い表情で言った。
『はい、待ってぇ、話進めないでぇ』
クドウが割って入る。
『シンノちゃんを1人で行かせちゃ駄目よぉ?トリアンちゃんも、同伴してプリーズよ?』
「ふむ?」
『いい?あたしの占いではこのままだとシンノちゃんが泣いちゃうのよ?駄目じゃんか。阻止よ、阻止っ!断固阻止すんのよっ!ええ?おいおい、トリアンちゃんよぉ?占いをぶち壊してくれなきゃ駄目じゃんかよぉ?』
「おれが行けば阻止できるのか?」
『出来るかぁ・・じゃなくって、するのよっ!ぶっ壊すのよ!』
「ただ壊すのは簡単だが・・シンノの家族の事情があるんだろう?」
『あたしの占いをかき乱せるのはトリアンちゃんだけよ?あんたなら、流れとか読まないしぶっ壊せるわよ?まあ、何だか知らないんだけどさ。行ってみて、後は出たとこ勝負でよろしく!ちぇーーーす』
「・・そうだな。シンノには悪いが、出しゃばらせてもらうか」
「師匠・・」
「そんな顔をするな。世の中のたいていのことは暴力で解決できる」
「・・・・師匠」
シンノがしょんぼりと肩を落とした。そのままの姿勢で、ぽつりぽつりと家庭の事情を話し始めた。
シンノの故郷では、様々な種族、部族が細かく別れて互いに土地の占有権を巡って争っていた。妖精に血脈が近しい森の民や狼人族などが戦に強く、シンノの狐人族は伝統的に立場の弱い弱小部族だったらしい。
加えて、妖鬼が出現するようになり、戦士の数が少ない部族はどんどん追い込まれていった。生存のために、他部族に庇護を求めるしかなくなり、強い部族に呑み込まれるようにして弱小部族が消えて行った。
シンノ達、狐人族は夜人族という闇精霊を祖先にした部族を頼った。その頃、周辺では他に頼る部族が残っていなかったのだ。狐人族達は生存と引き替えに、ほとんど奴隷のような立場での生活を強いられることになった。
そんな中、夜人族の支配層とでも言うべき、闇の民達が里を訪れた。
どういう取り引きが成されたのか、シンノの母親は闇の民に売り渡された。弟や妹とはそこで引き離され、シンノだけは母親と一緒に闇の民に連れて行かれたらしい。まだ3つか、4つの頃でシンノ自身何がなんだか分かっていなかったそうだ。
父親だと言うのは、闇の民の長をしている男で、シンノを生け贄に差し出すことを決めたのも、この男らしい。シンノが物心ついてから、母親が病気になったと聴かされて会えなくなった。夜人族の里で暮らす弟と妹は、遠くから見ることが許されたので何度か目にしている。クドウのところで匿ってもらっていたが、夜人族の使役する犬人に嗅ぎつけられて里に連れ戻されそうなところをクドウの仲裁と推薦でルナリア学園に入学することが出来た。それで得た猶予も、いよいよ無くなったということだろう。
里に戻ると監視の目が厳しく、シンノとしては母親や弟妹を人質に取られたような形で思うように動けないらしい。
「それで、クドウさん・・おれはどういう関わりをすれば、シンノの為になる?」
『おぅっと、ド直球来ました。センキューベイベーー』
「・・で?」
『ぼんやりとしか視えないけど聴くかね?』
「教えてくれ」
『詳細は分からないけど・・なんか、シンノちゃんが死んじゃってて、美形なお父さんは気味の悪い笑いを浮かべてるわ。妖怪みたいな年寄りが回りを囲んで何かの儀式をやってる・・ってぇ、とんでもない絵なわけよ』
「ふうん」
『もう1人、後ろに誰か居るっぽいけどよく見えないわ』
「その後は?」
『何をやっても、シンノちゃんが死んじゃうのよ。そこを何とかして頂戴』
「師匠・・」
「その先は視えないか?」
『う~ん、そうねぇ・・・はっきりとは視えないわねぇ』
「そうか」
トリアンは小さく頷いた。
『あ・・待って、これって・・・先にシンノちゃんが行って、ちびっと遅れてトリアンちゃんが行くと良いみたいよ。そうしないと、未来に枝道すら出ないから・・』
「分かった」
トリアンはサイリを見た。
「ミンフィールドのカルタナへ船を出してくれ。帰りは転移で戻るから不要だ」
「承知しました。すぐに準備させます」
サイリが踵を返して指示を出すために走って行く。
「師匠」
シンノが俯いていた顔をあげた。
「たぶん、生け贄の話だと思います。魔法の契印が押された約束事だったらしくって・・」
「内容は聞いていないのか?」
「わたし、樹海の獣王の娘だったそうです。でも、色々あって、今は闇の民が樹海を統べています」
