第2話 疑念と信頼
「どうぞ、お座りください」
リリアンさんはそう言って、部屋の中にある椅子に手を向ける。
俺はその言葉に「ありがとうございます」と答えながら従い、椅子に腰かけた。
現在俺は、リリアンさんの案内で誰かの寝室と思われる部屋に居る。
いや、恐らくここはリリアンさんの寝室なんだろうが、本人からそう言われた訳じゃないので何とも言えない。
因みに部屋の中には俺と、俺の対面に座るリリアンさん。そしてリリアンさんの後ろに立っているアランさんの三人が居る。
「早速ですが先程の続き、この世界がショウスケの居た世界とは別の世界だと理解していただいた上での話をさせていただきます」
「よろしくお願いします」
俺の言葉に、リリアンさんは軽く頷く。
だが今更にはなるが、俺はここが異世界であると理解したなど一言も言った覚えがないんだよな。
何らかの方法で嘘がバレたか、あるいはただ単に俺の嘘が下手だったか……
まぁどちらにしてもこれ以上嘘をつくのは得策じゃないだろうな。
仮に何らかの質問の返答を求められた場合は、正直に答えるようにしよう。
ただしあの少年に関する事だけは例外として考えるけどな。
「ではまず、ショウスケ達がこの世界に召喚された理由についてお話させていただきます。非常に身勝手で情けない話なんですが……率直に申し上げますと、私達を助けていただく為なんです」
リリアンさんは少し俯きながら力強く、そしてとても申し訳なさそうにそう言った。
これが同情を得るための演技だというのなら、大したものだ。
だが俺の目に映る彼女の姿、俺の耳に聞こえた彼女の声音、それらに嘘だと感じる要素は一切無い。
まぁ俺に他人が嘘をついているかどうかを判断できるほどの観察眼があるかと言われれば、正直微妙なところではあるのだけれどな。
とは言えここで俺が話の腰を折ってしまったら、進む話も進まないだろう。
ならここで俺が言うべき言葉は召喚された事への不満ではなく、召喚された意味についての疑問と言ったところか。
「その助けていただくっていうのは、具体的にはどういった内容なんでしょうか? 例えば、魔王を倒してくれとかそう言ったことになるんですか?」
「……そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
「どういうことですか?」
俺はそう言いながら首を傾げる。
はぐらかされているという訳ではないんだろうが、なんとも要領を得ない返答だ。
これはかなり面倒な事になるかもしれない。
「ショウスケ達にはこれから起こるであろう、人類滅亡の危機から守っていただきたいのです。ですが、どういった事象によって人類が滅亡の危機に陥るのかについてはわかりません。ですので三百年前に倒されたはずの魔王が復活して襲ってくる可能性もあれば、そうではない可能性もあるんです」
「なるほど」
リリアンさんは申し訳なさそうにそう言った。
可能性としてあり得ないと断言できるだけの情報は無いが、同じくそれで間違いないと断言できるだけの情報も無いと……
だが正直なところ、どちらにしても断言する事は現実的に不可能だろう。
可能性というものは見込みでしかなく、絶対ではないのだからな。
しかし今の発言には、気になる点が幾つかある。
「今の話の中で気になる点があったのですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「勿論構いません、何でもお聞きください」
「ではまず第一に、この世界は魔王が存在するような世界なのですか?」
「はい。ですが先程も申しましたが、魔王は三百年前に打倒されています」
「でしたら今の質問の続きにはなるんですが、その三百年前に魔王を打倒したのは私と同じ異世界人なのでしょうか?」
「いいえ、確かこの世界の人間だったはずです」
「そうですか……」
つまりは、三百年前に存在した魔王は異世界人を呼ぶ程の脅威ではなく、今回は異世界人を呼ばなければならない程の脅威……
果たしてそれ程の脅威があるのだろうか?
