第31話 自分より早い女の子に、フラグが立つわけがない

「だーちくしょう! すっかり遅くなっちまった!」


 あれから約小一時間、俺はゴロマルさんや兄貴からの話を聞いた後、矢村と二人で廃工場に向かっていた。


 彼らから聞くことが出来たのは、俺が古我知さんを止め、救芽井を救える可能性があること。そして、彼女が今でも「王子様」が現れることを願っていることだった。


 救芽井がたった独りでもスーパーヒロインとして戦う決心がついたのは、「努力する少女の窮地に、ヒーローが駆け付ける物語」を父親から何度も聞かされていたから――らしい。


 諦めずに立ち向かえば、いつかきっと報われる。例えそれが不可能に近い確率だったとしても、がむしゃらに信じていなければたちまち心が崩れてしまう。

 それが、彼女なりの割り切り方なのだと、ゴロマルさんは言っていた。あれだけスーパーヒロインだと豪語していても、本音を言うならやっぱり「お姫様」が良かったんだな……。


 それに、さっき言ったように古我知さんに勝てる要素が俺にあるという話も聞くことが出来た。

 本当にそれで勝てるかはわからない。可能性はある、といっても、結局は「机上の空論」ってヤツでしかないのは確かだ。

 だけど、それでもやらなくちゃいけない。ほんのちょびっとでも勝ち目があるなら、俺自身を試す意味だってあるはずだ。


 俺みたいな品のない奴には、「ヒーロー」も「王子様」も務まらないかも知れない。古我知さんを止めるなんて大層なマネ、できっこないかも知れない。

 だとしても、やらないわけにはいかない。このクソ寒い冬の夜の中で、助けを求めてる「お姫様」がいるなら!


「龍太! あと五分くらいあったら着くで! ファイトっ!」

「ゲ、ゲホッ! ヒィヒィ……ちょ、ちょっと、ハァ、待ってくれよッ!」


 ――と、カッコよく現場に急行しようとしてたところなんだけどね。俺ん家の辺りから廃工場まで走ろうとしたら結構遠いんだ、コレが。

 兄貴の車に乗せてもらおうとも考えたが、雪が積もってスピードが出しにくい上に人通りが多い今の時期を考えると、余計な交通トラブルに出くわさないとも限らない。ゴロマルさんも車は持ってないみたいだったし(持ってたところでペダルに足が届かんだろうけど)、俺達は徒歩で廃工場まで急ぐことを強いられていた。

 俺ん家から商店街までは十数分掛かる。そこからさらに五分ほど走って、ようやく廃工場までたどり着くのだ。

 つまりどういうことかと言うと――非体育会系の中学生の足で走破するには、なかなか遠い。スポーツ万能の矢村がピンピンしてる隣で、俺は商店街内の自販機に寄り掛かって息を荒げていた。

 ――くそー、笑うなら笑えよっ! どうせ俺は運動オンチの非リア充ですよーだ!


「ヒィ、ヒィー……! ヒィーフゥー……!」

「そうそう、ゆっくり深呼吸してな! はい息吸って〜、吐いて〜」


 なんか、ものっそい矢村に面倒見てもらってる感じがする。男だよね? 俺って生物学上は男なんですよね?


 男のプライドを踏み砕くと同時に、俺の呼吸を安定させてくれた矢村。すごくいい娘なんだけどね……なんかいろいろと突き刺さる。


「どしたん? やっぱまだ疲れとる? もしかして、休憩挟んだから体冷ましてしもーたん?」

「いや、別にそういうわけじゃ――」

「いかんで! 龍太にはこれから大事なお仕事があるんやけん、しっかり体暖めとかな、怪我するで!」


 矢村はランニングの要領で腕を振り、こうして体を暖めろと促してくる。いや、そうしたいのは山々なんだけどね? そんなことしてると余計に体力消耗して、古我知さんとの対決まで持たな――


「しゃーないなぁ。アタシが抱きしめて暖めたるけん」


 ――いと、もっとすごいことになりそうな予感!? ファミレスのアレといい、一体どこまで俺の純情を振り回すつもりなんだッ!?


