落ち葉ひろい

不定

[本編]

「なんでもちゃんと時の流れに揃えてあるー、なんて甘ったれたこと思うなよ。でもだからって聞き逃さない方がいいと思うね。それが"今回"の彼女、揚足冷娘が得るべき教訓かもしれないぜ」



「落ち葉ひろいのバイト?

「なにそれ。あまり聞いたことはないのだけれども、清掃員ではなくて?

「清掃局の清掃員のなかでも、『落ち葉ひろい』?

「お給料はいくらなの?

「あとのお楽しみって……鎮火、確かに私は今結構お金に困ってるけれど、悪事には手を染めないわよ。落ち葉ひろいが何か……そういうものの隠語で、実際は違法ドラックを知らず知らずのうちに運んでいるーとか、そういうのじゃあないでしょうね?

「ふぅん、あらそう、悪いことでは決してないと。まぁ、あなたが紹介してくれるお仕事なのだから、そうなんでしょうけれど。

「これが資料ね、どうも。

「『清掃局で落ち葉ひろいをしませんか。未経験者歓迎。イチから教えます。給与については改めて後にいらっしゃった際、詳細とともに資料をお渡しします。云々……』

「ま、わかったわ、紹介してくれてどうもありがとう」



「やあ、どうも、若い女の子が募集受けてくれるなんて思ってなくてね、粗茶しか出せないがゆっくり話を聞いていってくれ。

「あぁ……自己紹介が遅れたね。私は努市清掃局のここ担当、砂雨鯏と言います。これ名刺ね。えっときみは……揚足冷娘、さんだね。おや、わざわざ隣町から来たのかね。最近は交通が便利になったというけれど、ここら辺はまだまだだから、御足労感謝ってとこだね。

「ああ、交通費についての嫌味とかじゃあないよ、こちらは人材不足に喘いでいてそんなことは言ってられないんだ。

「一応、面接って形をとっているけれどもね、今言ったような理由で、きみがここで働くって契約をする気があればもうそれで決定なんだ。

「じゃあ細かい話に入るね。

「募集文のとおり、時間帯は早朝というか、深夜から昼前までってことになるね。だいたい午前三時からくらいだと思ってくれていい。

「そして、これも募集文にあったとおり、力仕事も多少伴う、基本事務作業、のうち、その多少を行うのは、はじめの三時から四時あたり。その約一時間だけだね。

「そこからはここで事務作業を行ってもらう、なに、パソコンが人並みに使えるなら、技術的には至極簡単な仕事だがね。

「次に給与形態だね。基本、時給で、ま、きみの場合都合にもよるけれど、時給四千円ってところかね。

「いやね、このぐらい釣り上げないと実際人は動いてくれなかったりするものだからね。

「週二日勤で、たまに三日になることもあるかね。月初めにシフトは一応組むのだけれども、ちょっと例外が多くてね。こちらから連絡させてもらって、空いてる人に急遽入ってもらうってこともある。

「こちらの勝手でいろいろ変わっちゃうからね、だからこそのこの額なんだ。

「もちろん加えて交通費も支出するよ。

「『多少』の内容……? ああ、言い忘れてたっけ。募集文通り勿論落ち葉ひろいだよ。

「きみは隣町だから知らないかね。しかも、隣町と言っても市まで違う、か。

「うちの町――市はとにかく一年中葉が散っているんだよ、どういうわけか知らないけれどもね。だから、市民が快適に暮らせるように、市民が活動する前にお掃除をする。

「それだけだよ。

「ま、細かいことは現場の方がわかりやすいと思うからね、そのときに説明する。勿論、その後に事務作業のほうも。

「集合はここだね。ちょうど月初めだから、今シフト決めても大丈夫かね?

「わかった、その曜日ね、記録しておくよ。

「何かあったら資料の電話番号、ここの事務所だからそこへ。こちらからも何かあったら履歴書の番号――携帯電話にかけさせてもらうね。

「じゃ、よろしく。

「次は丑三つ刻に会おう」



「危ないんじゃないの?

「いえ、まあ、仕事内容も案外普通だったし、確かに帰り道も意識して歩いたら落ち葉は多かったけれども。

「でも、お給料の額がちょっと高すぎない? 水商売並みよ。

「というか、このこと知ってたのよね?

「あなたを疑いたくはないけれども……

「え? 担当の曜日?

「――と、――だけど。

「よかった? どういうことよ。

「落ち葉が少ない……その曜日だけ? なぜかはわからないけど?