いやまぁ、その魔王がどういう存在でどれ程の脅威だったのか俺は知らないのだからハッキリとした事は言えないが、私欲という可能性も考えておいた方がいいかもしれないな。
「では次に、この世界に異世界人が召喚されるのはこれが初めてですか?」
「私が知っている限りでは今回で二度目になります。ですが前回の召喚は今から遥か昔の事であったらしく、記録がほとんど残っていませんでした。唯一わかっている事は、異世界より召喚された者は皆が皆特殊技能を保持しているという事だけです」
前例はある、と。
だが今の口ぶりからして、その時の状況等はわからないみたいだな。
それに異世界より召喚された者は皆が皆特殊技能を保持している、か。
その特殊技能とやらがどういうもので、どういった位置づけにあるのかは知らないが、特別なものではあるのだろうな。
そう言えば、あの少年も技能を一つあげたとか言ってたな。
つまりは召喚された者は、皆が皆あの少年に会っているという事か?
いや、だがあの場には俺しか居なかったし、少年もそんな風な口調だった。
俺よりも先に、あるいは後に会ったという可能性を否定はできないが、やはり迂闊に話題に出すべきではないだろうな。
とは言え、今は自分に出来る事を正確に理解するべきだろう。
無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり
これは確かソクラテスの言葉だったか。
別に英雄になりたいわけじゃないが、知らなかったと嘆きたくも後悔したくもないからな。
なら素直に聞くのが一番という事になるか。
「その特殊技能というのは、どういうものでどうやって確認することが出来るんでしょうか?」
「そうですね。特殊技能とは、簡単に言えば可能性です。得た者によってその本質は大きく異なる。具体例を挙げるとすれば私が保持している特殊技能【予知夢】は、未来に起きる事を夢として見る事が出来ます。ただ欠点として、自身が望んだものや望んだ時に見る事ができず、完全なるランダムで発動するという事です」
軽く想像はしていたが、正直想像以上だな。
未来に起こることを夢としてではあるが、予知することが出来る。
しかし彼女の口ぶりからして、それは彼女の場合はという事だろう。
俺の場合は全く違う効果を発動するんだろうな。
にしても、よくそんな重要な事をさっき会ったばかりの俺に話してくれたな。
しかも欠点まで……
彼女にも何らかの思惑があるんだろうが、どうにもその思惑が全く分からない。
「そしてそう言った特殊技能は、こちらのプレートに血をつける事で確認することが出来ます」
そう言って彼女は、手のひらサイズの透明な板を取り出した。
見た感じガラス板にしか見えないんだが、恐らく全く別物なんだろうな。
「それを使用して、僕の特殊技能を確認させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん構いませんよ」
彼女はそう言いながら手に持っていた板と、更に縫い針のような物を一緒に手渡してくれた。
俺は軽く頭を下げてから、その二つを受け取る。
そして受け取ったその針で左手の人差し指を軽く刺し、血をプレートに付着させる。
すると今つけたはずの血は一瞬で消え、代わりに板から光が出たかと思うと、空中に文字が浮かび上がる。
★
技能
特殊技能
【仲裁】
指定した者同士の戦闘を強制的に禁ずる。
ただし、自身を指定する事は出来ない。
一度解除すると同じ対象には、三日間発動できない。
【複製】
他者の技能を複製し、自身のモノにできる。
ただし、【複製】で保持できる技能は六つまで。
六つ以上は保持する事が出来ず、新たに技能を複製するには六つの中から一つを選
んで捨てなければならない。
★
これが俺の特殊技能という事か。
にしても二つか……
恐らくこれはあの少年の恩恵なんだろうな。
【仲裁】に関しては自身を指定出来ない事を除けば、使い勝手は悪くない方だろう。
だがどうしても【複製】よりは劣ってしまう。
明らかに【複製】は、応用の幅が広そうだからな。
「技能の方は恐らくまだ空欄でしょうが、特殊技能の方はどうです?」
「…………これは見えてないんですか?」
「はい。そのステータスプレートは、本人しか確認することが出来ません」
本人しか確認することが出来ない……
その言葉を信用して、賭けに出てみるか。
「なるほど、そうなんですね。一応特殊技能は【仲裁】というのがありました。能力としては、指定した者同士の戦闘を強制的に禁ずるというものです。欠点として、一度解除すると同じ相手には三日間発動できないというものがあります」
「その欠点を考慮しても、かなり強力な特殊技能ですね」
俺の言葉に彼女は一瞬驚き何かを思考したが、即座にそう返答してくれた。
彼女の後ろに立っている男性も同じく一瞬驚いていたが、即座に先程までと同じく興味のなさそうな雰囲気に戻った。
これは恐らく成功だと思っていいだろう。
能力の欠点を含め、全てを話す事でそれ以上の特殊技能に関する追及を回避する。
それに俺としても嘘はついてないからな。
あったとは言ったが、全てとは言ってない。
特殊技能に関しても、欠点に関しても。
これは屁理屈でしかないが、今後何らかの理由で知られてしまった時の言訳は必要だろうからな。
こちらとしても、もしもの時にきれるカードは欲しい。
にしてもこのステータスプレートとやらはいつまで出てるんだ?
