沈黙の籠城犯の正体 前編

 爆破まで1時間30分。北海道警本部の取調室に宮村善子の姿があった。重要参考人と向かい合う形で海原警部が机を叩く。

「昨晩上京して、今朝の便で札幌に戻ってきたそうだな。その時に加藤一成に会ったのではないのか?」

「上京したのは認めますが、彼とは会っていません」

 その時、取調室のドアが開き、現れた喜田参事官は海原警部に耳打ちした。

「宮村善子。新宿駅に停車したワンボックスカーのハンドルから君の指紋が検出された。君は加藤一成の遺体を乗せて、車を運転したことになるな。残念だったな。ちゃんと拭き取ったつもりだったが、まだ指紋が残っていたんだよ」

 重大な証拠を突き付けられ、言い逃れできないと察した善子は、肩を落とす。

「私は車を運転しただけ。殺したのは共犯者。イヤ、リーダーと言った方が良いのかも。リーダーは、私の運転する車の助手席に乗って、後部座席に座る加藤さんに毒を飲ませて殺した。私は仕方なく死体遺棄の片棒を担がされた。報酬が多く貰えると聞いて、怒りを鎮めることにしたけどね」

「大金目当てで事件に関与したのか?」

「そう。雑誌記者やるだけだと、手に入らないくらいの金が手に入ると聞いたからね。高額バイト紹介サイトに登録したら、あのバイトを見つけて、やるべきことをやっただけですよ。加藤さんも同じサイトに登録していたみたいで、バイトに使う荷物が管理人さんの手違いで加藤さんの所に間違って送ったと聞いた時は焦ったけど、昨晩になってようやく彼の家で取り返せて良かったです。でも、私は今でもリーダーのことは恨んでいますから。脅迫電話を掛ける役目だった加藤さんを私の目の前で殺されて、怒りを覚えないはずがないでしょう。だから、出所したらリーダーを殺しに……」

「いい加減にしろ! 大金目当てで事件に関与しやがって」

 理解し難い供述に海原警部の怒りが爆発した。その後で喜田参事官は被疑者をフォローする。

「あなたは利用されただけです。それでは、教えていただけませんか? リーダーの名前は?」

 そう尋ねられ、宮村善子はリーダーの名前を明かす。主犯の名前を聞き、喜田参事官は千間刑事部長にメールを打った。

 そして宮村善子の証言は合田警部を経由して、木原にも伝えられる。

 そのメールを読んだ木原と、それを覗く大野は、事件の真相に辿り着いた。


 爆破まで残り1時間という所で、木原と大野は警備室に閉じ込められた5人の男女に語り掛けた。

「皆さん。籠城犯は、この中にいます。そこで今から僕は籠城犯と交渉します」

 突拍子もない大野の発言を東は鼻で笑った。

「この5人の中に事件の犯人がいるということですか? くだらない」

「東さん。今から一連の事件の真相を話します。その後で犯人と交渉するのです。それしか我々の助かる道はないのですから」

 大野の言葉を聞き、東は首を傾げる。

「要求が達成されたら、解放されるはずだが?」

 東の疑問に江角千穂以外の3人の容疑者は首を縦に振り、賛同した。だが、木原は彼らの意見をあっさりと否定してみせる。

「聞く話によれば、犯人は籠城事件発生から2時間後に椎名社長へ要求を伝えたようです。しかも、犯人は取引の待ち合わせ場所に爆弾を仕掛け、椎名社長を殺そうとした。つまり、犯人は最初から椎名社長の命を狙っていたということです」

「犯人は椎名社長に恨みのある人物ってことか? だったら犯人は佐野だろう。この5人の中で1番椎名社長を恨んでいるのは佐野だからな」

 稲葉は脅える佐野の顔を見ながら、自らの推理を語る。その後で佐野は両手を大きく振って弁明した。

「違う。犯人は俺じゃないよ」

 疑いの目が佐野に向く。そうして大野は1歩踏み出して、真相を語り始めた。

「犯人の名前を明かす前に、辻さんを殺害された第2の事件のトリックを説明します。単純明快なトリックですが、犯人は缶コーヒーに毒物を仕込んだんです。木原刑事から聞きましたが、警備室の冷蔵庫の中には冷えた今コーヒーが5つあったそうです。それ全てに毒物を仕込んでおけば、確実に辻さんを殺害できるということですね」

「佐野は缶コーヒーを飲まないから、標的を辻に絞り込むことも可能。鑑識が来ればトリックは見抜かれてしまうから、犯人は爆弾で証拠を消し飛ばそうと思ったのでしょう。最も、犯人が警備室に爆弾を仕掛けたのには、もう1つの理由があるようですが」

 大野の推理を木原が補足する。2人の刑事の推理を江角千穂は黙って聞いていた。すると、川上は疑問に思ったことを口にする。

「理由って何?」

「開かずの間ですよ。警備室の倉庫が開かずの間ではないかと疑われているようですね。犯人は開かずの間と共に心中しようと思ったのでしょう。それこそが、籠城犯が警備室に来た理由。そうですね? 加藤一成と辻雅夫を殺害し、籠城事件を起こした犯人はあなたですよ」

 木原は犯人の顔を指差した。

それに続けて大野が犯人の名前を呼ぶ。

「川上早紀さん」

 佐野が犯人ではないかと疑っていた稲葉と東は驚き、目を見開いた。一方で突然名前を呼ばれた川上は狼狽える。

「待ってください。私が犯人なわけがありません。そのトリックだったら、誰でも犯行は可能ですし、第一、私には動機がないでしょう」

「他の刑事に調べてもらいましたよ。あなたが7年前失踪した津島永徳の娘であることは分かっています。それに、あなたの共犯者、宮村善子さんが証言しました。あなたが毒を混入した飲み物を加藤一成さんに飲ませて、殺害したと」

「捕まったんだ」

 そう川上が呟いた後で、稲葉が尋ねる。

「なぜ加藤を殺した? お前は加藤のことが好きだったんじゃなかったのか?」

 川上は稲葉からの問いに答えず、沈黙した。そして、彼女はフラフラとした足取りで倉庫に向かい歩き始めた。その後を木原たちが追う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る