第3話 手ほどき 1
後宮の女たちは退屈していた。
王のお見えがここ
乾季が終わり雨季を迎え緑萌えたつ季節が巡り来たというのに、王は毎日同じく同盟関係にある近隣諸国の大使や使者と額をあわせて何事かを話し合ってばかりという。
潤う肌に磨きをかけ、美しさで王の寵愛を競いあっていた女たちから張り合いが失われていた。
妃や姫たちは退屈な日々に倦み、目新しいものを欲しがった。渡りの軽業師、珍しい物語を聞かせる吟遊詩人、遠国の菓子に花。きらめく美しい細工もの、聴きあきた歌ではなく新しい歌。
一の妃の部屋へ何度か呼ばれて新しい歌を求められたが、わたしは歌えなかった。
歌いようがなかった、というのが正しいのだけれど。
苦し紛れになじみの曲を弾いては、妃たちの退屈した顔を拝む羽目になるのだった。
わたしに何ができるというのだろう。
東の姫の部屋へ押しかけることなどできるはずもない。ただ耳の底に残る姫の歌をなんどもなぞり、ウードをつま弾く。
師匠から、耳の良さだけは褒められたわたしだ。だからといって、一度聞いたきりで歌をすべて覚えられるわけがない。
静まり返った後宮に、王宮へと訪れた隣国の使者たちの足音がかすかに響くばかり。
いつの間にか王宮の片隅に営舎が造られ、見慣れぬ風体の者たちが住まうようになった。ぼさぼさの髪に鍛えた体を見せつけるように半裸でうろつき、時おり下卑た大声や言い争う声が聞こえる。正規の兵士たちとはちがうがさつさに、大きな音がするたび、女たちは肩をすくめ身をよせ合い、幼い王子王女は乳母の胸に顔をうずめる。
姫はお元気だろうか。表情に乏しい姫がウードを弾き終えたときの笑みが忘れられない。
また呼んでいただけないだろうか。そしてあの歌を聞かせては、くれないだろうか。
ただ、わたしは密かに確信していた。あれほどの歌い手が歌うことや楽器を弾くことを我慢できないだろうと。
おそらく姫は長い間、耐えておいでだったろう。他の楽士が呼ばれたとは聞かない。歌のことは、あまり知られたくはないのだと感じた。
ならば、またわたしに声がかかるはずだ。
その時が来るのを待つしかない。
もう一度会えたなら、わたしには、姫に請い願うことと、確かめたいことがそれぞれ一つずつあった。
後宮の妃や姫ぎみたちを慰めるために、回廊や窓辺には花が壺に活けられ飾られている。わたしは大輪の赤い花に隠れるようにしてある小さな白い花に姫の姿を重ねた。控え目で目立ちはしない。けれどよく目を凝らせば微小な花弁が重なりあい、美しいものだと気づく。神はけっして手を抜きはしないのだ。
焦がれるように待ち続け、
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