シンノが言う樹海とは、クドウの森とは別の場所にある、神聖ユーゼリアの東方に広がる広大な樹海だ。森の住人の間では、クドウの森を"南の森"と呼び、シンノの生まれた森を"東の森"と呼んでいるらしい。
「ふん、おまえの騎士らしい仕事になってきたな」
トリアンは呟いた。
「・・・お母さん、たぶん・・もう居ないんだと思います。でも、弟と妹はいるから・・だから」
「生きているなら助けるさ。死んでいたなら弔ってやろう。その上で、つまらない約定は消し去っておく。それで良いか?」
「・・師匠、巻き込んじゃって御免なさい」
シンノがスカートの膝を握りしめるようにして頭を下げた。
「おまえを連れ回す対価だと思えば安すぎる」
トリアンは小さく笑った。
「・・レンカが耐えきったようだ」
視線の先で、銀龍を前に少女が立ち上がっていた。倒れる前とは別人のように強さの気配とでも言うのか、身体能力が跳ね上がっているのが分かる。
「サイリの少し下くらいか」
「でも、十分に強いです」
「そうだな」
トリアンは、蹲ったままの少年を見た。
「ジロウだったな?」
「へ・・あっはい」
いきなり呼ばれて少年が呆けたような顔を向けた。
「もう少し、マシにならないと、あの女に置いて行かれるぞ?」
「えっ・・い、いや・・そのぅ」
「どうだ?」
トリアンは壁際に控えていた戦士の男に声を掛けた。
「現役を退いた高齢者を中心に10名、選りすぐってあります」
「よし、留守の間、その10名にジロウを預けよう」
「はっ」
男が背を正して返事をすると、すぐさま伝令を走らせる。
「え・・えと?僕は・・レンカちゃんと・・」
「心配するな」
トリアンは門へ眼を向けた。
伝令に走った戦士に連れられて、ひときわ大柄な男達が門を潜って入ってきた。いずれも、筋骨隆々とした屈強そうな巨漢ばかりである。二の腕など、ジロウの胴回りほどもあるだろう。眼や顎などに生々しい傷跡がある者ばかり、10名の巨漢が座り込んだジロウを取り囲んだ。
「指南役、この者ですか?」
老武人の1人がトリアンに訊ねた。
「ああ、しっかりと頼む」
「・・承知」
老武人が太い腕を伸ばしてジロウの襟首を掴んだ。
「では・・」
子豚でもつまみ上げるようにして吊るし持つと、ギャーギャー騒ぎ立てるジロウに構わず歩き去って行った。
入れ替わるように、サイリが門から入って来た。
「あの者達は?」
「ジロウの教師をやらせる」
「・・なるほど」
多くを語らず、サイリが頷いた。
「特務艦の準備が整いました。いつでも行けます」
「サイリはルナトゥーラに残ってくれ。カイナードがいつ来てもおかしくない」
「はっ!」
「捕虜は要らないぞ。どうせ、まともに話せない薬漬けの奴らだ」
「承りました」
「まあ、こちらの用もすぐに終わらせる。間に合うようなら、おれも参加する」
「心より、お待ち申し上げております」
笑顔のサイリに見送られて、トリアンとシンノはレンカと銀龍に近づいた。
「あ・・トリアンさん」
「試練を越えた・・といった感じだな」
「は、はい・・なんか、不思議な感じです」
「じき、ここは戦争になる。龍と旅に出るなり、おまえの自由にしろ」
「あのジロ・・サトウ君は?」
「頭の病気を治す訓練だ」
「そ、そうなんですか・・・あの、わたし、ここに残っても良いですか?」
「好きなようにしろ」
「すいません。まだ何も決められなくって」
「ここの人間に頼んで滞在させて貰え。その内、考えも纏まるだろう」
「・・はい、そうさせて頂きます」
レンカが安堵の表情でお辞儀をした。
トリアンは小さく頷きながらシンノの手を取って転移をした。
山間の駐機場である。
特務連絡艦が魔導器の熱を漂わせながら離陸を待って低い駆動音を鳴らせている。
3名の影衆と5名の戦士が随伴の準備を整えて整列していた。
「戦時に8名は多すぎるな・・」
「いえ、操機に人数が必要ですので」
影衆の女が即座に答えた。どうやら、サイリと想定問答を取り決めておいたのだろう。何が何でも随伴する気構えのようだった。
「・・そういうことなら頼もうか」
トリアンは苦笑しながら狭い入り口をくぐって機内へ入った。
壁に沿って通路を挟んで長椅子が設けられただけの粗末な室内に入って長椅子に並んで座ると、操機者が狭い通路を身を屈めて前部に向けて潜っていった。
「師匠・・なにか、悪い予感がするの」
「そうか?」
「わたしじゃなくって、師匠に悪い事が起こりそうなの」
「ふうん」
