9話 不可抗力のはず

 上半身を起こすだけでクラクラする。さっきの怪我のせいで、大量の血を流してしまったからだ。どう考えてもあれは出血性ショックものだったと思うが、魔法をかけてもらった後はすごく楽になった。魔法というものは、ここまですごいものなのか。と感心した。


 特に、出血性ショックの症状をただのめまいにまで抑えるところにはビックリした。普通なら、脈が弱くなって早くなったり、血圧低下による体温低下なども起こるが、それを単なる貧血までに回復させたのだ。


 「大丈夫ですか。早速ですが、何故アレガミに襲われていたのですか。アレガミは鈍感なので、隠れていればすぐ撒けたと思いますが」


 「……子どもがいたんです。その子を庇って襲われてました」


 「そういう事ですか。人助けはいい事ですが、あまり自分の命も無駄にはしないで下さい。」


 「ぼくがあの時庇っていなかったら、今頃あの子は殺されてましたよ!」


 「じゃあせめて私たちの誰かを連れて行けば良かったじゃないですか!今回はあなたが悪いです」


 何も言い返せなかった。反論する為の言葉がもう無い。


 「……すみませんでした。今後、こんな事が無いようにします」


 「分かりました。……実は、その子は保護しました。帰還時、ガルートさんが見つけてくれたんです」


 「そうですか!良かった……」


 「では、私はまだ少しだけやる事があるので、失礼しますね」


 ルミナさんはそう言って部屋を出た。


 寝たまま窓の外を見ると、昨日と同じ大きな満月が見えた。昨日とは月の昇っている高さが低いから、まだそんな遅い時間ではないようだ。時計を見ればはやい話だが、その時計が部屋のどこを探しても見つからなかった。


 「……暇だな」


 する事がない。幼稚のように指遊びとかをしてみたが、一瞬で飽きてしまった。


 そういえば、昨日から風呂に入っていない。中学生の時、学校では『清潔のひーくん』という二つ名を持ってて有名だった。なので、一日でも風呂に入っていないとなんだか気持ち悪い。しかも昼は走りっぱなしで汗もかいて髪がテカテカしている。こんな状態ではとてもではないが、ぐっすり眠れそうにない。

 ぼくは風呂を探すため、ベッドから起き上がった。めまいは引いていた。


 右脚にはあまり体重をかけられない為、ゆっくりと着実に左脚から床に着ける。

 そしてそのまま部屋を出た。


 廊下はとても静かだった。天井から吊り下がったシャンデリアが照らす廊下は、とても幻想的に思えた。

 「あ」と声を出してみる。しかし予想に反して声が反響する事は無かった。


 廊下を突き進む。どんだけ進んでも、やはり同じ景色ばかりだ。

 しばらく進んでいると、曲がり角に着いた。すると、突き当たりの部屋から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。


 「おいサイレン!今回はアレガミの魂を取ってくるって言ってたじゃないか!」女性の声だ。


 「そのつもりだったが、予想外の事態が起こってしまってね。爆発ごと魂が消し飛んでしまったんですよ」


 「ちっ……しっかりしてくれよ!アレガミの魂はもう底をついてきてる!このままじゃ研究が進められないっつーの」


 「だからすまなかったって。今度こそ採取してきます」


 「仕方ねーな!」


 こちらの方に足音が向かってくる。そして乱暴に扉が開けられた。その風圧で髪が舞った。


 「ん?あんた、誰?」


 初対面でこんな失敬な言葉を言われたのは初めてだ。しかしぼくはその事には触れずに、自己紹介をすることにした。


 「えと、ぼくはカミカゼヒロと言います。昨日この世界に来たばっかりですけど、よろしくお願いします」


 「あ、あんた例の召喚された人間か!アタシはルヴィー。よろしくな!」


 と言って右手を差し伸べた。ぼくはその手を握った。華奢きゃしゃな指。言葉が乱暴なので、少し男っぽい人だと見受けたが、やはり女のようだった。


 「じゃあね。ヒロ」


 彼女は笑顔でこの場を去っていった。なんだか面白い人だなと思っていると、横から声がした。


 「うちの助手がすまなかったね。お詫びするよ」


 「いえ、そんな。ユニークで良い人だと思いますが」


 「そうか。ところで、ここで何をしているんです?」


 「あの、お風呂を探していまして……」


 サイレンさんは人差し指でメガネをチョンと押した。


 「……その脚で風呂に入るつもりか?お湯に入って体を温めてしまうと血行が良くなって痛みがぶり返してしまうぞ」


 「大丈夫です。すぐ出るので」


 「はあ……そこをずっと真っ直ぐ行って二つ目の角を右に曲がって三つ目の扉だ。間違えないようにな。それと、部屋に戻るまでの仮の着替えが脱衣所に置いてある。風呂上がりはそれを着ろ」


