第25話 コール・ファミリア
「そろそろね・・・召喚魔法が始まっちゃいそうだわ」
クドウが、ふと真剣な表情で呟いた。
「おねぇちゃん?」
シンノが心配そうに見上げる。
「うふふ、シンノちゃんは、お姉ちゃんと女の修行だぞ」
「おんなの?」
「男の子には秘密の、女だけの内緒の修行をやるのだよ。立派なレディになるために!」
クドウがシンノの肩を掴んで適当な方向を指さした。
「う、うん・・しゅぎょう、がんばる」
「その意気だぞ。このわたしが、どこに出しても恥ずかしくない超レディに仕上げてみせる。しっかりついてくるのだ」
「はい!」
シンノが真剣な眼差しで拳を握りしめた。
トリアンは不安顔で銀毛の狐っ子を見やった。どうも、ろくでもない事ばかり覚えそうで怖い。
「さて、女の約束が出来たところで、そろそろトリアン君の送還をやろうかねぇ」
クドウが畳んだ扇子で自分の肩を叩きながら、その視線を何も無い宙空へ巡らせた。
「ろくでもない事をやってる奴ってのは、付き合ってる筋も、ろくでも無いんかねぇ」
「おねえちゃん」
シンノの耳が小刻みに慄え、銀毛の尻尾がやや萎んでしまっている。
「可愛い子がそんな顔しない。向こうの召喚魔法の発動と同時にトリアンちゃんが消えるからね、ちゃちゃっとお別れしておきなさい」
クドウがトリアンに向かって片目をつむって見せると、あまぎがどうのと、奇妙な鼻歌を吟じながら屋敷に向かって歩いていった。灰狼人の長が後ろを護るようについて行く。
「ししょう・・」
シンノがトリアンを見上げた。握りしめた小さな拳が上衣の裾を掴んで震えている。
トリアンは地面に片膝を着いて、逆にシンノを見上げるようにして見つめた。
「長くても・・まあ、4年・・いや5年かな。クドウさんの依頼を受けてみるよ。どうやら、それが必要らしい」
「また会える?」
シンノが縋り付くような紅瞳で見上げたまま答えた。
「5年経つと、おまえは何歳だ?」
「ん・・12」
「おれは17歳くらいだな」
「ししょう・・会いに来てくれる?」
「ああ、一度は必ず行く」
トリアンは目元を和ませつつ立ち上がった。
「もう行け。クドウさんが待ってる」
「・・うん」
シンノが俯いて唇を噛んだのも一瞬、トリアンにしがみつくように抱きついてから、すぐに身を翻して屋敷めがけて矢のように走り去って行った。
ふわふわした銀毛の尻尾が見えなくなるまで見送ったまま、トリアンは所在なさげに立っていた。
わずかな時を一緒に生活しただけだったが情が移ってしまったらしい。得も言われぬ寂しさが腹腔の辺りに頼りなく淀んでいた。
(あいつ・・泣いてたな)
小さな手で握りしめられた腰の辺りを擦りつつ、足下へ視線を落として小さく息を吐いて、トリアンはちらと空を見上げた。巨大な樹木の梢がさわさわと音を立てて揺れている。
どうやら、召喚魔法とやらが始まったらしい。
トリアンの周囲を、淡い光のようなものが包み始めていた。
(指輪と腕輪・・)
トリアンは、クドウが準備した魔導具を確かめた。3つの指輪と両手首に一つずつの腕輪、ネックレス、すべてが"隷属除け"と"ステータス偽装"をする魔道具らしい。
クドウが言うには、召喚してすぐ隷属の魔法や魔道具による拘束が行われるらしい。天人には効かないらしいが、念のためだと持たされた。
強い力を持った者を召喚したのは良いが、従わせる方法が無いのでは意味がない。野放しで、敵対でもされたら目も当てられないから、色々と手段を講じるのだろう。
(飲むな、食べるな、身につけるな・・だったな)
クドウの時は、飲み物に睡眠薬が入れてあり、眠っている間に隷属の首輪をはめられたそうだ。
召喚という名の誘拐である。
状況を把握できるまで全ての事柄に気を許すなと念を押された。
クドウの推論になるが、異世界に行ってみたいと思っている者の思念を嗅ぎつけるようにして召喚の糸がつながってゆくらしく、基本的には思春期前後の若者が多いらしい。
