第45話 終わり良ければすべて良し

「うっはー……最近噂になってるらしいけど、やっぱめちゃくちゃかわいいじゃん! なんでそんな奴と一緒にいるわけ?」

「知ってるか? こいつ昔は結構いじめられてるクチだったんだぜ? そんなダサい奴と並んで歩いくなんて、もったいなくね?」

「だからさぁ、俺達とどっか行こうよ。ぜってーそいつよりお得だからさ!」


 救芽井と二人で繰り出した商店街。そこで出くわしたのは、見覚えのある男子達だった。


 ――そう、俺をいじめていた連中だ。


 矢村絡みの一件以来、関わって来なくなったはずだったんだが……どうやら、町で噂の超絶美少女――もとい救芽井を引っ掛けたくて、ここまで来ていたらしい。


 ついこないだまで訓練にばかり時間と気力を注いでいた彼女が、俺と出くわしたことをきっかけに外出をするようになった。その影響は、やはり外部にも出ていたらしい。

 こんな町にはあまりにも不釣り合いな、色白の美少女。その存在は、とっくに商店街一帯の話題をさらっていたようだった。


 普段ここに来ないような連中が、彼女目当てにやって来るのも頷ける。

 人命を守るスーパーヒロインがいたり、アイドル級美少女がうろついてたりと、松霧町はここ最近ネタに事欠かないな。


「変態君、この人達は?」

「うちの中学の同級生。まぁ……最近は絡みがなかったはずだったんだけどな」

「なにぶつくさ喋ってんだよ! クソ煉寺の分際で!」


 俺と救芽井がひそひそと話している様が気に食わないらしい。三人のうちの一人が、こちらに食ってかかる。


「クソ煉寺……!? なんですか、その下賎な口ぶりは! 訂正しなさい!」

「まぁまぁ……。あの、悪いんだけどさ。この娘、明日には実家に帰るらしいんだ。それに門限だってあるし、あんまり時間が取れないんだよ。彼女にとっては今夜が最後なんだから、せめて今ぐらい道を空けてくれないか?」


 プンスカと怒る彼女を制し、俺は三人へ視線を送る。

 あんな戦いをして心配を掛けてしまったばかりなんだから、出来れば荒事は避けたい。俺は可能な限り穏便に事態を収めようと、やんわりと懐柔を試みた。


「ハハハ、なんだそりゃ? いーんだよ、うるさい親なんか無視してりゃ!」


 ――だが、あいにく向こうは聞く耳を持たないらしい。話をしているのは俺なのに、目も合わせずに救芽井のプロポーションを舐めるように眺めてばかりいる。


「……なん、ですって……?」


 その言葉に、救芽井はわずかに顔を赤くする。恥じらいではない。完全に「怒り」の色だ。


 ……当たり前か。救芽井は両親を助け出すために一人で戦い、苦しんで、やっと今日になって会えたんだ。

 それだけのことをした後に、「うるさい親なんか」などと肉親を蔑ろにするような台詞を吐かれたら、そりゃ怒る。


 救芽井は「解放の先導者」に対して一騎当千の強さを見せ付けるほどの、格闘センスがある。対して、向こうは俺一人にてこずってたようなドシロウト集団。

 しかも、連中はその力量差を知らないまま、彼女を挑発している。下手をすれば、ブチ切れた彼女が三人を病院送りにしかねん……!


 俺だったらケンカしたって「所詮一煉寺だから」で終わるけど、彼女はそれじゃ済まされない。ゆくゆくは「着鎧甲冑」という発明品にとって、なくてはならない存在になるはずなんだから、こんな厄介ごとの巻き添えを喰らってる場合じゃない。

 負けることはないにしても、万一のことを考えて、彼女を危険から遠ざける。それは別に、悪いことでもないはずだ。


「あーその、頼むから今回は見逃してくれよ。さっき言ったように、あんまり時間を無駄にしたくないんだ」

「ウゼェんだよクソが! さっさと家に帰ってシコってろ!」

「よくも彼にそんな口を……許せない!」

「なんだよこの女、まさか一煉寺がイイってのか? イカレてるぜ」


 ……彼女を庇うつもりが、余計に話をこじらせてしまったようだ。俺を罵倒する男子達に救芽井がさらに怒り、その彼女を連中が睨む、という構図になっている。

 つーか、家族のことならまだしも、俺のことでまで怒っててどうすんだよ……カルシウムが足りなくなるぞ。


「……ヤロー、さてはもう女にハメやがったな? いじめられてた分際で、処女を奪って童貞卒業なんて百年はえーんだよッ!」


 すると連中の一人が、とんでもないミスリードを起こして殴り掛かってきた!


「――っく!」


 だが、それはもう、俺をいじめる力にはなりえなかった。相手の拳よりも先に、とっさに飛び出ていた俺の熊手が、その顔面を打ち抜いていたからだ。

 鼻血が辺りに飛び散り、彼は尻餅をつく。その様は、到底去年まで俺をいじめていたような奴の姿には思えないものだった。


 ――ろくにケンカだってしたことがない。正しくは、ケンカらしいケンカをする前にやられていた。

 そんな俺が、兄貴の拳法を使った途端にコレだ。今までは失敗を恐れて使えなかった技だが、古我知さんを倒した後だからか……全く技の出に、迷いがなくなっていたのだ。


 ただ技が使えた、というだけじゃ、ここまで上手くは行かなかっただろう。素手で「解放の先導者」を破壊できる程の鉄人である兄貴の教えがあったから、いつの間にかここまで強くなっていたんだ。

 もちろん兄貴に比べりゃ、俺なんて白帯すらおこがましい程のペーペーだ。それでも――救芽井を守ることはできた。

 ……だが、それは彼らを傷つけた事実にも直結する。古我知さんと何も変わらない、ヒーローからは程遠い存在だ。そういう意味じゃ、俺と彼は紙一重だったのかもしれない。


「い、痛い! 痛いぃ!」

「お、お前、鼻血やべーぞ!」

「てめぇ、やや、やりやがったな!」


 今度はもう一人が掛かって来る。俺は条件反射で片膝を上げ、待ち蹴の体勢を作った。


「ひいっ!」


 それだけで、なにかしてくると思ったのか、そいつは戦意をなくしてしまっていた。蹴りのフォームに怯むと、すぐさま引っ込んでしまう。


「い、行こうぜ……わけわかんねーよ、もう……!」

「ひぅ、痛い、痛いよぉ……!」


 連中は鼻血が垂れ流しになっている仲間を引きずり、ズルズルと撤退していく。俺はいじめていた相手を退けたことで、少しの安堵と多くの悔いを噛み締めて、救芽井の方へと向き直る。


「……あんなのにいじめられてたの? 変態君が?」

「まぁ、そういう時代もあるってこったな」


 こんな暴力のために、俺は鍛えられていたわけじゃない。そのことを忘れたら、俺はどこまでも誰かを傷つけてしまうのだろう。そんな正義の味方はきっと、彼女の望むところじゃない。

 ……カッコつけたことばっかり考えてるみたいで、正直我ながらうすら寒いけど……これぐらいの気持ちがなきゃ、この娘と仲直りできる見込みなんてこれっぽちもないのだろう。


 ――損な役回りだよな、王子様ってさ。


 ◇


 そのあと、俺達は商店街の中へと進んでいく。クリスマスの夜というだけあって、辺りの賑わいは最高潮だった。

 職人業のイルミネーションが町並みを彩り、サンタの格好をした人々が風船やプレゼントを、子供達に笑顔で配っている。

 中央に立てられたクリスマスツリーは、噴水まで用意された豪華な仕上げになっていた。この町でこのクオリティは、相当な大盤振る舞いなのである。


「綺麗ね……」

「年に一回の一大イベントだしな。今夜が『クリスマス』の最後なんだから、なおさらだ」


 飾り付け以上にキラキラしている救芽井の手を引くと、俺は噴水の近くの石垣に腰掛けた。彼女もそれに続き、俺の傍に腰を降ろす。


「よくやってくれたよ、お前は」

「えっ?」

「お前がここに来てくれなかったら、絶対誰かは不幸になってた。この町を守ってくれて、ありがとな」


 彼女の顔を覗き込むような格好で、俺はニッと笑う。微笑んだってキモいだけだし、どうせなら思い切り顔を崩して笑った方がいいだろう。


「そ、そんな! お礼を言わなきゃいけないのは、私の方なのに……。さっきだって、私をあんなに守ってくれて……」

「そりゃあ、お前に何かあったらマズいんだから当然だろ? お前はここからが大事なんだからさ」

「もう、それはお互い様でしょ? あなたこそちゃんと受験勉強頑張らないと、矢村さんが泣いちゃうわよ? さっきみたいに」

「そ、それはそうだな、ハハ……」


 俺が冷や汗を流して頬を掻くと、救芽井は可笑しそうにコロコロと笑う。「楽しそう」というよりは「幸せそう」という表現が似合いそうな笑顔だが――まぁ、喜んでるならマシってことだろう。


 すると、このクリスマスツリーがある中央地点一帯に、穏やかな音楽が流れはじめた。

 下流の川を流れるような、優しい音色のバイオリン。肌を撫でる緩やかな風を思わせる、ピアノの演奏。

 町の人々を癒すはずのそのBGMは、俺の心にグサリと突き刺さるのだった。


 ――眼前のカップルや若い夫婦達が、音楽に乗って踊りはじめたからだ。

 周りに見せ付けるかのように派手に踊るカップルもいれば、初々しく恥じらいながら踊る若夫婦もいる。


「えっ……こ、これは?」

「ハァ、とうとう来やがったか……この時が」


 そう、この町で行われるクリスマスに、ここまで気合いが入っているのは――ひとえに、このイベントのためにあるのだ。


「……これは見ての通り、出来立てホヤホヤの恋人達をもてなす、ダンスパーティさ。この松霧町の、数少ない名物ってとこか?」


 救芽井に軽く説明した後、俺は思いっ切りため息をつく。これがいわゆる、「カップルお披露目」の祭典だからだ。

 言うまでもないが、このイベントはカップル限定である。孤高の野郎共にとって、この場所は噴水広場という名の、血の池地獄でしかないのだ。


 俺がここに救芽井を連れ込んだのは、彼女と踊るため――とはいかなくても、せめて「雰囲気くらいは味わえるかも」という淡い期待を胸に抱いていたからだ。

 ……だが、それすらも俺には程遠い。実際に来てみて再認識させられたが、全然そんなムードじゃねぇ! 救芽井とか、ぽけーっとダンスを眺めてるだけだし!

 「異性」を意識しないように気をつけているつもりだったにもかかわらず、こんなところに来てしまう辺りからして、どうも俺は煩悩に弱い人物だったらしいが……これはさすがに愚行過ぎた。

 あぁ……「俺と踊るかい? ハニー」とか言えるわけないし、かといって何のアクションも起こさないままだと、目の前のダンスに精神が蝕まれる一方だ!


 くそっ、もうこうなれば、この場から脱出するしかない! 総員退避! 退避ーッ!


「こ、ここにいたってしょうがないし、別のとこ行ってみるか!」


 俺は救芽井の手を取り、このカップリング亜空間から離脱するべく立ち上がる。

 すると――


「ふえっ!? お、踊るの?」


 彼女は小動物みたいに肩を震わせ、シモフリトマトみたいに真っ赤な顔で俺を見上げた。


 ――お前は何を聞いてたんだァーッ!?


 さっき「ここから移動しよう」という旨を口にしたばっかだぞ!? どんだけ上の空だったんだコイツ!

 ていうか今度は「一緒に踊る」ムードに早変わりしてるし! 諦めて場所を変えようとした途端にコレかいッ!?

 マ、マズい! これは計算外だった! どう答えればいい!? どんな選択が一番好感度の上がるコマンドになるんだ!?


「あ、あー……んじゃまぁ、せっかくだし――踊るか?」


 ――ドサクサに紛れて俺も何言ってんだァァァッ!?


 なに流されてんだ! しかもなんだその生返事! 仮にも擬似デートだぜ!? リアルギャルゲーなんだぜ!?

 あぁ救芽井が俯いてる! もっと顔真っ赤にしてる! 絶対笑ってる!

 待って! 今の取り消すから! 俺の気の迷いだったから! だから変態からの格下げだけはらめぇぇえぇえ――


「うん、いいよ……」


 ――えぇえ?


「い、いいのか?」


 俺がほうけた顔で確かめると、彼女は少し俯いたまま、こくりと小さく頷いた。

 え? なに? つまり――オッケーってこと?


「は、早くエスコートしてよ。時間が、ないんだから……」


 俺にゆっくりと手を差し出す彼女の顔は、茹蛸のように赤い。熱でも出してるんじゃないかってくらい、赤い。

 そして、瞳も潤んでいる。蒼く透き通った眼差しが、俺の姿を捉えて離さない。

 こんな顔をされて、今さら引き返せる男がいるんだろうか? 多分、いないんじゃないかな。


「お、おぅ……」


 俺は指先が震えないように無心を心掛け、そっと彼女の手を取ると――吸い込まれるかのように、今まで避けつづけていた世界へと、踏み込んで行った。


 ――俺が弱いわけじゃない。彼女の魅力が、ヤバ過ぎただけだ。

 そんな言い訳を心の中で並べながら、俺はカップル達に混じっていく。


「お、俺、実はこういうの初めてでさ……」

「う、うん。私も……」


 ……って、あれ? こういう社交ダンス、救芽井も初めてだったのか?

 てっきり、こういうのは慣れてるもんだと思ってたんだけどなぁ。それであわよくば、リードしてもらうつもりだったんだけど……。


「……お父様が厳しくて、今まで誘われたことなんてなかったから……」

「――じゃあ、見様見真似でやってみるか。お互い、素人だしな」

「……ふふ、そうね。お互い様、だもんね……」


 そういうことなら、仕方ない。成り行き上こうなったんだから、最後までやるしかないんだし。

 俺達は周りの動きに合わせて、ぎこちなく手を取り、足を動かし、視線を交わす。

 ちゃんと練習してきたカップルと比べれば、グダグダと言わざるを得ない出来だったはずだが――救芽井は終始、満面の笑みをたたえていた。

 何がそんなに嬉しいのかはよくわからないし、ド素人の俺には、深く意味を考える余裕もなかった。

 だけど、「彼女が喜んでる」。その事実がある限り、俺も笑顔を絶やさないように心掛けていた。


 ――せめて彼女が笑顔で、この町を去れるように。


 ◇


 俺の脳内予定の上では、もっと他にいろいろなところを回っていくつもりだったのだが、初めてのダンスパーティにハッスルし過ぎてしまっていたらしい。

 パーティが終わる頃には、時刻は既に十一時半を過ぎていたのだ。


 せっかくの最後の外出だったのに、ほとんどダンスだけで時間を潰してしまった。その事実に青ざめる俺だったが、救芽井はそのことで怒ることはなかった。


「ありがとう……すごく、楽しかった」


 それどころか、そんなお礼まで言ってくれたのだ。その時の切なげな表情を見れば、もっといろいろと見て回りたかった気持ちがあったことくらい、俺でもわかるのに。

 ここまで来て気を遣われるなんて、ほとほと俺も堕ちたもんだなぁ……。彼女はきっと大人だから、その辺もしっかりしてるんだろう。


 だが、落ち込んでいる暇はない。

 こうなれば、せめて見送る瞬間までは笑顔でいないとダメだ。変にテンションを下げて、これ以上気を遣わせたら男の尊厳にかかわる!


 ……つっても、とうとう変態のレッテルは剥がせなかったみたいだけどね。別に救芽井との結婚までは望まないから、せめて普通に呼ぶようになって欲しかったよ……グスン。


 大急ぎで救芽井家まで引き返した頃には、既に家族全員が出発準備を終えているようだった。

 大型トラックに荷物(と古我知さん)を全て積み込み、救芽井とゴロマルさんが暮らしていた家からは、「救芽井」の札が無くなっている。


「おぅ、二人とも! 随分と遅いお帰りじゃったのう」

「お帰りなさい。いい思い出は、出来た?」


 トラックから身を乗り出したゴロマルさんと華稟さんが、俺達を出迎える。救芽井は笑顔でピースサインを送ると、クルリと俺に向き直った。


「じゃあ、私達……帰らなくちゃ。ありがとう。本当に、ありがとう……」


 救芽井の、どこか悲しげな笑顔。それを見ていられなかった俺は、必死に言葉を探す。

 変態呼ばわりをやめて欲しいのも、見送る瞬間には笑顔でいて欲しいのも、全ては「終わりよければ全てよし」とするためだ。

 彼女がちゃんと笑ってくれなかったら、変態呼ばわりのまんまで終わる以上に後味が悪い!


「最後なんだぜ? もっと笑おうよ、ずっと変態扱いのままでもいいからさ!」


 結局口にしたのは、そんなストレートな主張でしかなかった。こんな時に気の利いた台詞が言えない、俺のボキャブラリーが恨めしい……!


「ふふ、あなたらしいわ。ずっとそのこと、気にしてたの?」

「あ、当たり前だろ!」


 一方で、向こうは俺の死活問題を相当軽く見ていたらしい。思わずじだんだを踏み、憤慨してしまう。


「樋稟、零時を回った。急ぎなさい」


 すると、彼女越しに甲侍郎さんの呼び声が聞こえて来る。どうやら、かなり時間が押して来ているらしい。

 しかし、当の呼ばれている本人は返事をしない。あれだけ家族を大切に想っていたのに、珍しいな。

 ……というよりは、返事に気が回らないのか? 胸倉の辺りをギュッと握りしめ、頬を僅かに染めている。


「――きゅ、救芽井?」


 その時、彼女を取り巻く空気の色が変わった。

 今まで以上に潤んだ瞳。恍惚とした表情。突然見せたその顔に、俺は我を忘れて釘付けになってしまう。


 そして――


「じゃあ、お詫びもかねて……クリスマスプレゼント、あげるね。――『龍太君』」


 彼女の顔が、視界から消えた。

 正しくは、目に見えない場所に動いたのだ。俺の、左頬へと。

 次いで、その肌に伝わって来る、柔らかい肌が触れる感触。そこから伝導される温もりに、思わず骨抜きにされそうになる。

 俺の頬に顔を寄せた彼女から、直に通じ合わされた肌と肌の繋がり。


 それが意味する現実に、俺の思考回路が追い付く頃には、彼女はもうトラックへと乗り込んでいた。


「――ねぇ、私、笑えてる?」


 俺を見つめ、車窓から顔を出す彼女は、頬を紅潮させながらも――笑っていた。

 もう、文句の付けようがないくらい……朗らかに。


「あ、うん……スッゴくいい笑顔、だよ」


「そうなんだ……ありがとう。私、あなたのおかげで、幸せです」


 抑えている恥じらいが滲み出ているが、それでもかわいらしい笑顔は健在だ。その笑みに見とれているうちに、トラックが発進しても、手を振ることを忘れてしまうくらいに。


「お~い! またなぁ~古我知さ~ん!」


 隣で兄貴が手を振っていても、俺はただ呆然と立ち尽くし。


「婿に取る心構えは、出来たか?」

「うん……ありがとう。お父様」


 そんなやり取りがあったことを、知る由もなく。

 ――こうして、俺のちょっと日常から外れた冬休みの一時は、雪と共に溶かされて行くのだった。


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