第81話 今日は最後に見学会、そして……

 四郷研究所の内部は、外から見たおどろおどろしい印象とは裏腹に、隅々まで清潔にされていた。


「――な、なぁ龍太、アタシら秘密基地にでも来とんやろか?」

「まぁ、得体の知れない点で見れば正しく『秘密基地』、だよな」


 ……というよりは、やたらハイテクな絵面が広がっている、と言った方が正しいのかも知れない。

 純白かつ機械的な、一本道の廊下。その端々を、公園のゴミ箱のような形状で動き回る「お掃除ロボット」。そして、通路の窓越しに映る幾多のベルトコンベア。

 研究所に入ってすぐに、エレベーターで地下深くまで降ろされたかと思えば、この景色である。SF映画のセットだと言ってくれた方が、まだすんなりと納得できたことだろう。


「宿泊所は地上の階に限定してあるのよ。この研究所の本領は、この地下施設」

「……施設っていうより、もうほとんど地下基地ですよね。もしかして、研究所の入口を置いてある崖も全部、中身はこういう施設なんですか?」

「崖もそうだし、そこからもっと下――つまり正真正銘の地下まで、階層は続いているわよ。下に行けば行くほど、重要な施設になっていくの」

「ワタクシも初めて知った時は、本当に驚いたざます。どうです? あなた方も驚嘆されまして?」


 簡単な研究所案内をしながら、俺達一行の先頭を歩く所長さん。サラリと言ってのけてはいるけど、ここって相当常識外れな仕組みしてんだな……。久水の言う通り、今の俺達の反応には「驚嘆」という二文字がよく似合うことだろう。

 あの刑務所みたいな施設が末端の最上階で、そこから崖の中身が本当の研究所になっていってる――ってわけか。つまりこの四郷研究所は、本来は崖並に高いビルみたいな、超高層ハイテク施設とも言えるんだろうか。……むちゃくちゃだ。いろいろとむちゃくちゃ過ぎる。

 しかも質問してた救芽井さんは、さも納得したかのようにフムフムと頷いていらっしゃる。なにあっさりと理解しちゃってんの!? スケールのヤバさに突っ込もうとは思わないのか!


 ――しかし、なんでまた崖の中なんかにこんな研究所を作ったんだかな。これじゃまるで、何かに偽装してる悪役のアジトじゃないか。


 この研究所のそんな不自然さに首を傾げつつ、俺は窓の外へ視線を転換する。メカの手足を思わせる部品を、流れるような作業で運んでいるベルトコンベア。その流動を眺めていると、自然にため息が出てしまった。

 ――こんなフザけた科学力を持った連中が作り上げた傑作が、「新人類の身体」か……。これだけのモノを作れるのなら、もうちょっと人間に優しい代物を捻り出してほしいもんだが。


 ……ん? 「連中」……?


「そういや所長さん、ここには何人くらいの人が住んでるんですか? 地上の階だと、掃除とか料理とかはほとんど人型のロボットがやってたみたいですけど」

「基本的なことはウチのロボットが済ませてるわよ。料理、洗濯、掃除、そして開発作業……それら専門のロボットが、いつも頑張ってくれてるわ。住んでる人間は――私達姉妹を入れても、たったの三人ね。今なら、伊葉和雅さんも泊まりに来てるわよ」

「ほとんどロボットが!? しかも住んでる人間が三人だけ!? ――つか、伊葉さんも来てたんだ。姿が見えなかったけど……」

「今は最上階で、ウチの同居人と話し込んでるところよ。昔からの知り合いだからね」


 十年前の総理大臣と知り合いって、どんな関係だよ……なんかいろいろと気掛かりなことばっかりだなぁ。こんだけだだっ広い研究所に、三人しか人が住んでないって話も信じがたいし。