(召喚されると技能を得られるというのは本当かな・・・)
だれが、どうやって技能を与えるというのか。
召喚する側にそれを与える力があるのなら、わざわざ召喚などする必要は無くなるし、召喚される側にはそんな力は無いはずだ。
ならば、誰がどうやって与えるというのか。
(・・まあ、体験してみれば判ることだ)
クドウの狙いも、トリアンを遠ざけるついでに、召喚に関する自分の理論を実証してみたいといったところだろう。もちろん、そこには善意も含まれている。シンノを妖狐にしたくないという思いは本物だろう。
どうなるのか分からないが・・。
(どうせ、考えても分からないからな)
トリアンは光に包まれながら、ちらと屋敷の方を見た。
銀毛の子狐が窓から覗いていた気がした。
次の瞬間、周囲の景色が消え去った。
いよいよ、何処かへ召喚されるらしかった。
真っ暗な水底へ引き込まれるような異様な感覚に耐えつつ、流れ去る魔導の渦を眼で追う。おそらくは、トリアンにしか体験できないだろう瞬間を、一瞬たりとも見逃さないように飛びそうな意識を保っていた。
(なんだ、これ?)
時折、白い球体がふよふよと漂うようにして周囲を過ぎ去って行く。
下から上へ。
小さな物から大きな物まである。白い球体が動いているのか、トリアンが動いているのか分からない。
ぽつりぽつりと下方から現れる球に手を伸ばすと、風で舞って逃れるように遠ざかって過ぎる。
(ふうん?)
足下の方に光が見えてきた。
どうやら終点らしい。
(さて・・どうなるかな)
純白の閃光を浴びながら、光のただ中へと突っ込んだ。
(なんか・・違う?)
トリアンは、召喚された場所で身構えたまま周囲を見回した。
そこは、変な場所だった。
石床の上、つるりとして継ぎ目の無い平らな床の上に、液体が浮かんでいた。濃い赤色をした水の球だ。
他に気配は無い。
「スイレン、居るか?」
『主様?』
「・・剣を出してくれ」
『お選び下さい』
トリアンの眼の前に、淡い光りに包まれた5本の剣が浮かび上がった。
トリアンは、飾り気の無い長剣を選んで柄を握った。残る4本が消えて行った。
(なんだ、これ?)
ふわふわと輪郭の揺れる液体らしき玉は床から1メートルほどの高さに浮かんでいる。ゴルフボールくらいの大きさだった。
しゃぼんの玉のように、ふよふよと表面が危うく揺らいでいるが、どことなく重たい気配を感じさせる。
トリアンは、剣を片手に握ったまま、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。どこまで続いているのか分からない、真っ平らな石の床が広がっていた。広すぎて、円形なのか、長方形なのかすら分からない。
トリアンが感知できる範囲には、他に動く物は居ないようだった。
なおもしばらく辺りの気配を探ってから、トリアンはゆっくりと宙に浮かんだ球へと近づいて行った。
(泉・・湧水?)
ちょうど球の下、鏡のように磨かれた石床の上に緻密な模様が円形の帯状に描かれ、中央部が窪んで透明な液体が満たされていた。
トリアンは収納させていた白銀製のティーカップを取り出した。
直接触るのが躊躇われたのだ。
そっとティーカップを伸ばして宙に浮かんだ液体の球を掬ってみる。小さく、ぴりっとした痛みが手から全身に伝わって痙攣させられたが、我慢できないほどではない。カップを戻すと、ちゃんと液体が掬えていた。赤ワインのような液体が白銀の椀に溜まっている。不思議な事だが、水よりかなり重たかった。カップにズシリとした重みを感じる。
軽く臭いを確かめたが無臭だ。舌先でちょっと触れてみた。
(・・甘い)
砂糖の甘味ではなく、花蜜のような鼻腔へ抜ける甘さであった。しばらく舌先の感じを確かめてから、ティーカップを傾けて口に含んでみた。すっと揮発してゆくような感触である。
(どうも飲んだ気がしない)
美味しいが、調理に使えるような水ではない。
(他には何か無いのか?)
