唯私論

不定

[本編]

 僕は彼女に告白した――


 僕という人間は、冴えない男だった中学時代に一念発起して、ファッション雑誌を読み漁り、流行を追い、髪型を整え、普段の生活にも気遣い、世間の言う「いい男」になる努力をしてきた。

 実際、いい男だと思う。顔ももともとそんなに悪いほうじゃあない。誰もが認めるイケメン――そんな風になりたい。

 それはさておき、自分磨きに精を出した僕は青春の大部分を占める色恋の方面に全くもって手を出していなかった。モテたくてやっていたわけじゃないから。

 しかしながら、そんな僕にも高校に入ってから好きな女子ができた。普通の子だ。

 喋ったことはあまりないが、傍から見ている限り、普通に友達と話し、普通に授業を受け、普通にお洒落をして、普通に笑っていた。

 なぜ惹かれたのかは――わからないけど、とりあえずそういうものだと思った。

 運命の人的な?

 そして、彼女を意識し始めてから数日と経たないうちに、僕は勝負に出ることになる。

 まずは準備。自分は――まぁ、他の人からはだいたい良い評価を頂いているので、自信を持っていいだろう。いや、気の緩みは良くない、後で「最近のJKが好む男性像」みたいなやつが載っている週刊誌でも探してリサーチしておこう……あとは告白のシチュエーションだよな、それも同じように……

 そうこうして、僕は準備万端、屋上へ彼女を呼び出す。

 できる限りの努力をして、誰もが認める素晴らしい舞台の上で、素晴らしい告白文を述べた。

 僕たちの素晴らしい出会いを讃えるかのごとく、背景には朱い夕日が映し出されていた。

 朱に交わって互いの頬も赤くなるだろう――と、半ばたかをくくって。


「悪いけれど、却下するわ」

「えっ」

 僕の中ではもう顔を赤らめて微笑んでいる彼女がいたのだが、頭を上げて確認した彼女の顔面はひどく冷たい色だった。夕陽で照らされているのが嘘のように。

「で、もういいかしら、帰っても」

「え……あ、ちょっと待って」

「何よ」

 普段見ている彼女とは別人だ――こんなに冷たくはなかった、はず。

「何、あなたこれで成功するとでも思ってたのかしら」

「い、や、そういうわけでは……」

 図星だった。

「……だとしたら相当、軽く見られてるわね、私も。大方、至極普通の子だからチョロいとか、そうやって思っていたんじゃないの?」

 まぁ、ちょっと図星だった。

「そ、そんな汚いこと考えてないよ。僕は純粋にきみのことが好きになったからこうしているだけで……」

「あらそう。じゃあ、どこが?」

 言葉に詰まる惨めな男……

「じゃあこれも私が言ってあげるけど、普通の子が良かったっていうそれだけの理由じゃないの? チョロいとかは、抜きにしても」

「いや、その……」

「それとも、運命の人だとか、そういうこと思っちゃったりした?」

 思っちゃったりしてたなぁ……

「あなた恋愛したことあるのかしら」

 下から睨み付けるようにして彼女は言う。

「うっ……」

「私に恋してるんじゃなくて、恋に恋してるただの愚か者なんじゃないかしら、あなた」

 今度は逆に上から見下すように言った。身長は僕と同じくらいだけど、とても大きく見えた。

 「検討がつかないから『とりあえず』普通がいい? 普通が一番? 普通最高? ハズレを引くよりはマシ? 大人しそうだから? 舐めてる? 御しやすいと思う? 常識がありそう? 友達がいそう? 家族仲円満そう? 勉強はそこそこ出来そう? 運動も? 奇抜な趣味はなさそう?――こんな感じ?」

 「…………」

 まくし立てながらも一切の表情を零すことを許さない彼女は、しかしため息混じりに続ける。

「……無知そうなあなたは知らないかもしれないけれど、女の子の中ではね、出る杭は打たれるのよ。」

 「……」

 「だから普通を装うの。でもそんなの、皮だけ。ちゃんと見ている人ならすぐに内側にだって気づくわ。あなたがどういう経歴なのかは知らないけれど、私は私の『普通さ』に寄ってきた男は全員却下しているの」

「……」

 「だってそれは、『私』に気づいていない」

 黙るしかなかった。今まで抱いていたイメージと違いすぎて言葉が出ない。

「私は唯一という観念が好き。誰に混じられないオンリーワンが好きなの。でも生きていくには皮くらい、我慢するのよ。そうまでして私は周りとは違うんだって自覚して生きていたいの」

 誇らしげに彼女は言う。

「だから、皮しか見られないあなたのような阿呆や、皮を気に入った馬鹿は相手にもしたくない」

 僕はこんなこと考えたこともなかった。さっきまで半ば見下していたような相手が、実はとても高度だったという事実にただただ打ちひしがれていた。寒気さえ立った。敗北だった。恋愛もまた勝負であると誰かが言っていた気がしなくもないが、正しくその通りだった。

 「じゃあもう、いいかしら。帰るわ」

 そう言って彼女は空の黒幕と同時に去っていった。

 舞台は舞台裏に変わり、僕は青ざめていた。


 偽りのイケメン、というか、自己満足の好青年にほかならなかった。

 僕はあの後、十数分は立ち尽くしていた。冴えない男だったときの自分と、今の自分と、普段の彼女と、さっきの彼女について考えていた。

 次の日、行きたくもなかったが登校すると、否応なく彼女と顔合わせになった。当然あちらは何も言わないし特に目を逸らすこともなく、自然に僕の横を通り過ぎた。

 ないしは、普通に。

 僕はこの一件から多少彼女への見方が変わるかと思った。友達と一緒にいる彼女や、授業を受ける彼女、グラウンドで走る彼女は、しかしながら一切以前とは変わらなかった。


 ただその日、美術の授業で見た彼女の後ろ姿は――朱い背景に赤の線を引くその様は、あくまでも朱に交わることのないそれであった。

 臓腑のような色の一本線は、彼女が唯一垣間見せる、唯一だったかもしれない。

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