第212話 陽炎の向こうへ

 茂さんの打ち出した作戦は、分隊の数を絞り少数精鋭での警戒に当たる、というものだった。

 G型やR型を凌ぐ耐久性を持つ、特殊仕様のヒーローは救芽井、ジェリバン将軍、茂さん、古我知さんの四名のみ。この四名を避けながら、ラドロイバーは破壊活動を行っていた。

 逆に言えば、この四名のうちの誰か一人がラドロイバーと接触して足止め出来れば、すぐさま全員を集めて包囲することが出来る。


 つまり、上述の四名のうちの誰かがラドロイバーと遭遇する状況を作ればいい。それこそが、本作戦の狙いなのだ。


 新たに編成された分隊は五つ。

 救芽井分隊、ジェリバン分隊、久水分隊、古我知分隊、そしてデュボワ分隊。

 特殊ヒーローがいない分隊を一つ作ったのには、囮という理由があった。


 先の戦いでラドロイバーは、四名を避けて襲撃を繰り返していた。つまり、特殊ヒーローの頭数は既に把握されているはず。

 分隊を四つに絞って防御を固めれば、向こうもいたずらに襲撃できなくなる……が、こちらも敵の居場所が見えない以上、膠着状態に陥り時間を浪費してしまうリスクがあるのだ。そうなればやがて政府の介入を招き、事実上の敗北にもなりかねない。

 ゆえに敢えて餌となる囮分隊を作ることで、相手の尻尾を掴むチャンスを狙おう、ということなのだ。


 加えて、分隊長は決して姿を見せず、物陰に隠れながら出方を伺う態勢になっている。ラドロイバーからすれば、五つある分隊のうち四つが特殊ヒーローがいる分隊――つまりはハズレ、ということだ。


 もちろん、危険性が最も高いのは特殊ヒーローがいない、フラヴィさんとジュリアさんが指揮するデュボワ分隊。同分隊の隊員はもちろん、他の分隊の隊員達も、そこを狙う可能性があるラドロイバーの動きを強く警戒するようになっていた。

 そして、各分隊がそれぞれの場所へ展開し、哨戒を開始して約三十分。


 カメラを持つ瀬芭さんは、拠点である病院から生体レーダーを駆使して指揮を執っている久水先輩により、救芽井分隊に回されていた。デュボワ分隊よりは安全と見込まれたのだろう。

 とはいえ、救芽井分隊は最もデュボワ分隊に近い位置にいる。襲撃される分隊がこの辺りだった場合、危険性もより高くなるだろう。

 ――俺も急がなくては。


『動きがない……。分隊長、場所をより遠くに移されては? デュボワ分隊から離れ、こちらに隙があると見せかければ、奴が同分隊に釣られる可能性も……』

『いえ。そこまであからさまな挑発をすれば、別の手段を取って攻めてくるかも知れません。向こうが手の内を出し切ってしまう前に無力化しないと、捕縛どころではなくなってしまいます』

『しかし……!』

『焦りは禁物です。こちらが萎縮し、分散していた部隊を慌てて少数に纏めた――ということにしておけば、向こうも侮って戦術は変えてこないでしょう。そこが狙い目です』


 救芽井は潜伏したまま、隊員に対して毅然とした面持ちで答えている。しかし、その声と体は僅かに震え、額を汗が伝っていた。

 目に見えて、憔悴しているのがわかる。彼女にとっても、ここは思い出深い町なのだ。加えて責任感が強いこともあり、焦燥感は人一倍なのだろう。


 ――捕縛どころではなくなる。つまり、殺してしまうかも知れない、ということか。

 これが戦争であり俺達が兵隊だったなら。何を甘っちょろいことを、と一蹴されていたことだろう。だが、俺達は兵隊ではない。

 その一線を越えてしまった時、着鎧甲冑は兵器に成り果ててしまうのだ。


『こちらデュボワ分隊。特に異常はないぜお嬢様』

『わかりました。そのまま警戒を厳にして待機――』


 そして何事もないまま、四十分が経過しようとしていた――その時。


 デュボワ分隊と救芽井分隊を結ぶ地点。


 松霧高校から、火の手が上がる。


『なっ……!?』

『きゅ、救芽井分隊から各隊へ! 松霧高校にて火災発生!』

『敵襲だッ! 近くにいるぞッ! 各隊員、警戒を怠るなッ!』

『そ、そんな……! 学校が、私達の学校が!』


 慣れ親しんだ校舎が、巨大な炎により瞬く間に飲まれて行く。その光景に、救芽井は為す術もなく取り乱してしまっていた。瀬芭さんのカメラも慌ただしく揺れており、俺から見える視界は一向に安定しない。