召喚された場所に、誰も居ないとか予想外である。
トリアンは魔法の照明を打ち上げる魔導具を取り出した。魔法を使えないトリアンのために、クドウが持たせてくれた魔道具の一つで、わずか30秒ほどだが真白い光の玉を杖を向けた方向に飛ばすことができる。信号弾のような魔道具だった。
闇を見通せる"素敵な瞳"をしているはずなのだが、この辺りの闇が深すぎるのか、遠くまでは見渡せなかった。異質な闇であることは確かだ。何か魔法の効果を宿した闇なのかもしれない。
まずは真横へ向けて照明玉を飛ばした。
短い閃光と共に、真っ白に輝く拳大の光玉が飛んで行き果てしなく続く石床を照らし出す。明かりが消えるまで見届けて、
(上は・・?)
もう一発、今度は頭上の闇へと打ち上げた。
(う・・)
一瞬、身が竦んだ。
光玉が照らし出した十数秒間、頭上に描き出されたのは死骸であった。
ありえないほどに巨大な生き物の死骸が、螺旋にねじれた杭を無数に打ち込まれ、太い茨のような棘のある鎖で吊されていた。
反射的に身構えながら、トリアンは乱れた呼吸を落ち着けた。これほど肝を冷やしたのは久しぶりだ。
(魔物・・死骸なのか?)
少し息を潜めるようにしていたが、動き出す気配は感じられない。
トリアンは、もう一度頭上めがけて光玉を放った。
今度は覚悟をして、最初から最後まで注意深く観察した。
距離にして三百メートル足らずの上方に、全長が八十メートル近い魔物の死骸があった。二足歩行らしき怪物である。やたらに脚が長く、胎盤らしき形もあり、尻尾を思わせる長い骨が伸びている。腕らしき骨は左右にあるが、左腕にあたる骨は途中で失われていた。肋骨のような骨の奥には、幾本もの杭で刺し貫かれた半透明な塊がある。首を繋ぐ骨の上には頭蓋骨があったが、いわゆる眼孔は前頭葉中央に一つのみ。
(一つ目?・・角みたいなのもあるな)
頭蓋の額辺り、左右に小さな円錐状の突起があった。
幻覚を見ているので無ければ、一つ目で、長い尻尾のある、身長八十メートルほどの巨人という事になる。
(化石なんかじゃない)
頭上に吊されている死骸は、死にたての生気と言うのだろうか、生々しい生き物の気配が色濃く残っているように感じられた。
(これと無関係ということは・・・無いか)
トリアンは、ティーカップの底にわずかに残っている紅水を見た。
(え・・?)
ついでに残りを飲み干そうとして、トリアンはティーカップを傾けたまま動きを止めた。
何かが居た。
いきなりの事である。
唐突に、トリアンのすぐ横の辺りに何かが出現していた。
先ほどまで、何も居なかったはずの場所である。
手を伸ばせば届きそうなほど近くで、大きな何かが荒い呼吸を繰り返していた。あまりにも突然の出現だった。何の前触れも感じられなかった。
トリアンは、ゆっくりと眼と顔を向けた。
(・・う)
そこに巨大な顔が浮かんでいた。のっぺりとして男とも女とも判らない。髪も眉も無い。皮を剥いた冬瓜のような濡れた白い皮膚に、眼の形に穴が開いたお面のような顔があった。鼻は無く、ただ口だけが大きく裂け開いて、粘る液が糸を引いて滴っている。大きな顔だけが浮かんでいた。首も、胴も見当たらない。
トリアンは、口中の紅水をゆっくりと嚥下した。
ごくりと喉を鳴らす音がやけに大きく聞こえる。
巨顔の空虚な眼窩と見つめ合ったまま、カップを上方へと放り投げた。巨顔がわずかに動いて白銀のティーカップを見やる。その間に、長剣の鞘を払って構えると、周囲へ素早く視線を配った。
他には何も居ない。
この顔の化け物だけだ。
