第20革 革命への序章

 あれから。日本海での生徒会合宿を、実機稼働演習を、潜水艦破壊任務を終えてから。俺達には事前に渡されていたスケジュールを遥かに上回るシミュレーター訓練が課された。

 厳密には、古文漢文と保健体育、近現代史を除く歴史などの科目が全てカットされ、浮いた時間が全て実習へと切り替わった。


『今回のイレギュラーを受けて計画が変更されました。追って、作戦に携わる生徒へは通達がなされます。

 差し当たっては、みんなの実習、シミュレーター搭乗訓練が飛躍的に増加することになります』


 革命棟講義室でそう言った信子の表情からは、いつもの軽口が飛び出そうな雰囲気など微塵も感じられない。革命科1年生も固唾を飲むような面持ちで信子のセリフを聞いていた。


 来るのだ。

 ついに革命の時が。

 俺達の待ち望んだ日が。


 きっとみんな俺と同じように考えているのだろう。武力行使を辞さないどころか、積極的な武力行使に踏み切った革命。暴力革命。


 けど本当に俺に出来るのだろうか?


 日本海での潜水艦破壊任務。

 俺は何もできなかった。ただ震えていただけだったのだ。

 自分でもあれだけ革命を望んでいたというのに、いざという時になってあんな醜態を晒した事には恥ずかしさしかない。

 きっと刀道先輩だって俺のことを軽蔑したに違いない。

 いや、先輩だけじゃなく携わった八枷をはじめとするスタッフみんなが俺を軽蔑しただろう。


『臆病者は引っ込んでいろ』


 石動いするぎ会長の言葉が何度も何度も反芻する。


 会長はと言えば、演習陣地に帰投した後に機体を降りると、命令違反だとしてマリエ副会長共々スタッフにすぐに拘束された。

 信子に聞く話によれば、石動会長はシミュレーターを含めレヴォルディオンへの搭乗を禁止され寮内の自室へ軟禁されているという。


 といっても、これはアインから聞いた話だが、会長の自室とは男子寮の最高階。ワンフロアまるまる全部らしい。

 それだけ広い空間が与えられていれば、軟禁されてもどうってことないのではなかろうか。

 ましてや、あの石動会長である。

 全く反省している様子が浮かばない。


 っていうかだ。

 世界のロートシルトたるマリエ副会長に偉そうにしているところから、相当な権力者のボンボンなんだろうとは思ってはいたけど、軟禁だけって対応が甘すぎるんじゃない?

 俺と刀道先輩はガチで殺されかけたんだけど?


 まぁ、せいぜい大人しくしていて欲しい。

 機体がなければそう強行に出るということもなさそうだが、また本気で殺されかけるなんてのは真っ平ごめんだ。


 そうそう、会長と一緒に拘束されたマリエ副会長。

 彼女は、俺と刀道先輩の『むしろ会長を止めようとしていた』という証言もあり、早々に拘束を解かれ学園生活に復帰している。

 といっても、メインパイロット無きリーヴァーがシミュレーター訓練で出来ることはない。

 会長以外に適正のあるパイロットがいないようで、彼女が一人訓練場に佇む姿を見ることにも慣れてきていた。


 今日も今日とて、座学を終えた俺達は革命科棟でのシミュレーター訓練に明け暮れている。


「総一くん、慣れてきたみたいだね!」


 先輩が後ろから声をかけてくれる。

 先輩は演習の後も以前と変わらずに接してくれているが、心の奥底ではあの時の俺の不甲斐なさを卑しく思っているんじゃなかろうか。


 いま、俺達はシミュレーターに搭乗している。

 かといって、前のような模擬戦をしているわけではない。

 前方の全天ディスプレイには、ミッションコンプリートの文字が祝福するAIちゃんと共に踊っている。

 俺達がやっていたのは、かなり細かい目標が設定されているミッション型シミュレーター訓練だ。


 海中に潜伏し、空港を飛び立った大型の旅客機を視認、そして猛追し撃墜。

 同じく海中に何時間も没したまま待って、そこに訪れた目標である客船の撃沈。

 あるいは、高速道路を走る車を127mmライフルで狙撃して破壊。


 これらミッション第一目標をクリアすると、そこから特区に様々なルートからの帰投。

 途中、稀に遭遇する様々な敵性機――戦車の群れだったり、飛来する追尾ミサイル、5機編成の戦闘機など――を破壊しながら、特区へと帰るミッションだ。


 中でも高速道路、それも首都高速道路でのミッションは何十種類もあって今やり終えたのもそれだ。今回の狙撃地点は木更津側の東京湾海中、《新アクアライン》を走る車両を破壊した。帰り道では運良く? レアな戦車団一掃ミッションにも遭遇した。