「ま、待て! ……よ、よーし、体力全快! いざ救芽井のもとへ!」

「おー! やったるでぇー!」


 これ以上男のプライドに障る前に、俺は元気が戻ったことをアピールしようと、両腕を上げてポーズを決める。頭は良くても単純なところがある矢村は、それがやせ我慢であることは全く気付かないまま、気合の入った声を轟かせ――


「――って、ちょっと待ていっ!」

「のわぁ! なんや!?」


 ふと気に掛かった重大な疑問に思い当たった途端、俺の叫びに矢村が思わず尻餅をついてしまった。

 スリップした拍子に、宙に眩しく白い脚が投げ出され――見えた! 柄は青と白のストライプ……じゃなーい!


「……なんで矢村までついてくるんだよ?」


 そうなのだ。ゴロマルさんから勝機をたまわった俺はともかくとして、別に戦うわけではない矢村がわざわざついて来るって、どういうことだ?


「気まっとるやろ、あんたと同じや!」

「え……俺と?」

「このまま終わってしもうたら、後味悪くて受験勉強なんて出来んし……それに、アタシはもう一回、救芽井に会いたいんや」


 これは意外な話を聞いてしまった。あれだけ対立していた救芽井に、今は会いたいと申すか。


「話しとるうちに、両親の夢に憧れて頑張ってる、いい子やってのがようわかったんや。ほやけん、ちょっと、妬いとったんかも知れん。あんなにピュア過ぎる娘やったから、ついあんな言い方しよったんかも知れんのや」


 そんな彼女の表情には、ファミレスの時と同じ「悔やみ」が現れていた。

 なるほど、ね。この娘も、俺と同じだったんだ。救芽井と、ちゃんと仲直りしたいんだろうな。


「役に立てんとは思うけど……アタシ、もう守られるだけなんて懲り懲りなんよ! 強盗ん時だって、アタシはてんでダメやったし……」

「矢村、お前……」

「だから、せめて傍にいたい! なんかあったら見捨てたってええから、お願いやから、あんたの傍にいさせてや!」


 ――おいおい。なんてこと言いやがる。

 コイツ、自分を何だと思ってんだ? この(世間一般の視点に立てば)平和なご時世からして、この娘だってちゃんと家族はいるだろうに。

 彼女になんかあったりしたら、家族がみんな悲しむだろうが。それに……俺なら、それよりもっと悲しむ自信がある。

 俺なんかのために、この娘を傷つけたりしてたまるかよ!


「バカ言うんじゃねーよ。どうまかり間違ったって、見捨てられるわけないだろ! 俺はそこまで、ドライにはなれそうにないんで」

「龍太……!」


 身を起こし、矢村はほんのりと頬を染めながら俺を見上げる。こう上目遣いされると、つい甘やかしたくなるんだなぁ……煩悩、退散ッ!


「そんなに言うんだったら、もう張っ倒してもついて来そうだし……俺からは何も言えねーな。言っとくけど、どうなっても知ら――」


 そこで「どうなっても知らんぞ」という言葉を飲み込み、俺は疲れだけのせいじゃない、心臓の強い脈動を全身で感じながら……精一杯の気を利かせた。


「……いや。どうなっても、お前を守ってやんなきゃな。さぁ、行くか!」


 俺はすっかり筋力を回復させた両足で、積もりに積もった雪道を駆けて廃工場を目指す。ズブリと爪先まで沈み込む純白を踏み越え、俺は「お姫様」が待つ戦場への道をひたすら走って行った。

 ふと、その最中にチラリと後ろを見てみると、そこには俺を熱い眼差しで見詰めつつ、いつになく元気に走る矢村の姿が伺えた。

 以前まで見た表情とは比にならないくらい、やる気に満ちた面持ち。その瞳がわずかに潤んでいたのは、果たして気のせいだったのだろうか。

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