乾いた金属音を鳴らして、ティーカップが石床に落ちて転がった。
じっとカップの様子を眺めていた巨顔が、ゆっくりとトリアンを振り返った。
縦に長い、人の顔を模したような巨顔が、上下に割れたかと錯覚するほどに口を開けた途端、半透明の物が口中から伸びて襲ってきた。
トリアンは長剣を細剣のように片手で操って打ち払いつつ斜め前へと踏み込んで、それを回避していた。ちりちりと耳元を焼く熱を持った何かが耳の横を走り抜け、湿った打撃音と共に先ほどまで立っていた床が叩き割られた。
走る。
勘だけで、右へ跳んで床へ転がる。よく見えないが、凶暴な擦過音を残して何かが通過してゆく。
トリアンは長剣で刺突を繰り出した。
狙い違わず巨顔に当たる。硬い手応えが返り、半分近く食い込んだ程度だったが、それでも、突きながら走り、走りながら突いて回った。
どう効いたかは不明だが、口から伸びてきた半透明だった物がミミズのように赤黒く色づいて石床をのたうっていた。斬り飛ばした巨大な管が黒い油のような体液を撒き散らす。
巨顔が斜め上を向いたまま動きを止めた。口が斜め上方に向かって大きく開かれている。
トリアンは手製の毒瓶と麻痺毒瓶を連続して下手投げに放った。綺麗な放物線を描いて巨顔の口へと消えて行く。
何の音もしなかった。
(効かないか・・?)
一瞬、そう思ったが、
(・・いや)
熱い気配のようなものが悶えた。空気がひりひりと震えている。トリアンは巨顔の口から噴き漏れる悲鳴のような震動を頼りに走った。ほとんどのぞき込むようにして、巨顔の口中に淀む闇に向かって逆手に握った長剣を投擲した。
直後に、
(・・!?)
トリアンがしゃがむように姿勢を低くした頭上を、大気の渦が掠めて抜けていった。
(う・・!?)
トリアンは、頭上の闇へ視線を巡らせた。
そこに、人が浮かんでいた。
黒い頭巾のついた外套を纏った細身の人影である。頭巾の下には、白い仮面が覗いていた。トリアンと変わらぬ子供のような大きさだ。
(剣を・・)
トリアンの思念に応えて長剣の柄が目の前に現れた。
聞き慣れない異国の言葉を発して、仮面の女が外套を翻すようにして白い繊手を振った。
硬い石床をえぐり取るように突風が巻き起こって奔ったが、そこにトリアンの姿は無い。側面に回り込むように駆け抜けながら抜き放った長剣で斬りつけている。女が手のひらをかざすようにすると、女の手元で長剣が不可視の壁に当たって止められた。
(鉄板程度か・・)
斬りつけた感触でおおよその硬さに見当をつける。
トリアンは右へ左へ素早く走って位置を変えながら斬りつけた。同じように女のかざす手元で、すべての斬撃が防がれた。
トリアンは魔導具で白色の照明玉を放った。
一瞬、目がくらむ閃光が辺りを包む。その間に、位置を変えてトリアンは長剣を投げた。
嘲るように嗤った女の頭上近くに、毒瓶と酸瓶がふわりと浮かび上がって液体をまき散らす。
直後に、長剣が恐ろしい勢いで女を襲った。咄嗟に防ぎ止めようとしたが、不可視の壁が間に合わずに長剣が女の胸を貫いて柄元まで刺さる。無防備になった女めがけて、毒と酸がまともに降り注いだ。
「がっ・・あ」
苦鳴をあげて女が身を折った。
トリアンの手元に別の長剣が握られた。
一気に迫ると、一呼吸で仮面を打ち砕き、肩や胸を貫いて駆け抜ける。
防ぎ止めようとする不可視の壁ごと叩き切っていた。だが、剣の方も歪みがでている。
黒衣の人影が泳ぐように手足を動かして地面に落下してきた。そのまま、地面に浸みるようにして姿を消していった。
(消えた?)
