第31革 教えて、信子&八枷先生!
任務が与えられた訓練場を離れ、俺と八枷、そしてのぶねぇの三人は革命機構作戦指揮所、その横にある会議室へと訪れていた。革命科実習棟訓練場よりも更に低層の地下深く。
俺は信子と八枷によって作戦概要を詰め込まれていた。
居残り復習授業である。
いやだって、あの説明一回で全部理解してる奴とかいるのか!? って俺は思う。でも現実は非情だ。おそらく俺以外のあの場にいた全員が、あの一度きりの家康爺ちゃんとのぶねぇの説明を理解し記憶している。天閃学園に関わる人はみんな滅茶苦茶優秀なのだ。――いや、待てよ……宇野女さんだけは俺と同じく例外かもしれん。
「んじゃ、もう一度簡単に説明するわよ」
のぶねぇが呆れ顔をしつつも時間を割いてくれている。とても眠そうに目尻を何度も擦っていた。
「わたし達、革命機構の大本命――それは言うまでもないわ」
「首相暗殺……だろ?」
「そ。総一とハカセちゃん――あんた達二人がやる首相の暗殺が大本命。そして次、首相の席が空白に陥った混乱に乗じて侵略してくる他国への牽制と防衛。それから、これは可能性は低いけど、特区にある革命機構本部に対する攻撃への対応策――要は日本国内の武力保持勢力、在日米軍と自衛軍に対する抑えってとこね」
壁面モニターへ表示された地図をAIちゃんが指し示しつつ、信子の説明を補助する。
「侵略の防衛までやるんだな、自衛軍だけじゃダメなのか?」
「彼らだけでダメってわけじゃないけど……いい? 総一。
わたし達は間違いなく、この国にケンカを売るのよ。なにせ首相暗殺だもの。
それもレヴォルディオンのような兵器を用いた武力による、ね。
自衛軍が事態の収拾に当たることになるのは明白。それが原因で生じた綻びを、もし他国に突かれるような事があったら――それはわたし達の責任になる」
真面目な表情でのぶねぇが教えてくれる。俺が「よく分かったよ」と答えると、のぶねぇは「よろしい」と満足そうに笑った。
「まず他国からの侵略可能性が高い地域は主に3つ。九州南部の荒廃地域、そして九州北部から鳥取にかけての日本海側一帯、最後が北海道全域」
「太平洋側と、鳥取から青森にかけての日本海側はいいのかよ?」
質問すると、隣にいた八枷が答えた。
「太平洋側は除外して構わないのですよ。
敵性国が事前に我々の計画を察知できていたとしても、そちら側から大規模な戦力を投入することは困難ですからね。混乱に乗じ即応するという状況ならば、なおさら太平洋側への迅速な戦力投入は難しいでしょう」
のぶねぇが「そういうこと」と頷く。
「それと、鳥取から青森にかけての日本海側だけど……まぁあんたには説明する必要があるかもね。でも……うーん、場合によっては日本海側から特区に帰投して貰うプランもあるし……」
のぶねぇがぶつぶつ喋りながら考え込む。
しばらくして結論が出たのか顔を上げた。
「……その辺の日本海側は、わたし達の協力者が確保しているわ。だから心配いらないのよ」
歯切れが悪そうにのぶねぇが言う。
その理由こそ聞きたかったのだが、曖昧に濁されたところを鑑みるに、俺に伝えるべき情報ではないとのぶねぇは判断したのだろう。
合宿の件もある――俺としては一番詳細に聞きたかったのは日本海側の守りだ。
またイレギュラーが起こっては目も当てられないと思うのだが……。
「ご心配でしょうが、末端には知らなくても良いこともあるのですよ総一さん」
隣にいた八枷が淡々とした表情で、背伸びをしてぽんぽんと俺の肩を叩いてくる。けれど横目に見たその表情からは、面白がっているような様子が僅かに感じ取れた。
つか知らないの俺だけかよ。
「まぁ……皮肉にも超震災で多くの国土を失った日本は、守りやすいと言えば守りやすいのよね」
のぶねぇはそう言いながら視線を沖縄地方、四国地方へと向けた。
のぶねぇを補助するAIちゃんが沖縄地方を『Losted Area』という文字エフェクトを点滅させて点線で括った。かつてそこに存在した沖縄本島や尖閣諸島の位置が示される。
「四国は……あんなところに侵攻しようなんて思う馬鹿はいないわよたぶん……でも可能性が全くないとは言い切れないのよね、だから岡山に戦力を投入したのよ」
AIちゃんがレヴォルディオンを示す短縮表記を3つ、岡山県の川沿いにある山中へと表示させた。
「なんとか戦える14、15号機はともかく、7号機のエルフィちゃん達までおまけしてあげたんだから、四国への備えは万全と思いたいわ」
のぶねぇはそう言って胸の前で腕を組み説明を続ける。
俺はといえば、訓練場で二人と別れる前に交わした言葉を思い出していた。
“僕らは岡山に配備される事になりました”
“総一さんの健闘をお祈りしますわ!”