 10両ほどの自衛軍戦車中隊から怒涛の一斉砲撃を受ける中、その砲撃を躱しつつ戦車団を撃滅。

 もちろんレヴォルディオンとはいえ直撃を受け続ければ沈む。

 しかし、動体目標だからなのか、レヴォルディオンにあててくる砲撃は何故かそこまで多くない。

 俺は先輩が指示してくれた回避パターンに沿って空中を動き回っているだけで、9割近くを避けることが出来ていた。


 あちらの攻撃がほとんど当たらないのだから、あとは個別に撃破していくのみだ。実につまらない殲滅作業である。

 人が乗っていないと分かりきっているシミュレーター訓練だからこそではあるが……。


 どうにもシミュレーター内の自衛軍が弱すぎることに納得できない俺は、「なんであんなに弱いんだ?」と八枷に家で聞いたことがある。

 最初、淡々とした八枷から返ってきたセリフは専門的過ぎて俺にはさっぱり分からなかった。


『要約すれば、レヴォルディオンに搭載されているAIあいちゃんによる電子兵装EWSでの電子戦をリアルタイムに受けている結果がおもです』なのだそうだ。

 加えてハカセは『本来の自衛軍の戦車砲撃の命中精度は、例え動体目標であっても9割を超えてほぼ100%に迫ります』と教えてくれた。


 AIちゃん万能説あるねこれ。


 声をかけてくれた先輩に、「俺はほんとに何もしてないので」と当たり障りのない言葉を返すと、シミュレーターを降りて先輩と別れる。

 演習以来、なんとなく先輩と二人きりでは居辛くなっていた。


 俺はアインとエルフィさんの二人を見つけると足早に二人に駆け寄る。


「よ! お疲れさん」

「総一こそお疲れ様です」

「お疲れ様ですわ、総一さん」


 笑顔で二人が俺を迎えてくれる。

 演習の後、周囲とぎこちない空気を醸し出していた俺を救ってくれたのは二人だった。


『例え相手が某国の軍隊とはいえ、いきなり実戦だ、逃がすわけにはいかない! さぁ人を殺せ! 革命だ! と言われれば、誰だって総一さんのようになりますわ!』

『エルフィ姉さんの言う通りですよ総一。何も気にすることはありません。

 僕だって総一のように何の心構えもなく事態に直面すれば、同じようになったかもしれない』


 事ある毎に、俺に声をかけては慰めてくれていたアインとエルフィさん。

 俺は二人にどんなに救われたことだろう。いや二人じゃなくて、三人かな。

 自室でガジェットでのネットに没頭する俺に、AIちゃんも何度も慰めの言葉をくれていたのだ。俺は三人に救われた。

 持つべきものは革命科の同級生と超高性能人工知能である。


「にしても、首都高速でのミッション多すぎじゃないか? 正直、もう飽きてきたよ」


 俺は軽く目を瞑ってふるふると首を振った。


「本当にそうですね、僕らにとっては馴染み深い風景ですし総一よりも飽きてきているかもしれません。とはいえ、故郷を破壊するというのは何度やっても忍びないものですが」


 アインが目を閉じて神妙そうな表情をしている。


「あーそっか、二人にとっては故郷だもんな……」


 俺が気まずそうにすると、エルフィさんが喋りだした。


「それより、総一さんは《第二首都高速道路》でのミッションは経験しまして? 新しい構造物を盛大に破壊するのは最高の気分でしてよ!」


 エルフィさんが意気揚々と第二東京でのミッション内容を話し始める。

 俺とアインは微笑みながら、楽しそうなエルフィさんの話を聞いていた。


「俺も1回だけ第二首都高でのシミュレーター訓練があったかも!

 ていうかなんか変ですよね。今の首都は第二東京だってのに、なんで東京にあるのが『首都高速道路』で第二東京にあるのが『第二首都高速道路』なんだろ」


 俺が思ったことをそのまま口にすると、アインが少し驚いたような表情で「総一!」と小声で俺の腕を揺すった。


 ん? あ……やべ。


 エルフィさんは殊更に愛郷の念が強い。

 別に東京を馬鹿にするつもりは毛頭ないけど、今のは馬鹿しているように見えたかもしれない。


「姉さん、総一は別に……」


 アインがフォローするように言いかけると、「いえ、構いません」とエルフィさんが目を閉じる。


 自己紹介した時のようにエルフィさんの愛郷スイッチを踏んでしまったと思ったのだが、どうやらそうはならなかったようだ。


 すると、目を開いたエルフィさんが語り始めた。


「わたくしも総一さんに同感です。

 正直言って、名称なんてどうでもいいですわ。

 それに彼の活動の結果が残念でなりません。

 『首都』という言葉に無意味にこだわったせいで、それを馬鹿にして東京を指す『旧首都』がまるで蔑称のように使われる事が多くなってしまいましたもの。

 確かに旧首都は旧首都です。それだけなら構いませんが、近年は蔑視の感情を込めて使われる方が多くて、本当に辟易しますわ!」


 エルフィさんがそう言って小鼻を鳴らす。


 彼っていうのは、もしかして鳥山総理のことだろうか。

 当時、国土交通大臣だった鳥山総理が強硬に『首都高速』の名称を譲らなかった為、結果として旧首都東京の首都高速は名称をそのままに据え置き、第二東京に作られた高速道路には《第二首都高速道路》と名付けられたのだ。


 これには賛否両論あり、先々に語り継がれ今でもこの問題の尾を引き摺る人も多い。

 俺もあまり賛成は出来ない。

 ネットで事の経緯を調べはしたものの、伏せられた情報も多く、納得できない部分が多かったのだ。

 もちろん、当時生まれたばかりだった俺にはどうする事も出来なかった事だが。

 何にせよ、エルフィさんも俺と同意見なようで、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「鳥山総理か……」


 俺がそう呟くと、三人の間には先程まではなかった緊張が走ったように思う。


 もう三人共、いや恐らく革命科の全員が分かっている。

 俺達の行っている何種類ものシミュレーター訓練の標的。

 それが時の日本国内閣総理大臣、《鳥山とりやま佳人よしひと》その人であるという事に。

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