トリアンは両足を撓めたまま周囲へ視線を配った。
消えた黒衣の女を捜して足下から上空まで視線を忙しく巡らせるがどこにも見当たらない。
トリアンは頭上を見回してから、あらためて巨大な顔に視線を向けた。ミミズのような管は床上で動かなくなっている。生死は分からないが、動きは止まっているようだった。
(さて・・)
襲ってきたから斃したが、これが何なのか、まったく分からない。
先ほどの消えた黒衣の女も同様に、訳が分からない状況だった。
トリアンは頭上の闇を見上げた。魔導具で白光玉を打ち上げてみると、磔の巨人が先ほどより遠く離れている。もう、5百メートル以上の距離になっているだろう。
(・・だれか、何でも良いから説明してくれないか)
トリアンは嘆息しながら巨人に狙いを定めて長剣を投げ放った。狙うなら眉間の眼窩だろうか。
とても人の手で投げられたとは思えない長剣が衝撃波と共に巨人の頭骨に命中する。狙い通りに眼窩に命中した。
(・・嘘だろ)
綺麗に弾かれて脇へ抜けていった。わずかな擦り傷すら与えていない。
列車砲でも出そうかと考えたが、ふと表情を改めた。
(何か来たな・・)
トリアンは緊張しながら周囲の気配を探った。
「スイレン、幻体は任せる」
『承知しました』
トリアンは小さく呟いて後ろを振り返った。
視線の先で、石床から染み出るようにして黒い影が持ち上がってゆく。
出現したのは、先程の黒衣の人影と同様の格好をした仮面の者達である。
ざっと500名近く。
闇に浮かび上がるような白い仮面をトリアンに向けて、ぐるりと周囲を取り囲んでいた。
「お前たちが、おれを召喚したのか?」
トリアンは声を掛けてみた。
どうせ返事など返らない。
そう思ったが、
「・・土着の忌み子よ」
思いがけず、返事が返った。
大勢の仮面達を左右へ別けて、ぼろぼろの黒衣を纏ったような骸骨が姿を見せた。背丈が3メートル近くもある骸骨で、額の中央に白い角が生えていた。大ぶりな鎌を片手に握っている様子はどう見ても死神である。
「異神の呪いに汚れた子供よ・・我らが宿願を妨げた罪は重い」
「宿願?」
トリアンは剣を抜いた。
「哀れな忌み子の永遠の死をもって償いとしよう」
骸骨の窪んだ眼窩が青白く輝いた。
「・・なんだ?」
トリアンは身構えながら視線を左右した。
特に何も変わった感じはしない。
「・・即死の呪が効かぬ?」
骸骨が何やら呟いている。
(即死?・・呪?)
トリアンの背筋が冷えた。
即座に、間合いを詰めて剣で斬りつけた。
「・・あ?」
当たったはずの剣から一瞬で手応えが消え去った。見ると、剣の中程から先が砂のような粒になって崩れていた。
(・・面倒そうだな)
トリアンは、酸の瓶を取り出して投げつけてみた。
(は・・?)
瓶はともかく、液体の酸までが乾いた砂粒と化して消えて行った。
いくらなんでも、それはおかしい。
思わず声を上げそうになったトリアンを、横殴りの黒風が襲った。
咄嗟に身を沈め、さらに後方へ跳んで距離を取る。
頭上を過ぎ去ったのは、大鎌の刃だった。
骨のくせに動きが速い。
トリアンは、半分になった剣で斬りかかった。骸骨にでは無い。周囲を取り囲む黒衣に仮面を付けた集団めがけてだ。
こちらは、斬り斃すことが出来た。
死んでいるかどうかは分からないが、とにかく床の染みになって消えていった。
(それなら・・)
まず斃せる相手から狙うべきだろう。
骸骨の大鎌を躱して、黒衣の仮面達を斬る。仮面達も目に見えない魔法らしきもので攻撃をしてくる。
とにかく走って骸骨から逃れ、仮面達の魔法を回避しながら剣で斬り斃す。
出来ることからやるしかない。
骸骨の方も、大鎌を振り回すだけでは無く、即死がどうとか言っていた魔法を繰り返し、さらに黒い色をした異様な炎を放って攻撃してくる。
おかげで、一瞬たりとも足を止められない。
懸命に場所を移しながらの戦闘になった。
(・・どうするかな)
うんざりしながら、仮面達を蹴散らす。
同士討ちを避けるためだろう、包囲した仮面達も全力で魔法を撃っている感じでは無い。ぎりぎりだが、それなりに安全地帯は発生している。無論、骸骨はそこを狙って攻撃してくるが・・。
(あれか・・神光とかなら何とかなるのか?)
