第97話 決死

ボクシングスタイルで身構えるハサウェイ



二の腕から湧き出る刺受けの血が腕を伝い、肘からポタポタと垂れ落ちている。



決して浅くは無い傷口だが



勁悍(けいかん)に満ちた心利



己身のダメージは…?腕の機動は…?



すこぶる快調でこんな傷くらい… 全く問題ない



自らを鼓舞するかの様にハサウェイは、フットワークで軽くリズムを刻みはじめ、ステップを踏みながら元江藤へ歩を近づけた。



それを静観している矢口と高林



高林の心肝をやはり多数のクエスチョンマークが覆い尽くしていた。



目の前の男が…特異感染者相手に互角に渡り合っている…



しかも特異感染者相手に素手で接近戦を挑んでいる…



奴等が現れ今に至るまで



今まで数々の惨劇を見てきた。



当然襲われた経験もある…



その経験上からあくまで自身で思うに…



感染者は正常な一般男性3~4人分に匹敵する戦闘力がある…



奴等はそれ程の力と脅威をはらんでいる。



しかも 最近チョロチョロ出現してきた奴等



通常の感染者よりも高位となる特異感染者となれば…



それは何倍…?いや…何十倍か…?それは未知数だ…



とりあえず目の前のこいつは普通の感染者よりも遥かにヤバい存在だって事…



ZACTもこの変異体感染者には特に警戒しているぐらいだ…



それ程の脅威的な相手に…



目の前の男は生身で挑戦している。



高林の目の前で繰り広げられる肉弾戦



高林は驚きと、クエスチョンマークを胸中で掻き乱しながら取り入る隙の無い劇空間の白熱戦を観戦していた。



そんな中 ハサウェイ、江藤、両々が同時に股掌を攻撃に移した。



江藤が弧状な線描で右の拳をフックする。



それを横目で活眼したハサウェイは直撃の軌道を寸間で避けるや空振りした江藤の肩へ左手を添え、払う様にそのまま受け流した。



肩をすかされ、傾頽(けいたい)、流動する江藤の身体



だが 江藤はすかされたその身体をそのまま回転させながら、今度はバックハンドからの左手を繰り出し、その左手がハサウェイの左手首を鷲掴みにした。



人外なる握力



力を込められたら簡単に手首を握り潰させてしまう…



ハサウェイは即時に背後を向く江藤の膝裏に前蹴りを打ち込み、同時に手刀ではたき落とした。



掴んだ手は離されたが、そのまま反転して正面を向いた江藤



一歩を踏み込み、連動させ、今度は右腕を振りかぶった。



その動作を目にしたハサウェイはふと思った。



こいつ… やはり江藤程のキレが見られ無い…



スピード、パワー はあっても本人よりキレや技術は劣っている



ハサウェイが後方へシフトしバックさせた時だ



突如ハサウェイの動きが制止された。



動け無い…



ハサウェイがチラッと視線を下げると



江藤がハサウェイの左足を踏みつけ、動きを固定していた。



江藤「んぐぐーーー」



直後 振り抜かれる右ストレート



まずい…



顔面へ飛来する拳を咄嗟に両腕でガードした。



ボゴぉぉ



殴打ちの鈍い音が鳴り、ハサウェイはたちどころに床へ背を付けた。



ハサウェイ「うっ…」



眉間にシワを寄せ、歪めたハサウェイの表情



く…左腕…逝ったか…?



龍谷の殴打力など比べものにならない衝撃



感染能力を防いでも、刃物を取り上げても、動きにキレが無くとも…



パワーは本物



こいつにはまだこの脅威が残っている…



打撃も取っ組み合いも不利か…



腕がへし折れなかっただけでも儲けもんだが…



これ以上いいのを貰う訳にはいかない…



そう思った矢先



急激にハサウェイの上体が起き上がり、持ち上げられた。



江藤がハサウェイの髪の毛を乱暴に掴み上げハサウェイの身体を起きあがらせていたのだ



ハサウェイはすぐに江藤の手首を両手で掴み、抵抗するが…



忽焉に…ハサウェイの目が大きく開かれると共に右のボディーブローが腹部に直撃された。



ハサウェイ「かぁぁ… は…」



ハサウェイの口から多量の唾液が吐き出され、視界が一気に黒暗暗へと陥る衝撃



まともに受けたこのダメージは計り知れず、全身に伝わる骨身に染みた衝撃が駆け抜けた?



