第5話

「急いで下さい」

 乗せた客は赤い顔をしてそう言った。

 三十前後のその女性は真っ白なスーツを着ている。化粧も程々で首にはヘッドホンが掛けられている。何をしている人なのか分からない。

「そんなに慌てて、どうされたのですか?」

 聞いた住所は住宅街のど真ん中。無理な生活をしなければ貯金が出来そうな世帯の住むマンション街である。

「会議に使う大切な書類を自宅に置いて来ちゃって。間に合えば良いのですが」

 ヘッドホンの片方を耳にしっかりとくっつけながら彼女は言う。それが咄嗟に出た嘘だと感じたのは何故だろうか。だがそのことを言及するのは野暮なことなのでしない。

「そうですね」

 アクセルを思いっきり踏んで先を急ぐ。これも仕事のうちだ。自然と力が入ったのは、この女性を不審に思い不気味に思ったからか。

 その瞬間、判断が遅れた。

 車の影からあらわれた白い二人組を撥ねてしまった。

 ドンという鈍い音。

 直後に高音の急ブレーキ。

 あぁ、この仕事もクビだな、短くそう思った。

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