第21話 商店街の喫茶店がこんなに修羅場なわけがない

「は〜……全くもう、なんで私が剣一さんを殺さなくちゃなんないのよ。あなたの頭の中はどこから修正すべきなのかしら」


 さっき二人が楽しげに見ていた喫茶店内にて、俺は救芽井にこってりと叱られていた。……ひでぇや、こっちは勘違いしただけで何も悪いことなんかしてないのに。

 矢村は俺の発言が誤解から来るものだったことに、どういうわけか残念がっている様子だったが――時々思いだし笑いで嬉々としていた。なにが嬉しいのか知らないが、救芽井みたいに怒ってるわけじゃないなら別にいいか……。

 つーか、公共の場で説教は勘弁して欲しい! みんな見てるから! しかも窓際の席だから、店の外にも見えてるからァァァ!


「敵情視察っていうのは、敵の状況を実際に見て確かめに行くことを言って――」

「だあああもぅ! 何回目だよそれ! もうわかってるよ! わかってるし悪かったから! もう勘弁してくれ!」

「ダメよ! あなたってば何度教えてもすぐ忘れるんだから! さっきの受験勉強だって、同じ問題を何回やり直したと思ってるの? こうなったら徹底的に骨の髄まで染み込ませないとね……あと五回はループするわよ!」

「ひぃぃぃ!」


 喫茶店でこんな苦い思いをしたのは初めてだ……! 去年、見栄張って飲んだ兄貴のブラックコーヒーよりよっぽど苦い! メンタル的な意味で!


 救芽井は俺の顔をガン見しつつ、同じ内容の説明を幾度となく繰り返してくる。よくもまぁ飽きもせずくどくどくどくど……。そんなに俺をいじめるのが楽しいのかー!


「――以上! ちゃんと覚えた?」

「へぃへぃ……敵情視察ってのは、敵の内情を直接見に行く『偵察』のこと、ね……」

「よろしい! じゃあ、一休みにデザートでも頼もうかしら」


 耳にたんこぶどころか爆弾が出来そうなくらい、延々と聞かされていた救芽井の特別補習がようやく終わった……みたいね……。

 力尽きた俺がテーブルに突っ伏すと、向かいの席に座る救芽井と矢村は何かデザートを注文していた。な、なんで俺ばっかこんな扱いなんだよ……!


「たく……なんでそんなに俺のことに突っ掛かるんだか。そこまでして俺を叱る意味あんのかよ」


 悔し紛れにそう愚痴ってやると、救芽井はなにかギクッとして顔を逸らしてしまった。表情は見えないが、顔はほんのりと赤い。


「……あなたと向き合って、喋っていたかったからに決まってるじゃ――う、ううん! 私はただ、別に『男の子が珍しい』ってだけで、変態君だからってわけじゃ……そんなわけじゃ……あぁんもぅ、全部この人のせいだわ!」


 ――おい。なんか救芽井が一人でブツブツ言ってんだけど。大丈夫なのかこのスーパーヒロイン。

 そんな俺の心配をよそに、矢村は子供のようにはしゃぎながらチョコレートパフェを受け取っていた。あんなごっついデザート注文してたのかこいつら……。


「はい龍太、あ〜ん」


 すると何を血迷ったのか、矢村はスプーンでパフェのてっぺんをすくい取ると、俺の口元まで運んできやがった。こんな公共の場で何をしようと!?


「ちょ、ちょっと矢村さん!? なに考えてるのよ! ここ人前よ!?」


 救芽井も矢村の暴挙に反発の声を上げる。そーだそーだ、嬉しいけど恥ずかし過ぎるぞ! ……つーか珍しく救芽井と意見が一致したな、今。


「人前やからこそ、意味があるんよ。ここでちょおいと、見せ付けとかんとなぁ?」


 矢村はなにやら挑発的な顔で救芽井を見ている。こいつのドヤ顔、なんか怖い……。


 ……おや? 救芽井の様子が……?


