8:夫に嫌われてると分かりまして。

ーーー1時間後。

私は、ラッピングしたチョコレートの箱を持って佐和田くんが勤める会社の近くまで来ていた。


「えっと、確か…この辺…」


しかし、ちゃんと会社の場所を把握出来ていない私は、ちょっとした迷子になっていて辺りをキョロキョロと見渡している。

以前、面接の時に来た事があるのに、完全に、完璧に、忘れてる!


「どうしたなの~!スマホのナビを見てるのに、迷子とか!おこちゃまか!私はおこちゃまかぁぁ!佐和田くんが受ける会社に一緒に行きたいからって面接を受けに来たじゃない!うぉぉぉ!思い出せ、私の脳よ!」


むむむ、と〇休さんのようにこめかみを揉んで、スマホを睨みつけてウロウロしてみるが、


「……面接来たのってもう何年も前だから、分かんなくって当然だよね!」


当然、と開き直緒ってスマホの電源を落とす。


「はぁ、私ってこんなに方向音痴だったっけかなぁ…」


ため息を吐いて、誰か通りすがりの人を捕まえて聞いてみよう、と真っ暗になった画面を眺めてみる。

だけど、真っ黒い画面にはしょぼくれた私の顔。


「でも、もしも、本当に嫌われてたらどうしよう…」


正直言うと、イロイロ思い当たる節はある。

知り合ってから何度となく怒られたり、数えきれない程、迷惑そうな顔をされたし…。

でも、でも、それは私の事を思って言ってくれているのだ、と。

そして、そんなのでも結婚してくれたのは、少しでも私の事を好きだから言ってくれているのだと思いたい。

だから、本当に嫌われているのか、本人に、佐和田くんに会って確かめたい。


そんな事を思いながら、建物を見上げていた。


「愛にも迷子、道にも迷子な私…」


「あの、どうされましたか?」


不意に後ろから声をかけられ、振り返ると、そこにはスーツ姿の女性が。


「え…と、あの…」


もしかしてさっきの聞かれたかもしれない、と思うと恥ずかしくなって顔を赤らめる。


「この辺り、ちょっと分かり辛くなっているから迷子になられる方が多いんで。良かったらご案内しますよ?」


ニッコリ、と優しく微笑む女性に安堵感が広がっていく。

大人の女性、というのはこういう人の事をいうのか、と思う程、落ち着いた感じの人。

私は1も2も無く、『お願いします!』と頭を下げていた。


「えーっとですね。〇〇という社名の会社なんですけど」


「あら。私、そこに勤めてるんですよ」


「わ、偶然です!」


こんな偶然無く、私は驚いたが、佐和田くんに恥をかかせないように妻らしく笑って頭を下げた。


「佐和田知嗣の妻です。主人がお世話になっております」


「え…?」


頭をあげると女性は口元を押さえて、目を丸くしていた。

何故目を丸くするのか分からなく、私は首を傾げる。

すると


「貴女が、知嗣の奥さんなの?」


私を頭のてっぺんから爪先まで品定めするように、じろじろと見てフッと鼻で笑った。

その行為で私はこの人が佐和田くんの元カノだと分かってしまった。


「あ、あの…」


何か言わなければ、と思うのだが元カノは目を細め、腕を組んでいる姿を見て、言葉が出なくなってしまった。


「知嗣ってsexも巧いし、口調も優しいし、料理も上手でしょ?」


しかし、佐和田くんが料理が上手いとか言われて驚いて目を丸くする。

今まで、一度も私に料理なんか作ってくれた事なんてない。

突然、敵意むき出しの元カノアピールされて、驚いてしまう。

まぁ、優しいと思うけど、つっけんどんな言い方をされるのは、仲の良い証拠だと思ってたけど、


…あれ?違うのかな?