「へえ、そうなの。まあ、同じお給料をもらえるなら仕事は少ない方がいいわね」



「……はぁ、部長もキツイよな、稟議書書き直せって、期日迫ってんのに。

「これでなに、問題になったら俺が責任とるんだろうぜ? まっぴらごめん、なんて言えねえわな。

「いいよな、お前は家庭円満、しかも嫁さんは美人。仕事も順調。

「……ああ、悪ぃ……ついな。嫁とは険悪だし、部長にいじめられてるから、大目に見てくれ……

「辛ぇなぁ……数年後は首吊ってるかもな。

「……はっ、冗談だ、心配すんなよ。

「そういや、もう三時だな。くっそ、終電なんか忘れて飲んじまったからな。やけ酒ってやつだな。

「ん――? そういやたしか、この時間って、よ……

「……ちっ、また出くわしたか。ほら、アレ見りゃ、そうは思わなくなるさ。

「あれ? お前知らなかったっけ……あいつらぁこの町でなぜか多発している落葉の後始末を請け負ってる業者だよ。

「んで、アレが落ち葉……まぁ最近は、『落ち』葉じゃなくてもやってるみたいだけどな。焚き火の枯葉でも、蜘蛛の巣に引っ掛かっちまってるやつでもな。腐葉土もやってるって話だ。

「確かに廃墟ビルも多いし、都合がいいのはわかるが――いや、全然わからねえけど。しかし、せめてこの地に就活しに来たときに教えて欲しかったぜ、全く。

「俺は深夜残ることが多いから割と見るけど、知らないやつはお前みたいに全然知らないのかもな。

「だとしたら、平和なもんだ。ま、見慣れてくれば単なる風景と化すんだけどな。穏やかなもんだぜ、極めてな。おかしいくらいだ。

「話によれば、他の町からも、舞い込んできてるみたいだしな。

「全く、迷惑だ……お、あれタクシーか? お前家、近いよな? 途中で降りてけ。

「いいんだよ、今日は付き合ってもらったんだ、タクシー代くらい持つさ。

「……! あ、あれ見ろ、業者のやつら――若い姉ちゃんだな……へぇ、あれは女もいるもんなんだな。

「あの様子じゃ、初めてかな。ま、何回目でもダメなやつはダメなんだろうけど。

「ま、金はいいらしいからな。俺はごめんだけど……来たか、よし……すいません、――までお願いします」



「――ふぁぁあぃ……完全夜型のあたしを真昼間から呼び出して、何の用だい。

「――揚足冷娘ちゃんよ。

「はは、いやいや、あんなの知らなかったって、だから別に悪いことじゃあなかっただろ? むしろ善行だよ。

「市民のために、だよ。砂雨さんも言ってただろ、どうせ。

「ああ、知り合いだよ。いい人だ。

「騙したなんて、人聞きの悪いことを言うなよなあ。お前のニーズにあったお仕事を教えてあげただけじゃあないか。

「そう慌てるなって。安心しろよ、あれは行政が認めた対処だ。公的に認可、されている。

「事前に調べられているからね。

「事業分担しないと回らないレベルってだけさ。ま、砂雨さんの言葉を借りるとだがね。あ、ちょっと語尾移っちゃった? あは。

「……そう眉間に皺を寄せるなよー。

「わかったわかった、悪かったって、知ってて詳しく教えなかったのは、お前がいつも飄々としてるからそういうときの反応を見たかったんだよ、ごめんって。

「意外に狼狽えるもんなんだな、まそりゃそうか。

「その割には、投げ出しては来なかったみたいだけれど、感心感心。

「おいおい、この薄ら笑いは生来へばりついてるもんだから許してくれ、知ってんだろ? あたしのお友達さん。

「金はよかっただろ。キャバクラで自分の『女』を削って売るよりも善行したほうが稼げるんだよ。

「正しい社会だ。お金に関しては。

「一日目を投げ出さなかったんだから、次もできるさ。

「それに、時給っつっても月の終わりにまとめてもらうんだから、もったいないじゃん?

「ん? あぁ、そんなことも言ったっけね。簡単な話。統計取ると曜日ごとにムラがあるのよ。一日毎に何ヶ所もあるうちでも、少ない曜日が。なんでか知らないけど。これも砂雨さんね。

「それに偶然お前がシフト入れてたからな。

「ま……アレらは幹から――枝から捨てられた弱者どもだよ。

「弱かっただけだ、それを正しく処理するだけだ。安心して仕事しな。

「倫理的問題は、ない」



「……おはよう、ございます。

「……知り合いだったんですね、落水さんと。

「ええ、まあ。

「あ、大丈夫です、前回はちょっと驚いただけですから。むしろ無知だった私が悪かったんです、せっかくのお気遣いの上、だったのに。

「……では、今日はどの地区ですか?」



「――事務作業に戻れたって、嬉しいことなんてひとつもないわ。

「落ち葉の記録をまとめなきゃいけないのよ。画像付きで。

「それを何時間もやるの。

「……もう二十日も経ったのね。あとちょっとでやめられるわ。

「そんなの、当たりたり前じゃない、慣れなんてほとんどないわ。

「毎回キツいんだから……

「もうそろそろ出勤だから。じゃ、切るわね」


「鎮火ちゃん、揚足さんは、そっちでは大丈夫そうなのかね?