正直空中に文字が浮かんでいるのは気になってしょうがないのだが……
「あの、すみませんがこのステータスプレートを消す事って出来ないんですか?」
「その説明がまだでしたね。今手に持っているプレートを前後に数回振ってみてください」
俺は言われた通りに、すぐさま手に持っている透明な板を前後に振ってみる。
すると今まで空中に浮かんでいた文字が、板に吸い込まれるように消えた。
これでリセットという事か。
俺はそう思いながら手に持っている板と、縫い針のようなものを「ありがとうございます」と言いながら彼女に手渡す。
「はい。質問は他にありますか?」
「最後に一つよろしいですか?」
「構いませんよ」
「……どうして人類が滅亡の危機に陥ると断言できるんでしょうか?」
「その質問に関する答えは、先程の私の話の続きになります」
そう言えば話はこれで終わり何て一言も彼女は言ってなかったな。
俺は話の途中でこんなにも質問してたのか……
誠に申し訳ない事をしていたな……
「すみませんでした」
「いぇ、構いませんよ。こちらとしても気になった時に疑問は解消していただきたかったので。それに今までの質問で、これから説明するはずだった事も幾つかあったので」
彼女は優しく微笑みながらそう言ってくれた。
だが次の瞬間には、非常に申し訳なさそうな表情へと変わっていた。
それはこれから話す内容について考えての事なんだろうが……一体どんな内容なのか?
「では話の続きをさせていただきますが、そもそもショウスケ達をこの世界に召喚したのは私達の意思ではありますが、私達ではありません」
「……と言うと?」
俺は一瞬、命令はしたが実行したのは私達じゃないという責任転換かと思ったが、彼女の罵倒を受ける覚悟を決めたかのような表情を見て、そうじゃないんだろうと思い、続きを促した。
「私の祖先が今は失われた技術を用いて完成させたモノ、それによってショウスケ達はこの世界に召喚されたのです。そのモノの名は、救世の館。その館は、人類が滅亡の危機に陥ると決まった時、その危機から人類を救える者をこの世界に自動的に召喚するというものです」
それはまた、えらく凄いものだ。
人類滅亡の危機が未来で確定すれば、その瞬間それを救う事が出来る者を召喚する。
だがそれ程の装置を使用するのに、何のデメリットもないとは考えづらい。
恐らくその館というのは先程俺が目覚めた場所なんだろうが、一体どうやって維持し、発動させたのか……
これに関しては覚悟無く、軽い気持ちで聞く事は出来ないな。
「そして召喚した者を、この世界に適応出来るように改変してしまいます」
彼女は非常に申し訳なさそうにそう言った。
召喚した者を、この世界に適応出来るように改変する?
それはつまり、作り変えるという事か?