 そういえば、俺達が研究所の入口を潜るとき、やたらガタイのいいお兄さんとすれ違ったことがあった。あの時は周りをキョロキョロと見渡してたせいで、人相こそ見逃してしまっていたが、多分あの人が所長さんの云う「同居人」なんだろう。

 所長さんが言うには、俺達の荷物を運んでくれてたらしいし、地上に上がったらちゃんとお礼言わなくちゃな。


「しっかし、ホンマにロボット工場ばっかりやなぁ。かれこれ十階分くらい降りよるけど、ずっとおんなじ場所ばっか見よる気がする……」

「……最下層の手前の階くらいまでは、ずっと似通った光景が続く……」

「どんだけ続くんやソレ!?」


 この研究所の、異様なまでに連続する景色を前に、矢村が悲鳴を上げる。――無限ループって怖くね?


「それはそうと、四郷所長。そろそろあなた方の最高傑作にお目にかかりたいところなのですけれど? さっきからずっと同じような工場を巡ってばかりではありませんか」


 すると、何回も似たような場所を見せられてばかりの現状に業を煮やしたのか、救芽井がチクリと刺すような台詞を吐いた。その最高傑作がすぐ傍で歩いているのかと思うと、当の本人の反応が怖いな……。


 いずれ知られることなんだろうし、隠す必要も本当はないのかも知れないが、四郷本人からの許可を得ないままベラベラと暴露してしまうのも忍びない。俺は相変わらず仏頂面な眼鏡少女に目配せしつつ、素知らぬふりをした。


「ごめんなさいね。そっちのことはあらかた知り尽くしてるのに、こっちのことは何も知らされてないっていうのは、私から見てもズルイことだとは思うわ。だけど今日はもう遅いから、ウチの研究所の簡単な概念だけでも知ってもらおうと思って、ここまで案内させて貰ったの。私達の手札は、明日の午前中に披露する予定よ」

「……わかりました。では、コンペティション前の情報交換は、明日以降に延期ということですね?」

「ええ。と言っても、あなた方の手札――着鎧甲冑のことは大体把握してるから、基本的にはこちらの一方的な発表会になるでしょう。楽しみにしててね?」


 年上のお姉さんらしく、ウインクを送って宥めようとする所長さん。そんな彼女の余裕釈々といった対応に、救芽井はさらに眉を吊り上げる。うわぁ、なんだこのムード……。


「あ、あの、所長さん。そこら中でチョロチョロ動いてる『お掃除ロボット』なんですけど、あれを商品とかにしたら売れるんじゃないですか? なんでこん――この研究所のためだけに使ってるんです?」


 そこで、険悪な雰囲気にも成りかねないこの状況を打破するべく、俺は所長さんに話題を持ち掛ける。――危ねぇ、「こんな山奥の研究所なんかに」とか言いそうだったわ。本音だけどさ。


 ……しかし実際問題、ここのハイテク技術が今まで全く世に出ていない、というのはなんとも不自然な話じゃないか。ゴミ箱みたいな形状で、ホバリングしながら動き回る「お掃除ロボット」……。値は張るかも知れないが、一家に一台は欲しいビックリメカだろう。

 もし救芽井エレクトロニクスが着鎧甲冑を発表するより先に、四郷研究所がこういうロボットを発表していれば、着鎧甲冑を凌ぐインパクト――とは行かなくても、それなりに注目は集められたんじゃないだろうか。

 これだけの技術があって、それをこんな地下深くにまでひた隠しにする意味が、どこにあるんだろう? ……今回の、コンペティションまで。


 所長さんは俺の問いにすぐには答えず、少しだけ間を置いて口を開く。


「……完全な製品を世に送れるようになるまでは、どこにも売り出さないってこだわりがあってね。そのおかげで、あなたの言う通り、何一つ商品になっていないのよ。あの『お掃除ロボット』は、電動義肢技術の応用で作った『おもちゃ』でしかないしね」