「ふ〜ん、そう! 面白そうじゃない」


 笑ってない! 目が笑ってないぞ救芽井! てかなんでお前まで「あ〜ん」の体勢に突入してんの!?

 顔「だけが」ニコニコと微笑みを浮かべていた彼女は、ブスリとスプーンをパフェに突き刺すと、最奥のチョコの部分をほじくり出してきた。

 すいませーん、表情と行動が一致してないでーす。こんなギャップは萌えませんから! 怖いだけですから!


「ムッ! さ、先に出したんはアタシなんやから、アタシが先やで龍太!」

「あら、変態君の分際で私を放って置くつもりなのかしら?」


 ちょっと待て〜! なんで二人の美少女から「あ〜ん」を強要される事態が発生してんの!? 数分前までこんな空気じゃなかっただろー!

 そしてなんで両方とも目がギラついてんの? 野獣か? 俺の目の前にいるのは野獣なのか?


 ……い、いや、ふざけてる場合じゃねぇ。どうすんだ!? 俺はどっちを取ればいい!?

 デリカシーを重視して考えるなら、最初にスプーンを持ってきた矢村だ。だが、救芽井には昨日の恩もあるし、何より蔑ろにするには立場が違いすぎる! あいつのあられもない姿を見てしまった重責を無視するには、この状況はキツすぎるゥゥゥッ!

 ――あぁ、あられもない姿といえば、恥じらうあいつの表情は可愛かったよなぁ〜……うへへ。あの時はこんなおっかない娘だとは思わなかったけども。


「ちょっと変態君! さっさと食べなさいよ! チョコが溶けるじゃない!」

「そーやで! 女の子二人に恥かかせる気なん!?」


 思考を巡らせている間にも(後半は脱線したけど)、彼女らは決断を迫って来る。ちくしょー! こんな端から見たら、うらやまけしからんとしか思えないような状況、一度たりとも遭遇したことないんだからしょーがねぇだろ!

 まさか俺がここまで優柔不断だったとは……! くっ、こうなったら常識的な観点を踏まえて矢村から――


 ガシャアアンッ!


「――ッ!?」


 な、なんだ!? 今、ガラスが割れる音が……!


「騒ぐな! おとなしく金を出せっ!」

「客も店員も手を挙げろ! じゃなきゃ血を見るぜ!」

「逆らったら、こうなっちまうかもなぁ!?」


 俺が音がした方を振り返る前に、二、三人の男達の怒声が店内まで響いてきた。ゆっくり振り向くと、そこには覆面をした数人の男。

 うち一人は――ピストルを持ってる!? 客が悲鳴を上げる中、一人の男が手にしていたソレが火を吹き、周囲を脅迫した。

 しかも、店員の一人がレジの傍に飾られていた水槽に頭をねじ込まれ、半殺しにされてる! みせしめってヤツか……!?


 ――よーするに、強盗!? おいおいマジかよ……!

 しかも銃器まで持ってやがる! 客は威嚇されて声が出なくなっちまったし、店員も文字通りお手上げみたいだ。

 矢村も、いきなり店に入って来た強盗に怯えきった様子だし……辛うじて、救芽井だけが平静を保ってる感じだ。

 俺は最近が最近だから、多少は落ち着いていられるが……しかし、マズいなこりゃあ。


 救芽井が「救済の先駆者」に着鎧すれば、あんな連中ちょちょいのちょいかも知れないけど……こんな人前で着鎧なんかしようもんなら、彼女が二度と商店街を歩けなくなる!

 昨日、あんなに楽しそうに歩き回ってたってのに! 今さっきだって……!

 かといって、警察なんて呼べる状況じゃないし……!


「おほっ? かわいー娘いるじゃん。金とセットでお持ち帰りしよーぜ」


 ――って、こっちくんなー! なんか救芽井と矢村に目ェ付けて来やがった!

 当の本人は怯えてたり悔しげに口を結んでたりだし……ああもう! どうすりゃいいんだ!?


 いい考えが浮かぶ暇もなく、ピストルを持っていた男が俺達のテーブルまでやって来た……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る