「そうかね、なら良かった。

「私としても、きみくらいの女の子に任せるのは心苦しかったんだがね……紹介してくれたことには感謝しているよ。

「こちらでは彼女は初日から比べてだいぶ気さくになってきたんだよ、意外なことにね。

「慣れってやつかな。

「まあ私もいつからか、何も感じなくなったのは事実だがね。

「続けてくれればいいんだけどね……

「ああ、やっぱりかぁ。ま、そりゃそうだね。

「じゃ、また今度ね――いや――うん、また今度。



「それじゃあ結局冷娘、お前は明日でやめちゃうんだ?

「もったいないねぇいい金貰えるのにさ。

「ま、一ヶ月よく頑張りましたーなのかな?

「キツそうだしね、あはは。

「そうだね、明日の仕事終わりになんか労いでもしてやるよ、なにかは秘密だけどさ。

「じゃまた明日。



「……やっと着きましたね。あら、もう四時過ぎ……早くしないと……

「えぇ、わかりました。トランクからカメラと結束バンドをとってきます。

「――じゃあ、行きましょう。

 やめる直前にして、ようやく仕事に少し慣れてきた、と自分でも思う。



 しかし――

「――これは……鎮火……!

「どうしてっ!? また明日って……

「いや、それよりも……!

「なんで……あなたが……なんで……」

 ……顔から、だったんだ。

 さんざん見慣れたはずなのに、吐き気を催す。

「……最後は、友達に頼みたかったんじゃ、ないかね」

「砂雨さん! あなたなんでそんな冷静に……! あなたも鎮火と知り合いのはずでしょう!」

「……普通、だね。この町じゃ。もう慣れたよ。これは不可抗力の代物なんだとね。

「この町は、最初からそういう出来方をしている」

「……知ってたんですか、鎮火がこうするって」

「言いにくいけど、そうだね、知っていた」

「じゃあなんでそう伝えてくれなかったんですか!」

「言っちゃいけない決まりなんだよ、たとえ知ってても。

「きみが彼女を止める可能性を孕んでいる以上ね――もちろん、かどうかはわからないが、止めることもだめなんだ」

「おかしいですそんなの!止めちゃいけないって、助けちゃいけないって……そんなのおかしいですよ!」

「……きみがおかしな町に来てしまった、それだけのことだね。

「これは残念ながら、公が極内密に認めた判断だ。一所員の私がどうこうできるものでは、もちろんきみが出来るものでもない」

「……

「……だから、曜日を訊いてたのね……なんで友達にそんな顔見せるのよ……苦しいじゃない……」

「……そろそろ、始めるよ。時間が無いからね」

「そんな……私、できません……」

「……じゃあ、いいよ、車に戻ってて。無理もないと思う、最初のお友達なんて」

「ごめんなさい……私は、できないわ鎮火……どうしてあなたは――私を選んだの……?」



「――後に私が調べたところによると、あの町は"落葉希望"が秘密裏に集められている場所らしいわ。もともと廃ビルが多いことや夜に光が少ないことからスポットとして挙がることもあったけれど、十数年前に政府系列の組織が彼らを集めだして、勧め、その後まで整えた。目的は謎に包まれているけど、知る人の間では『過度に増えすぎたから減らすため』の政策の一部だと言う説が馬鹿みたいだけど、有力だって。彼らの他にも後々に勧められて舞い込んできた人たちもいて、年々増加傾向にあるそうよ。倫理的問題はともかくとして、個人と組織の利害は一致しているわね。私が何のためにこれを調べたのか、わからないけれど、もし仮に納得出来ないシステムを明らかにして納得できる理由を見つけることが目的だったら、それには失敗したわ。やっぱり間違っていると思う。鎮火が、なぜそうしたのか。自分から私のことを友達と呼んでいたくせに、でも何も言ってはくれなかった。私も何もできなかった。きっとこの文章を公表しようとしたら、私は強制的にその組織から落ち葉にされるんだと思う。そうしたら、あなたに拾ってもらうかもね、なんて冗談が言えるのも本当はおかしいんだろうけれど、人はひと月でも変わってしまうものなのかもしれないわ。一日で落ち葉に変わるよりは、幾分遅い変化ね――か。

「ずいぶん長いメールだったな。

「ほう、処理する側も大変そうだ、それに比べれば俺はまだ楽なのかもしれない。

「察しているらしいが、もちろんお前がこれを公表したら……そうだな、俺がそれを執行するだろう。そして俺は俺の仕事しかできない。

「……さて、もうこんな時間か……今日はどこから志願者を探そうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る