そして俺はこうして召喚されている。
という事は、俺は既にこの世界に適応出来るように改変されており、元の俺ではないという事か?
俺はそんな事を考えながら、微かに震える左手を見つめる。
「……具体的には? 具体的にはどういった改変が行われるんですか?」
「まず第一に、この世界の言語を数種類自然に聞き取り、話す事が出来るように改変されます。第二に、命を奪う事に対しての恐怖心を若干無くします。そして最後に、元の世界に帰りたいと思う感情が出ないよう記憶を改変、あるいはその感情自体がほぼ出ないように改変、されます」
彼女は強く噛みしめるようにそう言った。
まるで自分達の行った業を背負うかのように。
だが俺の中では、自然と怒りという感情が出てこなかった。
これが改変による影響なのか、それとも彼女のそんな姿を見てなのかはわからない。
しかし恐らく、元に戻してくれと言ったところでそれは不可能なのだと、彼女の雰囲気が物語っている。
「…………どうしてそんな事を俺に話してくれるんです? 黙っていれば気づかれることも無かったかもしれないのに」
俺は一人称を変える事すら忘れ、ただ心の底から自然と出た言葉を口にしていた。
「私は貴方の信頼が欲しかったからです。私から信用を得るために今与えられるのは、真実の情報しかありませんでしたから。ですがこんな事を言った後に言ったところで、信じてもらえるかはわかりませんが」
「……どうして俺の信頼が欲しかったんですか?」
「先程お話しした、私の特殊技能は覚えておられますか?」
俺は彼女の言葉に力なく頷く。
「その技能で見たんです。貴方が私の隣に立っているのを。理由はそれだけです」
なるほど。
彼女の今までの発言や行動に、少しだが合点がいった。
とは言え俺にはそんな理由で、そういった行動は出来ないだろうな。
「……少し、もう少し冷静に考える時間をいただいてもよろしいですか?」
「もちろん結論を急かすつもりはありませんので、構いませんよ」
コンコン
彼女がそう言ったと同時に、タイミングを見計らったかのように扉を叩く音聞こえた。
「リリアン様、そろそろ限界です」
「わかりました。すみませんショウスケ。本来ショウスケはまだあの部屋から連れ出してはいけないんです。他の者の目を欺き、ショウスケを今連れ出せるのはこれが限界のようです。また後で会いましょう。それに今は一人になりたいでしょうから」
俺は彼女の言葉に軽く頷き、椅子から立ち上がり部屋を出る。
ーーーーーー
「あんなことまで話して、本当によろしかったんで?」
部屋から出た男の足音が完全に聞こえなくなった瞬間、部屋の中の男性は唐突にそう言った。
「あんなこととは私の特殊技能に関してですか? それとも召喚による改変に関してですか?」
その男の質問に対して、椅子に座る女性はそう聞き返す。
「その両方ですよ」
「彼は情報の重要性を理解しているようでしたからね。変に嘘をつくより、真実のみを話す方が良かったんです。ですがそのせいで、更なる改変の可能性について考えてしまったからあのような反応になってしまったのでしょう」
「頭が切れるが故ですか」
「はい。それに信用を得るための近道は、まずこちらが全幅の信頼を寄せる事しかありませんから」
「その割に、奴は幾つか嘘をついていたみたいですけどね?」
「私としても、それ程簡単に信用してもらえるとは思っていませんでしたから。これは予想の範囲内です。これからゆっくりと仲良くなっていけばいいですから」
椅子に座る女性は、そう言いながら重い腰を上げる。
「それよりも私としては、これからあの人達と一緒に彼の前に立たなければならないかと考えると、そっちの方が嫌ですね」
「まぁ、それは避けては通れない道ですから。諦めて早く行きましょう。少しでも遅れた方が、ネチネチと言われて面倒だと思いますよ?」
「それもそうですね。では行きましょうか、アラン」
「はい。姫様」
部屋に居た二人はそう言うと、張り詰めた雰囲気で部屋を出た。
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