江藤の手首を抗拒し掴む両手がタランと垂れ落ち



次第に枯燥する生気



ハサウェイは骨合いを乱し、気息奄奄なまでに活力が低下する



すると 今度はそのハサウェイを投げ飛ばした。



宙を舞い、受け身も取れずに背中から強打、ハサウェイの身体が床を臥転(こいまろ)いだ



事切れ寸前な瀕しの状態に陥ったハサウェイの動かぬ身体



そして、江藤が畳み掛けにハサウェイへと近付いた時だ



タン タン



2発の発砲音が鳴り、江藤の足下に銃弾が食い込んだ



矢口「それ以上近づくな化け物め」



殺らせるか…



矢口が江藤へ89式小銃の銃口を向けていた。



江藤が矢口へと振り向いた。



元江藤「んん んんーんん」



今まで2人の存在自体に興味を示さなかったのだが…



興味を注いだのか…



突如 標的を矢口に見定め江藤が襲いかかってきた。



タン タン タンタン



いきなり向かって来た江藤に引き金を引くも、射撃の腕はズブの素人



弾は見当違いな場所に飛んで行く



そして江藤が飛びついてきた。



矢口の表情は引きつり、そのまま押し倒されるた矢口



そして馬乗りで跨がり、しゃがみ込んだ江藤

 


江藤「んんー~ーんんん」



江藤はロープに巻かれた口をゴモゴモとさせるが全く聞き取れない



そんな江藤が矢口を見下ろし、89式小銃に目を止めた。



そして突然それを掴み、奪いとろうとしてきた。



矢口は取られまいと必死に抵抗する。



ボディービルダーの様に鍛え抜かれた矢口の肉体



力には少々自信があるのだが



徐々に小銃が江藤へと引き寄せられて行く



矢口は顔を真っ赤に赤らめ、こめかみに血管を隆起させながら力比べで懸命な抵抗を続けた。



江藤「んんん んぐぐーーーん」



その間、江藤は無表情かつ涼しげに小銃を奪い取ろうとしている。



矢口「ぐぐぅ」



力に負け、矢口の小刻みに震える左手から小銃が離されていく



くそ… 奪われる…



その時だ



江藤の首に突如ベネリ本体が回され、クラッチされた。



矢口のピンチに加勢に入った高林の姿だ



そして高林は背後からベネリショットガンで力いっぱい首を絞め上げた。



高林「矢口さんから離れろ コノヤロー」



力いっぱい引かれ、首を絞めながら江藤を引き離そうとするのだが



離れない…



矢口のもう片方の手からも小銃が離れ、89式小銃が奪われてしまった。



こいつは特異感染者…



道具も扱える…



発砲される…



矢口の赤面する表情が一瞬にして青ざめた。



危険な奴に武器が渡ってしまったのだ



高林も唖然とし、時が一瞬停止するや



高林の顔面に突如ヘッドバットがかまされた。



直撃を受けた高林



高林「かはぁ」



そして…もう一発



ゴン



高林は鼻血を流し、身体が仰け反るや、絞めつけの緩む輪をスルリと抜け出した。



そして振り返りざま、江藤が89式小銃をおもむろに身構えた。



高林に狙いつけ銃口が向けられる。



高林の身体は固まり、それを目にする矢口の身体も完全に凍結した。



江藤「んぐぐーー~ ぐぐぐ」



殺られる…



顔をひきつらせ、撃たれる恐怖に身動きできない高林



江藤が引き金に指を添えた。



その時だ



「おいおい 元江藤さんよ 相手がちげぇ~だろ…」



江藤が過敏なまでに声の方向へ振り向いた。



そしてワンテンポ遅れ矢口、高林も振り返るや



その先にハサウェイがいた



息を吹き返し、ハサウェイが立ち上がっていた。



そして手にはある物をしていた。



それは…弓矢



ハサウェイが弓矢を身構え、江藤に狙いをつけていた。

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