 その時の彼女の苦笑いに、俺はどことなくぎこちなさを覚えた――が、その理由を察することまでは、できなかった。


 ――結局、日が沈むまでの一時間ちょっとの間、俺達は「ロボットという呼び方に近しいほど、機械的な電動義肢の開発が主体になっている」という四郷研究所の見学だけに終始していた。肝心な話は、救芽井と所長さんの会話からして明日に変わるらしい。

 そこまで勿体振るもんなのか? 「新人類の身体」ってのは。そりゃ、確かに「人間の脳みそをそのまんま機械に」って話は、いささかショッキング過ぎるとは思うけど……。


 ……でも、この人は本当にそんな代物を商品にして売り出すつもりなのか?


 俺の胸中にそんな疑問がつっかえた時には、既に見学の時間は終わり、俺達は地上に上がっていた。


 エレベーターから出た先では、所長さんに沈められた茂さんが、ソファーの上でタオルケットを掛けられて眠っている。いくら気品を投げ捨てたド変態だとはいえ、あのまま野ざらしにしておくわけには行かなかったのだろう。四郷研究所の手厚い処置に感謝だ。


「皆さん、今日はお疲れ様。明日は午前中にちょっとだけ時間を貰うけど、それ以降は一日中お休みだから、ゆっくりしていってね。寝泊まりする部屋は、こっちにあるわ」


 所長さんは俺達全員を地上まで連れ出すと、宿泊する場所に案内しようとする。

 そんな彼女の、初対面の時に感じた冷たさを覆う、穏やかな口調。その裏側に何があるのかを勘繰っていた矢先――


「うわっ!?」


 俺は壁のような「何か」にぶつかり、思わずよろけてしまう。所長さんに気を取られて、周りを見ていなかったせいだ。


「まぁっ!? 龍太様、お怪我はありませんの!?」


 その時、一番近くにいた久水が慌てて俺の体を支えようとする。あ、あの、ダブルリーサルウェポンが当たってらっしゃるんですけど……。


「――ちょっとそこのあなた! ワタクシの旦那様にぶつかっておいて、謝罪の一言……も……」


 俺がぶつかった相手に向かい、久水は語気を強める。いや、悪いのはよそ見してた俺なんだけどさ……。


 だが、最初は強気な態度だった彼女の表情が、みるみる青ざめていく。まるで、虎の尾でも踏んでしまったかのように。

 次第に言葉を失っていく彼女。俺はその視線の先に、何かヤバイものがあるのかと踏み、とっさに彼女を庇うように立つ。


 そして、俺の眼前にそびえ立っていたのは――


「……すまなかったな。怪我はないか?」


 ――百九十センチはあろうかという圧倒的な体格、赤髪のショートカット。視界を闇へ飲み込むように広がる、黒い革ジャケット。そして、端正な顔立ちでありながら、その鋭い目つきは肉食獣が人の姿を借りたような、獰猛さを滲ませている。

 そんな巨漢が今、俺と視線を交わしているのだ。……なるほど。何者かは知らないが、こりゃ久水も怖がるわけだ。


「がが、凱樹さん……!? もう伊葉和雅とのお話は、おお、終わりましたの……!?」

「……まぁな。奴なら今、外で夜風に当たっているところだ」

「『凱樹』さん? ってことはもしかして――」


 一瞬は敵じゃないかと身構えてしまった俺だが、久水と彼の会話を通じて彼の正体を察し、少しだけ警戒を解く。向こうも俺の対応からそのことに気づいたのか、フッと口角を上げた。


「――そうだ。オレは四郷姉妹を除く唯一の住人、瀧上凱樹。所長の助手を務めている。短い間になるが、よろしくな」


 そう自己紹介する彼の眼光からは、おおよそ助手の立場の人間とは思えない「殺気」が放たれているように感じた。

 俺の、思い過ごしなんだろうか……?


 ――しかし、なんか引っ掛かるんだよな……。瀧上凱樹、四郷鮎美……どっかで聞いた覚えがあるような気が……?

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