第12話 生存説
真純が玄関に行くと懐かしい声が出迎えてくれた。
「よぅ、真純!元気そうだな。」
「永倉さん!」
永倉新八はもと新選組の2番組組長、京で共に過ごした仲間だったが新選組が江戸に移った後、新選組を脱退した。永倉も別の組織を結成して旧幕軍とともに戦っていたが降伏し、江戸に戻り、松前藩士としての帰参が認められた。
その後、松前藩の医者の娘・杉村きねと結婚して松前に渡り、義父が懇意にしている馬島医師を尋ねるのに永倉も同行してきたのだった。
「まさかこんなところでまた会えるとはなぁ。よし、今日は一杯やろうぜ。院長の許可はもらってるぜ。」
永倉は盃で飲み干すまねをした。気さくな永倉に会えて、真純も心が明るくなった。
居酒屋の席に腰をかけると永倉は真っ先に
「それで、お前さんの連れはどうした?」
と尋ねた。
「…斗南にいます。」
真純は、これまでの話を聞かせた。
「斎藤野郎、一発殴ってやらねぇとな。約束が違うじゃねぇか。」
腹いせに永倉は盃を口に運ぶ。いまだに「斎藤」と昔の名前で呼ぶところに親しみが感じられる。
「斗南を去ったのは私が勝手にしたことなので、斎藤さんは悪くないです。」
「まぁ・・・真純には辛いだろうけどよ、斎藤にも後ろ盾が必要だ。正直俺も、きねと所帯を持ってやっと松前藩士として認められた気がした。もう藩自体なくなろうとしているのに士族という身分にすがってる俺たちは、情けねぇなぁ。」
「それは、お二人とも戦うことを誇りにしているからですよ。」
「これから戦があるのかわからないけどな。真純はますます逞しくなった。江戸で会った頃より目つきが違うな。だが、気をつけろよ。もと薩長土の兵士がうろうろしてやがる。新選組と聞いて仇討ちしてくるやつもいるかもしれんからな。」
旧幕軍の大半は降伏後、謹慎を命じられたがすでに解かれている。しかし、恨みつらみが消えたわけではなかった。
「それにしても、土方さんの遺体がどこにあるかはっきりすれば、墓を立ててやりたいんだがなぁ。本当に相馬たちは五稜郭へ遺体を運んだのか?」
「私は途中で気を失ってしまって、どなたかが箱館病院に連れてきてくださったので、本当のところはわかりません。」
ともに土方の死を見届けた相馬主計や沢忠助ともそれ以来会っていない。
「案外、生き返ってロシアにでも行っちまったんじゃないか?」
「前に永倉さん、原田さんのことも『海の向こうに渡ってるかもな』って言ってましたよね。」
永倉が、原田にも土方にも生きててほしいという願望の表れにほかならない。原田左之助は槍を得意とする新選組の10番組組長で、永倉と仲がよかった。永倉と新撰組を脱退して一緒に活動していたが、一人で彰義隊に加わり戦死したとされる。真純は原田が亡くなったという知らせは聞いたが、遺体は見つかっていない。
懐かしい原田の名前から、京にいた頃の話に花を咲かせた。
「新選組のことを後世に残したいって言ってましたけど、もう書き始めているんですか。」
「それがよぉ…まだなんだよなぁ。何から書いていいやら…。」
永倉の情けない声に真純は笑った。
「いつか松前にも遊びに来いよ。」
永倉はそう言い残して、数日後、松前に帰って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます