第3話あるお坊さんのお話
かなり昔の話ですが・・・
ある禅寺で、日々熱心に修行に励むお坊さんがいたそうです。
その修行ぶりは、そのお寺の中だけでなく、近隣の寺にも知れ渡るほどの熱心なものでした。
しかし、彼の心は、いつも晴れません。
いつまでたっても、悟りというものがわからず修行を重ねるにつれ、逆に悩みが増してしまうのです。
ある日、彼は悩みの末に寺を飛び出し、雲水の旅に出ることにしました。
あちこちで、托鉢をし、道々で見かけた全ての寺に立ち寄り、教えを請いました。
しかし、理論で彼に打ち勝つ僧はおらず、ますます悩みは増してしまいます。
もう、彼は心も身体もぼろぼろになって、街をさまようになり、周囲から見るとまるで狂人のようになっています。
来る日も来る日も、そのお坊さんは街をさまよい歩きます。
歩き疲れると木陰で、横になったり
思い出したように座禅を組み、お経を唱えたりします。
良くしたもので、お経を唱えている姿だけは、通りすがりの旅人には
尊く見えるのか、お坊さんを拝んだりする人もいます。
しかし、どんなに上手にお経を唱え他人に拝まれても、お坊さんの心は晴れることはありません。
お経も結局最後まで、唱えることは出来ず、またフラフラとさまよいあるいてしまうのでした。
ある時、お坊さんは耐えられないような空腹を感じたため、食べ物を求めて托鉢をしていました。
しかし、もうかなり狂人のような風貌になっていたため、全ての家がお坊さんを怖がり、扉を開けてくれません。
とうとう、街の端から端まで歩いて、お坊さんは疲れと空腹のため、そのまま倒れこんでしまいました。
お坊さんが眼を覚ますと、あたりは一面に輝いています。
そして柔らかな風が吹いています。
足元を見ると白いふわふわしたものの上にいるのでした。
少し 首を伸ばすとはるか下に、お坊さんの暮らしていた見慣れた街が見えました。
お坊さんは、そのふわふわしたものの上を歩いていきます。
どこに向かおうと決めているわけではなく、ただ明るい光が発している方向に向かって歩いているだけです。
お坊さんは空腹や悟りも全て、忘れてしまいました。
ただただ、明るい光の方面に歩いているだけなのです。
時折、足の下から見える街の風景は、愛おしく感じています。
そしてその愛おしさは、光が近くなるにつれて強まってきました。
かつて、自分を狂人扱いした人さえも、本当に愛おしいのです。
「ああ、もっと街の人と話をしたい・・・」 お坊さんは心の底でつぶやきました。
何の理由もありません、ただ、心の底から、そう思ったのです。
その瞬間・・・
お坊さんは、見慣れた街の大きな木の下に座っていました。
「お坊さん・・・」
小さな3歳ぐらいの女の子が、お茶とお饅頭をニコニコしながら、お坊さんに差し出しました。
「美味しい・・・お嬢さん・・ありがとう・・・」
お坊さんは、本当にうれしく思いその女の子に心から合掌をしました。
「うん・・・私もすごくうれしい・・・・お坊さん、本当に美味しそう・・・」
お坊さんは、その女の子の言葉を聴いた途端、全身に身震いが走り、そしてこの上なく温かいものに包まれました。
お坊さんの瞳からは涙が止め処もなくあふれ、今までの苦しみや迷いは全て消えていました。
お坊さんが、その涙にあふれた眼であたりを見回すと、その女の子の姿は見えません。
お坊さんは、その女の子を天女の使いと信じ、天に向かって合掌をしています。
そして、気が付くと街中の人がお坊さんの周りを取り囲み、彼に向かって合掌をしているのでした。
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