外伝Ⅰ第3話「國鉄線内、出発進行」

『まもなく、砂川、砂川です。砂川駅から進行方向が変わります。また、砂川駅では乗務員の交代を行いますため、4分程停車いたします。砂川駅の発車は17時51分です』


車内放送の音で目が覚めた。上砂川辺りから記憶が途切れている。10分程寝ていたのだろうか。

気が付くと列車は道央自動車道を潜り、北吉野駅を通過していた。駅周辺は整地され、少し遠くには道央自動車道に並行するように真新しい橋脚が建ち始めている。宗谷新幹線の中でも先行開業が予定されている札幌~旭川間の工事らしい。「税金の無駄遣いだ」としばしば言われる整備新幹線計画の中でも、特に無駄遣いと呼ばれている宗谷新幹線。国防上の理由で政府は推し進めているが、後々國鉄に押し付けられるのは間違いなく、一介の國鉄職員の長崎としても複雑な心境になる。


列車は減速を始め、線路を軋ませながら砂川駅手前の連絡線を渡っていく。広大な砂川駅のヤードには無数の石炭貨車が止まっている。空知炭田で採れた石炭はこうしてヤードを経由して、各地の港や発電所へと運ばれていくのだろう。


砂川駅は3面5線の駅だ。國鉄の駅舎から順に函館本線の1、2番線、空知中央交通歌志内線の3番線、広いヤードを超える跨線橋を渡った先が砂川鉄道の4、5番線だ。「フラノラベンダーエクスプレス」は、札幌方面へと繋がる4番線に停車する。先ほどのアナウンス通り、ここでスイッチバックをするために4分間の停車だ。砂川鉄道と國鉄の乗務員が交代し、今まで最後部だった3号車に運転士が乗り込む。

ふと窓の外に目をやると、先ほどの改札前で揉めた金髪が一人で運転台側の先頭部へと歩いて行った。連れの女はどうしたんだろうか。少し違和感を感じていると、前の座席から声を掛けられる。


 「座席回していいかね」


 声をかけてきたのは白髪の老紳士だ。前の座席には仲の良さそうな老夫婦が、座っていたらしい。


 「あ、申し訳ございません。すぐこちらも向きを変えますので」


「申し訳ないですねぇ、主人は逆向きだと乗り物酔いしてしまうので」


 奥様の方から謝られたが、むしろ悪いのはこっちだ。慌てて座席の向きを変える。こういう前後の乗客のコミュニケーションも、スイッチバック駅らしい風景だ。


発車を知らせるベルが車外からかすかに聞こえてくる。17時51分、フラノラベンダーエクスプレス4号は札幌駅へ向け3号車を先頭に走り始めた。砂川駅を出発すると、ポイントをいくつも渡る振動が車内を揺さぶる。そして、車窓には大きな扇形機関庫が見え始めた。あれはかつて蒸気機関車が走っていた頃の國鉄の機関庫だ。現在は砂川鉄道が車庫としてそのまま使用していると聞く。


 テロテロリン、テロ、テロリン、テロリンテロテロリン


 國鉄線内に入ったためか、気動車特急の車内放送を告げるアルプスの牧場のメロディーが鳴る。


 『本日も國鉄線をご利用していただきましてありがとうございます。この列車はフラノラベンダーエクスプレス4号、札幌行きです。途中、岩見沢には18時15分、終着、札幌には18時50分となります。砂川駅より乗務員が代わりまして、運転士は加世田、車掌は私、新町がお客様をご案内いたします。次は岩見沢に停まります……ダンッ……ガチャ』


 放送の最後、乱暴に扉を開くような音がスピーカー越しに聞こえた気がした。嫌な予感がする。長崎はふいに立ち上がり、車掌のいる1号車へと駆け出した。

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