 「ありがとうございます」


 ぼくは一礼して風呂場を目指した。

 サイレンさんはとてもミステリアスな人だ。会話をしている時も愛想が無い。さっきは研究がなんとかとかいう話もしていた。


 ぼくはああいった人ははっきり言って苦手。ぼくの事を考えて言ってくれているのだろうが、上から目線というのがどうも気にくわない。しかし彼はぼくの命の恩人だ。一度命を救ってもらっているのに、こちらから一方的に嫌うというのは人としてどうかと思う。なので、ぼくは彼の言動をこれからは素直に受け止める事にした。


 あれこれ考えていたらぼくはいつの間にか扉の前に立っていた。


 「ここが風呂場?これまたでかい扉だな」


 ぼくはその扉に手をかけた。見た目とは裏腹に、非力なぼくの力だけでも開けることが出来た。

 扉の先には、壁にたくさんの下駄箱が置いてある場所があった。この場所だけでも、ぼくの部屋の十倍近くの広さがある。

 所々に靴が置かれていたため、既に誰かが入っているという事がわかった。ぼくも下駄箱に靴を脱いで入れた。そして、その先にあったもう一つの扉を開けた。


 そこは脱衣所だった。脱衣所の床は杉で出来ていて、その自然の香りが鼻をいた。異世界なのに、和を感じさせる。


 衣類の重ねて置いてある棚の前に立つ。衣類の隣にあった裏返された籠をひっくり返し、その中に脱いだ服を入れていく。そしてタオルを取って股間部位を隠して、さらに奥にある扉に向かった。この先の浴場には、どれほどのキレイな景色があるのか……。そんな事を考えながら扉を手前に引いて開けた。


 すると、湯気がもくもくと押し寄せてきた。ぼくはそれを手で振り払ったが、何の意味も無かった。視界が真っ白で何も見えない。しばらく待っていると、煙が無くなってきた。扉を開けっ放しにしていたので、そこから逃げてくれたようだ。


 「……あの、寒いのでそこ閉めてもらえませんか?」


 「あ、すみません」


 ぼくは言われた通り扉を閉めた。


 「……って、え?」


 「へ?」


 目の前には、ルミナさんがいた。それだけではない。周りを見渡すと、キレイな景色ではなく、キレイな女の人達がいた。


 「キャーーー!!ヒロくん!?どうしてここにいるんですか!」


 「てめぇ……さっき会ったばっかしだが、ここで死んでもらおうか」横にいたルヴィーさんが怒りに満ちた顔でどこから出したのか分からないでかい槍を構えながら言った。


 「うわあーー!!すみませんすみません!」


 「謝っても遅い!ぶっ殺してやる!まさかこんな趣味があったとは……人は見かけで判断したらダメだな」


 「違います!本当に不可抗力なんです!」


 「死ねーーーー!!」


 話が通じてない。ここはとりあえず逃げるしかないようだ。

 ルヴィーさんは槍を思いっきり突いてきた。ぼくはそれを察して横に跳ぼうとしたが、タイルで脚が滑ってその場で転んでしまった。しかし、結果的には避けきれたようだ。


 「またですかヒロくん!手をどけて下さい!」


 「すみませんでした!」


 ぼくは触れていたぷにぷにから手を離し、そしてそのまま一目散に脱衣所への扉へスライディングした。確か、脱衣所側からは手前に引いて開けるタイプで、ぶち当たってしまえばそのまま脱衣所に入れるだろう。


 「てめぇ!逃げるのか!」


 狙い通り、脱衣所には突入出来たものの、床が浴場と同じタイルではなく、木だったのでスライディングのスピードが殺されてしまい、その反動で前に転げてしまった。


 「あでででで……」


 ぼくが頭をさすっていると、ルヴィーさんの槍が飛んできた。しかし、その飛んでいる槍よりも早く、ルミナさんがその槍を掴んだ。ルミナさんの体には大きなタオルが巻かれていて恥ずかしい部分は隠れていた。


 「ルヴィーさん!あまり調子に乗らないで下さい」


 と言ってルミナさんは槍を掴んでいた拳に力を入れた。すると、槍が光の粒となって消えた。どうやらただの気の塊だったようだ。


 「お?ルミナ、やる気かよ?」


 「違いますよ!これだけ謝ってるんです。本人もわざとやった訳ではないと思います!」


 「でもコイツ、あ……アタシの裸見た!絶対許せん!あと300回くらい殺す!」


 そんな無茶苦茶な事が出来るのかと思ったが、ルヴィーさんならやり兼ねない。


 「口で言っても分からないんですか。なら、ルヴィーさんのご希望通り、……やりますか?」


 「へへっ!最近のカミは弱くてつまらなかったからな!」


 「後悔しないで下さいよ」


 なにやらすごい事になってる。二人から気が溢れている。近くにいたら、巻き添えを食らってしまいそうだ。ぼくは隣の棚に隠れた。


 「ヒロ、てめぇは後だ。ルミナやってから殺してやる」


 「そんな事させませんから。ていうか、私はもうやっつけられている前提なんですか」


 「当たり前だ。アタシをなめてかかると本当に死ぬぜ」


 「その言葉、そっくり返します」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る