「・・・でも、もう師匠に頼るしか無い。お姉ちゃんも、そうしなさいって・・困ったら、師匠にお願いしなさいって・・」
シンノの瞳がいつになく不安げに震えを帯びている。
「悪い事というのがどんなのかは知らないが・・」
トリアンは背中側の丸い窓を覗いた。
離陸を開始したらしい。
「おれを殺せるやつは、そうそう居ないぞ?」
「うん・・」
「おれとしては、おまえの義理の父親がやらかしている事の方が不安要素だ。おまえを楯に使って、おれを牽制するくらいしか思いつかないが・・」
「わたしで師匠を牽制ですか?」
「他にどんな手立てがある?」
「・・闇の民の呪術とか?」
「おれに呪いは効かん」
「夜の民の毒罠とか・・」
「おれに毒は効かん」
「ええと・・・沢山の矢をいっぺんに降らせるとか」
「そんなものが当たるか」
「ですよね・・・人質をとって動けなくするしか無いですね」
「シンノ、シンノの母親、弟と妹・・4人を人質にしての交渉かな?樹海でなく、遠く離れたカルタナを指定したのも、うっかり人質救出でもされると困るからじゃないか?」
「でも・・わたしは、弟や妹の住んでいる場所を知ってますよ?」
「救出しなければいけないほどの状態じゃないのか?」
「普通に遊んでました」
「・・母親の方は?」
「居場所が分からないんです。誰も教えてくれなくて・・」
「もし見付けたらどうする?」
「え・・と、本当は一緒に暮らしたいです。でも、もしかしたら、弟達は今のままの方が良いかもしれません」
「クドウさんの視た感じとはずいぶんと違うな」
「闇の民の長老衆は・・ちょっと怖い感じですけど、仙狐になったわたしにとっては、もう・・普通のお爺さん達です」
「義理の父親は?」
「う~ん、意地悪だし、悪い事はいっぱい考えつく人ですけど、魔法も弓もあんまりですよ?」
「ふうん」
トリアンは首を傾げた。
どうやっても、クドウの視たような悪い事態にはなりそうもない。と言うより、今の登場人物がどれだけ頑張っても出来ない。
「別の奴が絡んでいるということか」
「別の?」
「おれやシンノを殺せるくらいの存在が味方に出来たか・・そいつらに唆されたか」
「でもでも・・・わたし、もう仙狐ですよ?妖魔さんにとっては価値が無いそうですし・・」
「戦力として・・かな?」
「わたしに、どこかと戦争しろと?」
「・・それにしては、穴だらけな方法だな・・むしろ、敵に回しそうだ」
トリアンは腕組みをして低く唸った。
横で、シンノも腕組みをしてみる。
「ん・・そう言えば、実家が苦境に立たされてるとか、クドウさんが言ってたよな?」
「はい。それで、戻らなきゃって思ったんです。ほとんどの騒ぎが、わたし絡みですし・・戻ったら収まるような事が多いんですけど・・・すぐに、またわたしが原因の争い事が起きるんです」
「ふうん・・おまえのような銀毛をした狐人は少ないのか?」
「今は、わたし一人みたいですよ」
「昔は居たのか?」
「妖狐になった人がいたみたいです」
「クドウさんが言ってたやつか」
「闇の人や夜の人は、妖狐になって欲しかったみたいですけど・・・わたし、仙狐になっちゃいましたしねぇ」
「闇の民というのは、妖魔に親しいのか?」
「どうなんでしょう?ほとんど、一緒に居なかったから分かりません。でも、毒とか呪いとか・・魔法も、そういうのが多かったです」
「ふうん」
トリアンは、通路を挟んで対面側に座って沈黙を保っている影衆の女達を見た。
「裏で起きることは闇から闇というのが了解事項だ」
「捉えますか?」
影衆の女がトリアンの眼を見る。
「いや、狩ってくれ。三人で一人・・一体を狩れ。呪術や薬物で人外になっている可能性もあるからな」
「承知」
三人の影衆が双眸を昏く底光りさせて首肯した。
トリアンは筋骨逞しい戦士達を見た。
「町の外でおれ達を降ろしたら、全速力でルナトゥーラに戻れ。サイリの心遣いは嬉しいが、戦士は1人でも欲しい時だ。おれは、ルナトゥーラを護るためにおまえ達を鍛えた」
「・・随伴、叶いませぬか?」
無念そうに戦士達が俯く。
「あちらへ行く時には連れて行こう」
「カイナードに・・?」
戦士達が弾かれたように顔を上げた。
「どちらにせよ、しっかりと話し合いをしなくてはならないだろう?」
トリアンが小さく笑った。
(・・・ですよねぇ)
シンノは師匠の危険な笑みを横目に視線を泳がせた。
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