第87話 アディナもそのうちわかるわよ
「おかえりー」
「おう」
旅籠に戻ると、イノリと、わたしたちよりずっと先にヤグヤグを牽いて戻っていたハゴムが何かを話し込んでいたところだった。フロント的なスペースにはその二人しかいない。わたしは視線をめぐらせてそれを確認した後、首を傾げた。
あっれ。ロンゴイルさんのことを気にしてたハゴムもここにいるのであれば、わたしはてっきり、ロンゴイルさんもここに来るのだとばかり思っていたのに。
「おまえは何をしたんだ、帰りの
「……わたしのこと?」
「他に誰がいるんだ、誰が」
渋面でそんなことを言うハゴムに、わたしは反対側に首を傾げる。
「なんで。わたし何もしてないわよ」
「…………。」
物言いたげに、アディナがわたしを見る。なんでだ。
とにかく、ハゴムがいるなら言っておいたほうが良いだろうと、声をかける。
「さっき、ロンゴイルさんを見たらしいわよ。この子が」
わたしにはあれがロンゴイルさんだったという確信がない。
ちょっと責任を押し付けるようなかたちになるが、アディナを押し出しておいた。
だが、ハゴムは「そうか」と頷いただけでどこにいたと聞く様子もなく、アディナをちらちらと見るその目は、むしろ邪魔だと思っているようにも見える。やがて、諦めたように息を吐くと、わたしを見た。
「……気をつけろよ」
何をだ。随分と歯にものの挟まった言い方を怪訝に思ってようやく、ハゴムはどうも、わたしに何かを言いたいのではないかという事に気がついた。言わなければいけないのに言いにくいことを躊躇している、ように見える。朝から呼びつけたのもたぶん、それだ。
だけど、何を言いたいというんだろう。朝に話したことを思い出してみても、ええと、猫のおやつの話と、わたしが天使だって話の確認と……石鹸はこっちが押し付けたから関係ないとして、ああそうだ、大人をやめるとかの冗談の話。あとは、マリアって人のことか。
――うーん、その中にわたしが「気をつける」必要のある話なんて、何かあったっけ?
わたしが黙っているのをどう思ったのかはわからないが、ハゴムはまたいつものように帽子をかぶり直し、わたしに向かって何かを放り投げた。いきなり投げないで欲しい。
慌てて受け取ると、それは雑なつくりの巾着袋だ。なにこれ、とハゴムを見ても、何も言わない。その様子に、横のイノリが小さく笑った。
「ノーマ、あの猫に懐かれちゃってるでしょう?」
『みたいです』
頷くと、開けてみな、とジェスチャーされたので巾着を開けてみる。中にはちょっと生臭い、小さなかたまりが一握りくらい入っていた。
なんか、見覚えあるぞこういうやつ。固くて、カリカリしてて、茶色くて。
「猫の餌に石をやろうとしてるなんて、変なことさっきこの人が言い出してね。
で、もうすぐ帰るらしいよって話してたら、餞別にこれを渡しておけって」
「おい、余計なこと言わんでいい!」
あー、そうか、これキャットフードのカリカリ! 業務用ってほどじゃないけど、しっかり作ってあって、こういうのこっちの世界でも作られてるのか!
「
「そればかりやると腹をこわすだろうが。
ウィノリにしてもおまえにしても、なんであれをやっときゃいいと思うんだ……。
いいか、それはもうやらんからな! 自分で売ってるところでも探せ!」
何かぶつくさと文句を言い始めたが、要は今後、これは売っているものだから買えばいい、ということだろう。猫を押し付けられかけていると察した時には、これ餌どうすんのよ、オーガニックに手作りでもしろっていうのか、だがこの世界の食品も碌にわからんのにいったい何なら猫に安全なんだ!? とかぐるぐる考えていたので、実は地味にかなりありがたい。
まったく、ハゴムってば遠回しで面倒くさい人だなあとは思うが、最初の、酔っぱらいたちの中にいた時にしてもさっきの何か言いたいってのも、つまり見て見ぬふりをするのが苦手――本質的な所で誠実なのだろう。愛想だけが良い
「ありがとね」
「――けっ」
おお、照れておる照れておる。おっさんが照れておるぞ。
恥ずかしくなったのかそのまま足早に旅籠を出ていったハゴムに、アディナがようやく口を開いた。
「なんですか、あの方。ノーマに対して随分乱暴で、アディナはああいう方、苦手です」
「んー、ふふふ。ま、アディナもそのうちわかるわよ」
「そうそう、そのうちそのうち」
「ねー」
わたしの口がにまにま笑っているのに気がついたらしく、ハゴムの元嫁であるイノリも思うところがあるのだろう、頷きながら笑ってくれた。
「失礼する。ウィノリ、いるか!」
「はいはい? ……おや、どうしたんだいその格好」
「ノーマは――ああ、そこにいましたか」
どこに行っていたのか、ハゴムと入れ替わるようにロンゴイルさんが顔を覗かせる。その服装はアディナの言っていた通りにさっき見かけた飾りの多い格好で、鎧とは違う意味で堅そうなものだった。
ロンゴイルさんは何かを言おうとしたが、わたしを探そうとしていたようで、すぐにわたしがいることに気がついて言葉を切り上げる。
「失礼ながら、ノーマ。自分とともに、来ていただきたいところがあります」
「へばに?」
へ、わたしに。が、咄嗟に発音できず、超圧縮されてしまった変な言語になった。
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