 そして、緊張の糸が緩みかけた瞬間に襲撃を受け、救芽井分隊は騒然となった。


 囮となるデュボワ分隊。そこに食いつくラドロイバーを足止めするための救芽井分隊。その布陣を崩すなら、松霧高校を破壊して救芽井の戦意を削げばいい。

 確かに効率的だ。しかし、この策には問題がある。

 その手が通用する特殊ヒーローなんて、松霧町との縁が特に深い救芽井くらいのもの。救芽井分隊が今いる地点に他の分隊がいれば、撹乱には至らないはず。それに、獲物になるデュボワ分隊がその近くにいる確証もない。


 にもかかわらず、ラドロイバーはピンポイントで松霧高校を焼き討ちにして、救芽井の精神を崩して見せた。護衛のメンタルを揺るがすことで獲物のデュボワ分隊を丸裸にする、というおまけ付きで。


 つまり。


『バレてるぞ、アタイらの配置ッ!』


 フラヴィさんの叫びが、通信越しに救芽井分隊に響き渡り――全分隊に動揺が走る。

 そう。こんなピンポイント攻撃、誰がどこに潜んでいるか把握していなければ出来ない。向こうのエネルギーが有限なら、無駄な破壊行為でしかないからだ。


 恐らくは、向こうも生体レーダーを所持している。しかも「どこに人間がいるか」ではなく、「どこに誰がいるか」がわかるということは、こちらのレーダーより高性能である可能性が高い。


『あ、ああ……!』

『狼狽えんじゃねぇお嬢様! それでも分隊長か!』

『で、でも!』


『泣き喚く前に悪足掻きを尽くせ! 旦那に自慢出来る活躍をして見せろッ!』

『りゅ、龍太……君……』

『ホラ、そこから敵は見えるか!? アタイらからじゃ死角なんだ、お嬢様が頼りなんだぜ!』


 通信で救芽井を怒鳴るフラヴィさんの声も、切迫していた。彼女も、恐れを知らないわけではないのだ。

 ただ、乗り越え方を知っているだけで。


『……』

『ぶ、分隊長……』


 ――フラヴィさんの言葉が、効いたのか。救芽井の指先から、震えが消えた。

 そして。


『見えたッ! 二時の方向、体育館の裏手ですッ!』

『よしきたァァ!』


 カメラが一瞬だけ捉えた、陽炎の先に映る影を指差し、救芽井が叫ぶ。それに応じるように、フラヴィさんも威勢に溢れた雄叫びを上げた。


『デュボワ分隊、敵襲に備えろ! ジュリア、てめぇはカッツェの連中数名引き抜いて消火だ!』

『けッ、あんたに言われるまでもねぇ。行くぜ夏、フンドシ締めてけよッ!』

『は、はぃぃい! ――って、私フンドシは締めてないですぅうぅ!』


 救芽井分隊が繋いでいる通信の向こう側では、デュボワ分隊の奮闘が始まっていた。他の分隊も、立ち止まってはいられない。


『指揮官より各隊へ! 松霧高校周辺に、ラドロイバー出現! 包囲なさい!』

『久水分隊、了解。久水茂、いざ参る!』

『ジェリバン分隊、了解。現地に急行する』

『古我知分隊、了解した。すぐに行くよ!』


 久水先輩の命令に応じ、方々に展開していた分隊が集結を始めているようだ。通信の向こう側から、現場に向かう隊員達の激しい足音が響き続けている。


 そして、救芽井分隊では。

 救芽井樋稟という一人のレスキューヒーローが、新たな一歩を踏み出していた。


『きゅ、救芽井分隊長……』

『……作戦を実行します。R型は松霧高校の鎮火に、G型は敵の警戒に当たってください。私はラドロイバーの追跡、及びデュボワ分隊の護衛に向かいます!』

『――ははっ!』

『了解しました!』


 どうやらラドロイバーの意図を破り、気を持ち直したらしい。救芽井は声を張り上げ、ラドロイバーとの対決を宣言する。

 その真摯な姿勢に、救芽井分隊も士気を取り戻しつつあった。


 フラヴィさんの影響もあり、一際逞しくなったらしい。俺も、負けてられないな。


『各隊員、全力を尽くしてください! さもないと、き、きん……た、た、たまま……』


 ……でもね救芽井。そこは無理して真似しなくていいのよ。

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