第39話美紀の来襲

日々の雑多さが、無意識のうちに、心のフィルターをつまらせてしまった。

風通しの悪くなった心は、埃がこびりつき、呼吸も困難。

そして、とうとう埃まみれ、泥まみれの心だ。


仕事や生活のシガラミから、解放されない限り、心は呼吸すらできないのではないか、苦しいなんてもんじゃない。


様々なお方の有りがたいお言葉も、活字で読んだだけでは、心にたまったドロに跳ね返されるか、ドロの一部と化す。


空腹は感じても、食物を目にすれば、ただ、胃の中にいれるだけ。

ゆとりのある幸福感のある食事など、絵空事の状態。


酒を飲んでも、酔う気にもならないし、そもそも何のタシにもならない。

ぼんやりとした顔をしていても、心の中は様々。

やらねばならない事は進まず、結果として焦りが交差している。


こういう状態の時は、たいがい、ため息が深い。

それでも、人間は乗り越えるのだなどと、自分自身を叱咤し、ヘトヘトになるまで、仕事をして、家に戻った。


家に戻っても、疲れているだけ、なかなか次の動きが無い。


チャイムが鳴った。

「こんな疲れているのに」

出るのも面倒だけど、鳴らされ続けられるのも面倒。


「はい・・・何か」


「何かじゃありません」

「忘れ物です」


また、美紀の声がする。

声そのものが怒っている。

さっきまで会社で一緒なのに、何故来る?

忘れ物なんか、明日で十分。

お疲れモードの哀愁メロディが姿を消し、突然超攻撃的なメロディに翻弄されている。


「早く開けてください、寒いんです!」

美紀はますます怒っている。


「うん」

これでは開けるしかない。


美紀は入るなり、また怒った。

「スマホ机の上に置きっぱなし!」

「どうして面倒ばかりかけるんですか?」

「明日、一緒に出張ですよね」

「そんなんで、どうやって連絡するんですか?」


「えっと・・・」

一言も返せない。


「もう、終電だってありません」

「私、今夜ここに泊まります」

「覚悟してください!」


「え?」


「文句言ってもダメです」

「洗濯機もアイロンも使います」

「パジャマも貸してください」


「え・・・」


「何かあったら・・・責任取ってください」

美紀は、そのまま脱衣場に消えた。


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