ちらと、自分の身体情報を確認する。
特殊技能の欄に、
・神光:Lv1 という技能がある。
(効果はよく分からないが・・)
蹴るか殴るか、とにかく、あの骸骨に体を触れなければ効果を試せない。
神光に期待するほどの効果が無ければ、触れた手を砂にされるかもしれない。
ちらと右手を見た。
意識すれば、神光というものを纏うことが出来そうだ。
(どうせ賭けになるなら、一撃でやれる場所を狙いたいが・・)
大鎌を振り上げる骸骨を見ながら、トリアンは滑るように位置を移して鎌と黒炎を回避した。先ほどから黒炎が範囲や発動の速度を変えて襲ってくる。骸骨の方も、それほど余裕がある感じでは無い。
呪いを主体にした魔法が多いのかもしれない。
呪いの効かないトリアンを相手にして、苛立っているのは骸骨も同じなのだろう。
(周りの仮面が邪魔だが・・・そろそろか)
やや大ぶりになってきた大鎌のブレに気づき、トリアンは覚悟を決めた。
(ん・・もしかして?)
トリアンは、ふと思いついて骸骨を指さした。
「おまえに、決闘を申し込む!」
宣言に遅れること数秒で、光る鎖が伸びて宙空で繋がった。"DUEL"の文字が点滅して消える。骸骨が決闘を受けてくれたらしい。
"HP/MP/SP boost +550"
「さあ、やろうか」
邪魔の入らない一対一の戦いだ。
"relative - chain +3"
「・・はぁ?」
トリアンは思わず間の抜けた声をあげた。
正面に立っている黒いボロ衣の骸骨とトリアンの間に決闘の鎖が結ばれている。
そこまでは良い。
その鎖が骸骨を中心に放射状に3本伸びて行ったのだ。
(骨、骨、骨・・)
黒いボロ衣を纏った骸骨ばかりが床から大樹でも生えるようにして出現していた。
すべて黒いボロ衣を纏った大きな骸骨だった。
腕が8本もある奴も居たし、長い尻尾がある奴や、白い霧のようなものを纏って空を浮遊し続ける奴も居た。
(これ・・まさか、同時に来るのか?)
確かに、決闘だからと言って一対一とは決まっていないのだろう。
しかし、いくら何でも4対1というのは・・。
(面倒な事になった)
トリアンは嘆息しながら剣を捨てて両手の拳を固めた。
"add the relative - chain +15"
「アッド・・て・・追加?・・は?」
"add the relative - chain +75"
"add the relative - chain +375"
"add the relative - chain +1,875"
"add the relative - chain +9,375"
"add the relative - chain +46,875"
"add the relative - chain +234,375"
"add the relative - chain +1,171,875"
"add the relative - chain +5,859,375"
"add the relative - chain +29,296,875"
"add the relative - chain +146,484,375"
"add the relative - chain +732,421,875"
"add the relative - chain +3,662,109,375"
"add the relative - chain +18,310,546,875"
"add the relative - chain +91,552,734,375"
"add the relative - chain +457,763,671,875"
・
・
・
・
樹海の巨樹のように乱立するボロ衣の骸骨達・・・。
いずれも、身の丈が3メートルから5メートル。中には二足歩行をやめた個体も混じっている。
(・・罠か・・決闘システムとか罠だろ。これって、おかしいだろ?)
内心では全力で狼狽しながら、あくまで無表情に尊大に骸骨達を眺めている。
トリアン・カルーサス、生誕以来、最大の危機に陥っていた。
(こいつら相手に、ステゴロ?いや、こいつらって何で増えた?何億いるんだ?・・って言うか、どうすんだ、これ・・)
心の中で狼狽え騒ぎながら、トリアンは平然とした面持ちで両手の拳を軽く握って正面の骸骨巨人めがけて足を踏み出した。
(・・シンノ、すまん)
永久とも思える長い死闘の始まりだった。
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