そう短く言葉を交わし、俺たちは短い間に育んだ友情を確かめるようにゆっくりと頷き合った。今度いつ会えるのかは分からない。けど、きっと二人とはまた会える気がする。
可能性の低いっていう四国への備えなんだし、心配はいらないよな。
「ちょっと、あんた聞いてんの?」
のぶねぇに鋭い声をかけられてはっとする。
「ごめん、もう一回頼む」
「はぁ……ほんとあんたは昔からこういうの苦手よね総一。
でもこればっかりはしっかり理解して覚えて貰わないと困るわ。そりゃAIちゃんやハカセちゃんに聞けば分かるのはそうだけど!
もし、あんた一人の考えに頼らなきゃならない――そんな考えたくもない状況になった時、覚えてないじゃ話にならないんだから!」
のぶねぇは真剣な表情で俺に渇を入れる。
単純暗記は苦手なんだなんて言い訳をして良い話じゃない。
それぐらい俺だって分かってる。なにより、のぶねぇの表情が本当に俺のことを案じて怒っている時の顔だからな。
ハカセが俺の隣で「直接脳に記憶させる方法がないわけではありませんが……実験的な手法なので出来れば取りたくない選択肢です」などと恐ろしいことを真顔で言っている。
そんな方法に頼らなくても良い様に努力するさ。
∬
AIちゃんによる視覚情報を含めたのぶねぇと八枷の懇切丁寧な説明のおかげか、俺はなんとか作戦概要を頭に入れることができていた。二人は疲れ果てて椅子に深く座り込む。
そして最後のテストとして、信子とハカセによる質疑が始まる。
「――んじゃ、今回の作戦に配備されているレヴォルディオンの数は?」
空調は入っているのだが、暑いのか書類の束で仰ぎながら信子が聞く。
「15機」
なんなく答えるとAIちゃんが正解を祝うように○エフェクトをモニターに表示。
「まぁ15機って言っても大半がロクに調整されてない先行配備状態なんだけどね……頭数だけはなんとか作戦の前倒しに合わせたってわけ」
のぶねぇが小言のようにうなじの辺りを右手で擦りながら言って、続けて八枷が問う。
「――では各々の配備された機体数、場所、そして目的を」
必死に思い出して答えていく。
「1機は俺と八枷、旧首都で、首相の暗殺。3機が岡山県山中、四国からの侵攻への備え」
これにはアイン達の駆るRev7が含まれる。
「それから本部防衛用の待機が3機」
可能性は低いらしいけど自衛軍と在日米軍へのカウンターだ。
それから……あとは、
「えっと残りは、目的は全部他国からの侵略の防衛。
九州南部の荒廃地域に2機、もう2機が九州北部から鳥取までの日本海側沿岸、それから4機が北海道東西南北」
なんとか答え終える。が、AIちゃんが申し訳なさそうに△マークの書かれた札を掲げて悲しそうな表情をしている。
「――北海道が少々アバウトすぎます。
正確には宗谷海峡、母衣月山、夕張岳、羅臼の4カ所です」
八枷の容赦ない指摘が飛ぶ。
うん、さすがに地名まで覚えてなかった。というか北海道の地名って昔の地方言語がベースになってて覚えにくいんだよな。けど大体の位置は頭に入ってるぞ。
それからもいくつか作戦内容の口頭試問を終え、なんとか合格を貰えたようで、のぶねぇが席を立った。
「――はぁ、まぁこんなところね。
基本は頭に入ってるようだし、これ以上はあまり効果なさそうだもの。
んじゃ、わたしは……仕事あるんだけど、さすがにちょっと休む」
のぶねぇはそう言うと会議室を出て行く。
かなりお疲れな様で足取りは重かった。ゆっくり休んで貰いたい。
「すまん、迷惑かけた……」
のぶねぇを見送って、残った八枷を拝むように手を合わせて謝罪の言葉を述べる。
「構いませんよ、想定の範囲内です」
会議室の机に伏せりながら八枷が力なく返事。
「何度も復習して忘れないようにするのが記憶の定着には重要だそうですよ」
他人事のように八枷がアドバイスをくれる。
「八枷はどうしてるんだ? こういう暗記」
たわいない雑談のつもりで聞いた俺だったが、
「――あぁ、わたしは一度見たり聞いたりしたら忘れないので」
なんて回答がさらっと帰ってきて驚愕した。
そうだった、八枷は天才少女だったね。
「幸い、みなさんが各地にて準備を終えるまでまだ時間があります。
事前に決められた手順に従うだけとはいえ、10数機もの機体を秘密裏に日本中へと輸送するのは手間がかかるのですよ。
そうですね……作戦の決行日はわたしにも定かではありませんが、少なくとも2、3週間の余裕があると思って良いです。
それまで復習をかかさなければ、総一さんなら問題ないでしょう」
八枷は「単純記憶が苦手なだけで、記憶力そのものは悪くないと信子から聞いています」と付け加える。ハカセからも、のぶねぇの主観を経由した掛け値なしの信頼を向けられた気がして身が引き締まる。
少し前だったら「俺はそんな大したものじゃ無いんだがな……」なんて思っていたのかもしれない。だがそんな虚しい言い訳は、もうしない。現実は現実として受け入れて、直せるなら直し、改善できるなら改善する。
俺はそう決めたのだ。
首相暗殺任務を与えられたその瞬間に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます