第33話 呼んでませんよ、一煉寺さん

 ……あーやべぇ。ぶっちゃけると超こえぇ。


 実戦は一応経験済みではあるけど、アレはあくまで人間相手。古我知さんもれっきとした人間ではあるけど、取り巻きの「解放の先導者」込みで相手するとなると……事情が変わってくる。


 俺、結局アイツらとまともにやり合えるくらいまで、訓練が進まないままここに来ちゃったわけでして。ある程度逃げ回ることはできるけど、救芽井みたいにガンガン攻め入るのは無理そうだなぁ。


 ――と来れば、狙うはやはり古我知さん一択かな。勝てるかどうかは別として!


「ちょ、ちょっと変態君! なに考えてるの!? あなたの力量じゃ『解放の先導者』も倒せないのに――私ですら歯が立たなかった『呪詛の伝導者』に勝てるわけないじゃない!」


 古我知さんにやられた黒い帯でぐるぐる巻にされたまま、救芽井は身をよじらせて俺に食ってかかる。活きのいいお魚だこと……。


「縛られてる格好でよく言うよ……無理でもなんでもやらないと、お前ら一家が全部なくしちまうんだろ!」

「だからって……なんであなたがっ!」

「お前の言う通りにしたって、勉強できる気がしないからだよッ!」


 今は彼女に付き合ってる場合じゃない。そういう心境が少なからずあったからか、俺の声色はちょっとばかり荒ぶっていた。

 救芽井はそんな返答に驚きを隠せないようだった。目を見開き、「えっ」という顔をしている。


「そ、そんなことのために、こんなところまで……!?」

「おうとも。『そんなこと』に大マジになって来たんだよ、俺達は」


 確かに、両親と共に描き続けてきた夢を背負っている救芽井から見れば、さぞかしチャチな動機に聞こえたことだろう。受験に専念できないってだけで、下手すりゃ当分の記憶(勉強の成果含む)を消し飛ばしかねない戦いにしゃしゃり出るなんて、天然記念物レベルのバカがすることだろう。

 その辺はそんなバカの俺にも、そこそこ察しがつく。それでも――俺個人にとっては、精一杯考えて決めた動機なんだ。

 どれだけバカにされたって、俺はここからやすやすと帰るつもりはない。


 俺は不安げな表情でこっちを見つめる、救芽井と矢村を交互に見遣ると、思わず頬を綻ばせてしまった。


「おいおい、まるで特攻隊の見送りだなぁ。やられちまうオチが大前提なのか?」

「決まってるでしょう!? あなたが立ち向かうには、彼らは、彼は、あまりにも強すぎる! それに、あなたには命を懸けるような戦いはしてほしくないの!」

「アタシは龍太のやること、信じとるよ。信じとるけど……怖いんやったら、いつでも止めてええんやで?」


 二人とも、あんまり俺を戦わせたくはないらしい。ここまで制止されると、自分がいかに信頼されてないかが身に染みてくるようで、悲しくなる……グスン。


 だが、どう思われていようと、俺はやるしかあるまい。ここまで滑り込んで来てしまった以上は。


「救芽井も矢村も、そこまで心配してくれてありがとうな。でも大丈夫、俺がなんとかしてやっから」


 それだけ言い捨てると、俺は二人の反応を見ることもなく――彼女らとの対話をシャットダウンするように古我知さんの前に立つ。

 相変わらず華奢な外見だが、コイツのヤバさと強さはもう何度も目の当たりにしてる。こんな状況で、ビビるなってのが無理な話だろう。

 それでも、前に進まなきゃ。前に進んで、コイツに勝たなきゃ。どんだけ足が震えても、奥歯ガタガタ鳴らしてもいいから、コイツにだけは勝たなきゃいけないんだ。


「……君、本当に戦うつもりなんだね? 僕と」

「ああ。腹を括る時間もなかったが――ま、ここまで来て『やっぱやめます』みたいなこと言える空気でもないだろ?」

「違いなさそう……だね。例え君がそう言ったとしても、僕は軽蔑しないけど」

「そのお気遣いといい、命は取らないように心掛けてる点といい、つくづくあんたは悪役には向かないな。――だからこそ、腹が立つ!」


 ……そう。それだけの良心があって、こんな面倒事をしでかしてるんだから。


 古我知さんには古我知さんの考えってもんがあって、それがあっての今がある。それくらいは大体わかる。それが、一理あるってところも。

 ソレが結果として、こんなことになっちまったってのが、俺から見れば何よりやるせない。「戦う」って方法でしか、彼らの対立が止まらないっていう現実が。


「そこまで言って引き下がらないというなら……もはや言葉は意味を成さないようだね。いいだろう」


 向こうも、そういう空気を読んでくれたらしいな。黒い「腕輪型着鎧装置」を装着する彼の眼差しは、敵を狙う鷹の色をたたえている。

 情を抑え、あくまで目の前のガキを外敵と認識しようとしている――「人間」の顔。そこに、千載一遇の勝機はある。


「ゴロマルさん、兄貴……これでダメだったらごめんな!」


 あとは、俺次第だ。

 右手首に装着した翡翠色の「腕輪型着鎧装置」を翳し、俺は見様見真似の変身ポーズを決める。

 両親の夢を一身に背負い、たった独りで「技術の解放を望む者達」と戦い続け、この町を守り抜いてきたスーパーヒロイン――救芽井樋稟の願いを、継ぐために。


「着鎧――甲冑ッ!」


 刹那、俺と古我知さんは同時に全く同じ名を叫ぶ。この身が光と鎧に包まれていくのは、その直後であった。


 特別な資格も、力もなく。

 ただ偶然居合わせたってだけだけど。

 そんな俺しか、この場にいないなら。


 今、この場所にいる俺が、戦う。

 呼ばれざるヒーロー、一煉寺龍太として。


「『着鎧甲冑ヒルフェマン』――見参ッ!」

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