何も言い返せなくなって黙っている私を見詰めている。


「どうしたの?奥さ~ん」


「りょ、料理…は、その、一度も無い…ので…」


作って貰った事が無いと言うと、満面の笑みと勝ち誇った顔で昔話を聞かせるように付き合っていた時の事を話し出した。


「あら~!作って貰った事無いの~?うっそ~~~!知嗣何でも作れるのよ?私、カニクリームコロッケ好きなんだけどね、作って~!ってオネダリしたらすぐに作ってくれたけど~?それにさぁ、バスケしてたから体力もあるし、週末とかよく一晩付き合わされたりしたわぁ~。奥さん躰ちっさいし、体力なさそうだけと大丈夫?知嗣を満足させてあげられてるのかちょっと心配だなぁ~。あ、そうそう……」


職場で知り合って、佐和田くんから猛アタックされて付き合い出した事。

彼女の体調が悪いときは必ず食事を作りに来てくれたりした事。

イベントは欠かさず花束をプレゼントしてくれた事。


「知嗣って笑ったら左の頬に靨できるでしょ?あれ本当にかわいいよね~。照れながら好きって言うのが私、すっごく好きだったの!」


佐和田くうは信じられないくらい優しくて、信じられないくらい笑って、信じられないくらい『好き』と言っていたのだと。


私の知らない佐和田くんの話をこの人に聞かされて、段々と自分の存在が虚しく感じて来る。




…もしかしたら、この人はまだ佐和田くんの事が好きなのかもしれない。

…もしかしたら、佐和田くんも本当は、この人とやり直したいと思っているのかもしれない。







アア、ソウカ。

モトモト、サワダクンノココロニ、ワタシノイバショナンテナ、カッタンダ…。








2月の寒さとは別に私の心はどんどんと寒くなって、苦しくなっていく。

鼻の奥がツンッとした時。


「…あ、こんな処に居たのかよ。帰りが遅いって…、野乃華?」


私と元カノは聞き慣れた声の方に顔を向けた。


「佐和田くん…」


そこには大好きな佐和田くんが、今朝見たスーツ姿で立っていた。


「な、何でここに居るんだよ」


「え?あ、えっと、これ、佐和田くんの好きなチョコトリュフたくさん作ったから、その、会社の人にも食べて貰えたらって、思って持ってって、本当に作り過ぎちゃったの!ほ、ほら、最近、忙しくって皆さん疲れてるって言ってたから、だから、これ食べたら少しだけ疲れ取れるんじゃないかって、」


「何で、」


「え?」


「何で持って来たりしたんだ!前も言っただろ!絶対に会社に来るなって!」


急に佐和田くんの顔が険しくなり怒鳴られ、私は肩を竦める。


「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」


元カノがいるから謝りたくないけれど、必死で、必死で謝った。


「お節介かなって、思ったんだけど、ご、ごめんね!?」


佐和田くんは分かっていない様だけど、元カノは笑ってこちらを見ていて、恥ずかしさと悔しさで、段々と涙が目に溜まって来る。


「お前は何で俺の話聞かねーの!?会社に来るなって言ったよな!?大学ん時も来るなって何回も念押ししてもバスケの試合見に来てただろ!周りがの男共がどんな目でお前を見てるか!その都度、何て言われるか!少しはこっちの気持ちも考えろよ!お前の無自覚すぎる処、本当にムカつくし、大っ嫌いなんだよ!」


「え?」


「帰れって!」


「佐和田くん、」


佐和田くんに触ろうと腕を伸ばすと、その腕は届く事無く、元カノによって止められていた。


「佐和田くん!」


踵を返して佐和田くんは私に背を向け、あっという間にビルの中へと入って行ってしまった。


呆然と立ち尽くす私の腕を放した元カノは


「貴女、知嗣に嫌われてるんじゃないの?ほんとに貴女、奥さんなの?あぁ、指輪もしてないしさぁ、奥さんってより、都合のいい家政婦さんだったんじゃない?」


笑いながら横を通り過ぎて行った。

ずっと夢見ていた指輪は貰う事出来なかった事を指摘されて、途端に涙があふれてくる。

左手の薬指の根本を触ってみるけど、そこにはやはり何もない。








「佐和田くんが、私の事、嫌いって…。あはは、はっきり、言われちゃった…、はは、」











私は、夫に嫌われていました。







その事実を突きつけられて、私はただ、ただ、泣くことしか出来なかった。

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